「マキシマム・ビューティー」

29. スケアリーの説明

 まずはじめに、どうしてあたくしがビューティー・アップ・サプリなんてものを飲んでいたかということから説明いたしませんといけませんわ。ヌリカベ君の説明を聞く限り、あたくしがおかしな行動をしたのはあのビューティー・アップ・サプリのせいということですから。でもあたくしは何も美人になれると思ってビューティー・アップ・サプリを飲んでいたわけではありませんのよ。そのくらいはあたくしも解りますわ。だってあたくしは優秀な無免許医師なんですから。あたくしがあれを飲んでいたのはあれが理想的なビタミン剤だということを知っていたからなんですの。エフ・ビー・エルのようなきつい職場で働いていると、食生活が乱れたり、生活が不規則になったりいたしますでしょ。そういう生活はお肌の大敵ですから、ビューティー・アップ・サプリでそれを補っていたんですの。

 それが、どういうワケか私の買ったビューティー・アップ・サプリの中身が怪しい薬物に入れ替えられていて、このようなひどい事態になったということなんですのよ。モオルダアならきっと政府の陰謀だとか言うでしょうけど、これに関してはあたくしも説明することが出来ないんですのよ。ビューティー・アップ・サプリの中身を入れ替えた犯人が私を狙っていたのか、それとも標的は誰でも良かったのか。それによって捜査の仕方が大きく変わってしまいますわね。

 捜査のことは後回しにして、ここはあたくしがどのようにしてエッフェッフェドリンの悪夢から逃れることが出来たのかということを話した方がよろしいですわね。中身の入れ替えられていたビューティー・アップ・サプリを飲み始めてからしばらくして、あたくしは自分の行動や思考がおかしくなっているのには薄々気付いていたのですけれど、それはエフ・ビー・エルという過酷な職場で働いているための影響だと思っていたんですのよ。でもしばらくすると、これが仕事上のストレスからくるものだとは思えない状況だということが解ってまいりましたの。あたくしはまだベテランというには若すぎるお年頃ですが、それでも仕事のストレスだけでこれほどまでに精神がおかしくなることはあり得ないということは解っていますわ。

 それで、あたくしは独自にあらゆる可能性を考慮してみたのですが、これといったものを見つけられないままでしたのよ。そうしているうちにあたくしの精神がいよいよおかしくなっていって、ふと気付くとどこか知らない場所にいたり、或いは部屋にいたつもりがエフ・ビー・エルのオフィスにいたり、そんなことが続いていたんですの。

 そんな状況が続くとあたくしはホントに不安になってしまいましたのよ。でもある時気付いたんですの。あたくしは不安になるたびにビューティー・アップ・サプリを飲んでいたということに。それであたくしはビューティー・アップ・サプリに関して調べていたんですけれど、その後は良く覚えていないんですの。だって、その頃にはもうあたくしの意識と無意識は区別できないくらいあたくしは何かに侵されていたのですから。

 あたくしが最後に我に返ったのはモオルダアを襲った後でエフ・ビー・エルの職員に取り押さえられていた時ですわ。その時にはあたくしもビューティー・アップ・サプリが怪しいということに気付いていたのですから、それまでしばらくはビューティー・アップ・サプリを飲んでいなかったのでけど、それが良かったのかも知れませんわ。あたくしは、もうすでに自分で自分が制御できていないということに気付いて最後の賭けに出たんですの。

 あたくしは意識のあるうちに急いで家に帰ると、この前モオルダアを助けるために手に入れた動物用の麻酔薬の残りを持って車でこの別荘までやって来たんですの。(どうして動物用の麻酔薬をあたくしが持っているかということはこれまでのペケファイルを全部読んでない人には解りませんわねウフッ!)それで、この別荘に来るとあたくしは誰もこの部屋に入ってこられないようにドアのところに棚を倒しておきましたのよ。こうやって言うと簡単なことのように思えますでしょうが、エッフェッフェドリンの影響を受けている状態でそんなことが出来るのはあたくし以外にいませんわ。

 そのあとあたくしは自分の腕に麻酔薬を注射して眠っていましたの。それによってどうなるかは解りませんでしたけど、あたくしが意識の無いまま覚醒していて誰かに危害を及ぼすよりはマシでございましょう?

 それからあたしは長いこと意識を失っていましたのよ。あたくしの姉やヌリカベ君や気絶したモオルダアがここへやって来るまで。あたくしの姉はモデルガンを持っていたモオルダアを悪人と間違えてスコップで殴ってしまったということですが、それは仕方がありませんわ。モオルダアがおバカなんですから。そのスコップはドアをこじ開けようとして持っていたんですのよ。その後、あたくしの姉はヌリカベ君と協力してこの別荘のドアを開けて中に入ってあたくしを見つけたということなんですの。気を失っているモオルダアなんか置いて帰ってしまいたかったんですけど、ここに来るまであたくしのことを一生懸命探していてくれたということなので、あたくしは医師として応急処置をしてモオルダアの意識が戻るのを待っていたということなんですのよ。


 これでいろいろ説明できたのかどうかは知らないが、ここでスケアリーの説明はおしまい。

30.

 スケアリーの説明を聞いたモオルダアは、納得したようなしないような中途半端な感じだった。スケアリーが無事に見つかって、これでペケファイルの再開かも知れない。しかし、この事件はここで終わりということは決してない。妙な胸騒ぎが、少女的第六感がモオルダアに何かを訴えかけていた。

「キミはその無意識のうちにビューティー・アップ社に行っているよね?」

モオルダアがスケアリーに聞くと彼女は少し気まずい感じになった。

「ええ、まあ。行きましたわよ。社長室で警備員に取り押さえられている時に正気に戻ってそのまま逃げてしまいましたけど。まさか、あたくしが訴えられていたりするんですの?」

もしそうでもスケアリーは潔く自分の非は認めようというつもりらしい。特に慌てている様子もなかった。

「そうじゃないよ。逆にビューティー・アップ社ではキミがあそこに行ったことを隠そうとさえしている気もするんだ」

「どうして、そんなことをなさるんでしょう?企業のイメージが悪くなることを恐れているのかしら?」

「それだけなら良いんだけどねえ。ボクが思うにそれ以上の何か複雑な事情があるようなんだ。それよりも、ボクが聞きたいのはキミがどうしてビューティー・アップ社を襲撃したのか、ということなんだけど」

「襲撃なんて大げさですわ!」

勢いよくそういったもののスケアリーはすぐにうつむきかげんになり、ゆっくりと話し始めた。夢の中の出来事を一つずつ何とか思い出しているように。

「そうですわねえ。私がビューティー・アップ・サプリが怪しいと思って、そのことでいろいろ考えていたからかしら?もしかするとあたくしはあのサプリメントの中身について詳しいことを聞きに行っただけかも知れませんわ。きっとその時に暴力の発作に襲われたんですわ」

それを聞いてもモオルダアはあまり納得がいかないようだ。彼にはもっと怪しげで根拠のない仮説があるのだから。

「それじゃあ、ボクを襲った時はどうだったんだ?あれはボクに用があって来た時に発作が起きたということ?ボクはそうは思わないんだよね。ボクのいる部屋に入ってきた時に、ボクとキミとの間には何人ものエフ・ビー・エル職員がいたんだ。もし、そこで発作が起きたのなら一番近くにいた職員を襲うはずだよ。それなのにキミは何人もいる職員の間を通り抜けてボクの方へ突進してきた。エッフェッフェドリンの作用で人を襲う時に、その相手は誰でも良いということではなくて、相手はあらかじめ決められているんだよ」

モオルダア以外、この部屋にいる全員が良く理解できなかった。しかし、それを否定するにはまだ早すぎるということで、全員モオルダアがその先を話すのを待った。

 モオルダアはここで先程クライチ君に話した説を繰り返した。身近にいる人間の悪いところは多く知っているということ。それからビューティー・アップ・サプリを飲んで美人にならないことに腹を立ててビューティー・アップ社の社長に憎悪を抱くということ。そしてエッフェッフェドリンの作用でそれらの悪い部分だけが残されて身近にいる人間も一芽実田社長も、エッフェッフェドリン中毒の人間にとっては殺してしまいたい人間になるということ。

 それを聞くとスケアリーはむきになって反論をはじめた。

「ちょいと待ってくださらない。さっきも申し上げたとおりあたくしは美人になりたくてビューティー・アップ・サプリを飲んでいたんじゃありませんのよ!」

やっぱり彼女はここが気に入らなかったのである。

「エッフェッフェドリンは人間の良い部分を見えなくするのではなくて、怒りや憎しみの感情を増長させるんですわ!」

「それだったらキミは隣の住人を最初に襲っているはずだよ。もしキミの家の隣に住んでいる人が夜中に掃除機を使って掃除をはじめたりしたことがあれば、だけどね。それ以外にもちょっとムカッとする機会なんていくらでもあるんだ。それを考えたらボクや一芽実田社長のところに行く前に誰かを襲っているはずだよ」

モオルダアは自分の思いつきであるこの仮説に自信があるようだ。柄にもなく冷静に説明している。

「それだとどうなるんですの?」

そう聞いたのはスケアリーではなく姉の方だった。そろそろ二人のやりとりに意味がなくなってきそうなのでここで割って入ってきたのだ。しかし、それだとどうなるのだろう?モオルダアにもハッキリしたことが解らない。思いつきの仮説だけではその後のことや背後にあるものまでは推測できない。ただ彼にはなんとなく「少女的第六感」が彼に伝える、とらえどころのない不安があるだけだった。

「良くわかんないけど、ボクはビューティー・アップ社が一枚噛んでいるようにも思えるんだよねえ…」

モオルダアはあまりにも自信がなさそうだ。

「こういうのはどうかしら?そのエッフェッフェドリンという薬の副作用が『暴力的になる』ではなくて『身近な人間とビューティー・アップ社の社長を襲いたくなる』ということだとしたら。それで説明がつくんじゃないかしら?」

「ちょいと、素人が余計なことを言わないでくださる?」

さっきからモオルダアの話を聞かされてイラついていたスケアリーは、姉の良く解らない発言が気に入らなかったようである。

「あたくしは何か協力できれば、と思って言っただけなんですのよ!」

姉は彼女を睨みつけるスケアリーを睨み返した。この恐ろしい姉妹の姿を見てモオルダアはどうすることも出来なかった。まずいことになった。どうしようか?なだめたところでこの二人はおさまるのか?

「誰か来ました」

ヌリカベ君のこの一言がモオルダアには何よりの救いだった。しかし、いったい誰が来たというのだ?モオルダアが窓のところへ行き、そこに打ち付けられた板の隙間から外を覗いてみた。山の麓の方から車のライトがこちらへ向かって来るのが見えた。エフ・ビー・エルがこの別荘のことを知ってやって来たとは思えない。彼らにはやる気が全くないのだから。だとすると、警察だろうか。スケアリーの母親が捜査願いを出したのならこの別荘へやって来てもおかしくはない。しかし、その車は回転灯を点けていなかった。どうやら警察でもなさそうだ。

「早くここを出た方が良いみたいだ」

モオルダアはそういって出口へと向かったが、誰もついてこない。

「どうして出た方が良いんですの?」

そう聞かれてもモオルダアには良く解らない。ただ嫌な予感がするのである。

「ヤツらが来たんだ!」

苦し紛れにそう言ってモオルダアはドアを開けると早く外に出るように促した。これを見て、スケアリー達もとりあえず納得したようで慌てて外へ出た。

 モオルダアは他の三人が各自の車やバイクに乗るのを見ていたが、ここである問題が発生していた。ヌリカベ君のバイクの後ろは怖いのでもう乗りたくない。ということはスケアリーの車の助手席に乗ることになるのだが、果たしてそこは安全なのだろうか?彼女がエッフェッフェドリンの影響でまた凶暴化しないとも限らない。しかし、ここでさっき会ったばかりのスケアリーの姉の車に乗るというのはあまりにも不自然だ。

「ちょいとモオルダア!グズグズしてないで早く乗りなさい!」

ドアを出たところでボーッと考えていたモオルダアはスケアリーのこの一言に思わず「はい」と返事をしてスケアリーの車に乗り込んだ。

 この別荘の方へ向かっていた車はもうすぐ近くまで来ているだろう。スケアリーはその車に見つからないように、近づく車とは反対の方へ進んでそこから国道へ出る道を進んだ。姉とヌリカベ君も後に続いた。