「マキシマム・ビューティー」

16. エフ・ビー・エル、スキヤナーのオフィス

 スキヤナーが受話器を取るとモオルダアの今にも裏返りそうに慌てた声が聞こえてきた。

「大変なことになりましたよ。ビューティー・アップ・サプリは危険です。今すぐビューティー・アップ警報を発令してください。エッフェッフェドリン入りの、というか中身がまったくエッフェッフェなものが出回っているんです。それを飲んだのがスケアリーだけかと思ってたんですが、よく考えたら他にも飲んでる人がいるはずなんです」

「ほう、そうか。それは良かったな」

スキヤナーは素っ気ない感じで答えた。というより「良かったな」とはどういうことだろうか。

「ちょっと、聞いてるんですか?」

「それじゃあ、なるべく早く報告書を提出しなさい。今日はもう帰って良いぞ」

まったく会話になっていない会話を無理矢理終わらせて、スキヤナーは受話器を置いた。受話器が置かれる瞬間までそこからはモオルダアの「?」という声が漏れていた。

 スキヤナーが受話器を置いた直後、部屋にウィスキーのビンを開ける音が響いた。

「誰からだね?」

ウィスキーがそう聞いてから一口飲んだ。

「どうやら、事件が解決したらしい」

「電話はモオルダアからかね?」

「ええ、まあ。そういうことです」

スキヤナーの受け答えがぎこちない感じになっている。

「キミは何か隠してないかね?」

ウィスキー男にこう言われたスキヤナーは一瞬まずいと思ったのだが、なんとか平静を装った。それから、仕方がないので真面目な視線を真っ直ぐにウィスキー男の方へ向けた。ウィスキー男はそれが気持ち悪いと思ったのか、それともその視線が意味する何かを感じ取ったのか、そのまま無言でオフィスを出ていった。

 それを見送ったスキヤナーは大きく息をついてからどこかへ電話をかけるため受話器を取った。

17. モオルダアの汚いアパートの近く

 モオルダアは先程ローンガマンのアジトを後にしてからボンヤリと何かを考えながら歩いて、そのままボンヤリと電車に乗って、ボンヤリと自分の家の近くまで来てしまった。自分の部屋に戻ったところでなにも出来ないのだが、それ以外になにもすることが思いつかない。あのビューティー・アップ・サプリがある種の覚醒剤だったからといって、それがスケアリーの居場所を知るための手掛かりにはならない。いったい何をすればいいのやら。スキヤナーは良く解らない感じだし。もう一度スケアリーの高級アパートメントに行ってみるか?いや、あそこには今エフ・ビー・エルのやる気のない捜査官がいる。それじゃあクライチ君に相談してみるか?それはダメだ。あの男にこんな面白い話を教えるわけにはいかない。これはモオルダアだけが手に入れた恐ろしい情報だ。ドラッグストアで売っているサプリメントをスケアリーが買ったら、その中身が恐ろしい薬物だったなんて。そんなことはあの怪しい新米に教えるわけにはいかない。しかし、どうしたら良いのだろう?

 モオルダアは、ずっとそんな感じで歩いて自分のアパートのすぐ近くまでやって来た。すると、夜の暗闇の中から一人の男が現れてモオルダアの前に立ちはだかった。

「いいかね、モオルダア君。我々がこうして会っているだけでも私にとっては危険を伴う行為なのだよ!」

闇の中から現れた男はいきなりモオルダアに向かって言った。ボンヤリと考えながら歩いたモオルダアは驚きのあまり腰が抜けそうになった。腰が抜けるなんてことはあり得ないと思うかも知れないが、モオルダアは腰が抜けるタイプの人間なのだ。

「なんですか急に?」

モオルダアが驚きのあまり優秀な捜査官らしくない口調で聞いた。男はそれを聞いていたのか、いなかったのか良く解らない感じでモオルダアに大型の封筒を差し出した。ちょっとビビっていたモオルダアは差し出されたものをなんとなく受け取ってしまった。それからその封筒を開けて中にあるものを取り出してみた。

 中には十年以上前に発行された雑誌が入っていた。それは「熱血投稿」というエロ本だった。それを見てモオルダアはなんとなくこの男がどんな人間なのか解った気がした。モオルダアは、いつでもいきなり現れていろんな裏情報を教えてくれるドドメキさんのことを思い出していたのだ。ドドメキさんも一度彼に男性向けの雑誌を渡したことがある。そして引退したドドメキさんは言っていた。私に変わってもっとアクの強い男が現れる、と。

「あの、これ嬉しいんだけど、こう言うのはボクの趣味に合わないんだよね。この雑誌はちょっとエグいでしょ。ボクはもっとソフトで…」

モオルダアが言うことも聞かずに男は話し始めた。

「その中にキミに必要な情報は全てある」

やはりそう来たか、と思いながらモオルダアは男の方を見た。暗闇の中にギラギラと光る目がモオルダアを見据えていた。確かにアクの強い男だ。しかも渡された雑誌もエグい。

「そうじゃなくてボクはもっと美女中心のグラビアが好みなんだけど…」

「私は私が必要だと思ったことをキミに伝えるだけだ。それ以上の危険は犯したくない。これからも私は必要な時に現れる。キミはそれ以上のことを詮索してはならない。いいな」

男はこう言っていたが、モオルダアは渡された雑誌をペラペラめくっている。男の言葉がモオルダアに届いていたかは解らない。モオルダアは雑誌のページをめくりながら言った。

「しかし、この人はあれだねえ。これでアイドルとは、よく言えたもんだ。こんなのはその辺にいくらでもいる…」

そういいながらモオルダアが顔を上げるとそこにはもう誰もいなかった。謎の男はいきなり現れていきなり消える。

 モオルダアはとりあえずその雑誌を持って自分の部屋へ帰った。

18. 薄暗い部屋

 ウィスキー臭い部屋にクライチ君と何人かの男達が集まっている。

「やっぱダメなんじゃないっすか?このままじゃペケファイルも再開かも知れませんよ」

クライチ君がそういうと、それを聞いていた男達の一人が手に持っていたウィスキーのビンを一度口へ運んでから、静かに答えた。

「そうならないためにわざわざキミを使っているんだよ」

ウィスキー男の口調には多少あきれたような感じもあった。

「そうは言ってもですねえ、最初から失敗じゃないっすか。スケアリーがモオルダアを襲うところまではよかったんですけど、モオルダアは助かるし、スケアリーはどこかへ消えてしまって、一般人を襲うようなことはしませんでしたよ。それで苦し紛れにボクにいろんな事を押しつけられたんじゃ、こっちもやってられないっす」

クライチ君のこの態度に周りの男達は眉をひそめていたが、ウィスキー男だけは落ち着いていた。

「そうかね。どうやら私はキミをかいかぶっていたのかも知れないねえ。私はキミを見た時から、キミにはモオルダア以上の才能を感じていたんだがね。そんなキミでもモオルダアには…」

「ちょっと待ってくださいよ」

ウィスキー男が言い終わる前にクライチ君が言った。クライチ君はモオルダアとはよく似た感じで意味もなくプライドが高い。それから自分を優秀な何かと思いこんでいる。

「別に私に出来ない、と言っている訳じゃないですよ。全然ヨユーっす。まかせてくださいよ」

そうクライチ君が言うのを聞いて、ウィスキー男は目の奥にどんよりとした笑いを浮かべていた。