「マキシマム・ビューティー」

27.

 ビューティー・アップ社の社長室では妙にドラマティックな展開になっていることは少しも知らず、モオルダアはヌリカベ君のバイクの後ろに乗ってスケアリーがいるであろう山奥の別荘へと向かっていた。そこには多分彼女の姉もいるであろう。姉は妹のスケアリーとは違い、自分の見る夢に特別な意味があると思っている人間のようだ。

 しかし、その別荘でスケアリーが殺されているということなら、そんな場所へ女一人で行くことは危険なのだ。ヌリカベ君は二人の女性が危険な状態にあるかも知れないということをモオルダアから聞かされると、驚くほどのスピードを出して高速道路を走る乗用車やトラックの間を縫って走った。きっとスピード違反で捕まってもモオルダアがいるから大丈夫だとでも思っているのだろう。しかし、モオルダアがエフ・ビー・エルの身分証を見せたところで警察は何も反応しないのはモオルダアには解っていた。彼はそこが心配だったが、二人の乗ったバイクは無事に目的地に近い出口で高速道路を降りることが出来た。

 恐ろしいスピードで走るバイクに乗って、モオルダアは必死になってヌリカベ君にしがみついていたのだが、ここでようやくホッとすることが出来た。しかし、それもつかの間、今度は山道の急カーブを右へ左へとバイクを傾けながら走り出した。こっちの方が真っ直ぐな高速道路を走るよりモオルダアには恐ろしかった。別荘に続く舗装されていない道につく頃にはモオルダアの両腕は力を入れすぎたためにほとんど感覚がなくなっていた。

 舗装されていない小道ではさすがにゆっくりと慎重に走らざるを得ない。やっとモオルダアにも喋る余裕が出てきた。

「キミ。こんなにとばしたら、もしかするとスケアリーのお姉さんよりも先に着いてしまうかも知れないぞ」

「それは、ありません」

ヌリカベ君はそう一言だけ言って後は黙っていた。どういう根拠でそういったのか知りたい気もしたが、ヌリカベ君は必要以上のことは喋らない。モオルダアはヌリカベ君がそう言えばそれが正しいのだ、と考えることにした。

 彼らの走っている舗装されていない道は次第に細くなり、深い木々に覆われて薄暗くなってきた。ホントにこんなところに別荘があるのか心配になってきたが、その道を五分ほど走ると前方に駐車している自動車の一部が見えた。モオルダアは慌ててバイクを止めるように指示した。そして、バイクを降りると「キミはここでまっていたまえ」と言いながら、上着の下のホルスターからモデルガンを取り出すと慎重に別荘の方へと近づいていった。


 木の陰に隠れてモオルダアはログハウスの様子をうかがった。その前には車が二台。一台は彼がこれまでに何度も見たスケアリーの車だ。そしてもう一台はスケアリーの姉の車なのか。それとも違う何者かの車か。いずれにしてもここにはモオルダア達とスケアリーの他に誰かがいるということは確かだ。

 しかし、ここはあまりにも静かだ。たまに吹く冷たい風が木々の間を通り抜ける音や、モオルダアが少し動くたびに足下でカサカサいう枯れ葉の音がとても大きく感じられる。ログハウスの窓には板が打ち付けられていて、中の様子はまったく解らない。だが、人がいるなら暖をとるために暖炉に火が灯されていることもあり得る。それならば幽かに明かりが漏れてきたりもするだろうが、そんな気配は全くない。

 もしかすると、来るのが遅すぎたのだろうか?あの静かなログハウスの中には姉妹の死体が横たわっているのでは?モオルダアは頭にその光景を思い浮かべてから、すぐにそれを消そうと努めた。全てはこの静けさのせいだ。変な想像はやめて自分のやるべきことをやれば良いのだ。モオルダアはモデルガンを構えたままの姿勢でログハウスの方へと進んでいった。

 入り口の前まで来るとモオルダアはドアノブに手をかけて回してみた。鍵は掛かっていないようで、それは軽く回すことが出来たのだが、そこから押しても引いてもドアは開かなかった。内側から掛け金でもしてあるのだろうか。そうなると、ここはあれをやるしかないな。モオルダアは一歩ドアから後ずさり考えた。体当たりしてドアを破るか、それとも足で蹴破るか。どっちが優秀な捜査官らしいか。どちらにしても一度で成功させないことには…。

 その時、ログハウスの裏の方で何かを落としたようなガチャンという音がした。モオルダアはハッとしてモデルガンを構えた。ログハウスの裏に回るには左側しかないようだ。反対側は木の生い茂った急斜面だ。それを確認すると足音をさせないように慎重に入り口から左の端まで移動した。そこで立ち止まって耳を澄ましてみると、幽かな足音がこちらに向かってくるのが解った。この時、モオルダアは気付いていなかったのだが、モデルガンを構える彼の姿が影となって彼の前に伸びていたのだ。それはこちらへ近づいて来る誰かにもよく見えていた。

 近づいてくる足音が大きくなりモオルダアのすぐ近くで止まった。次の瞬間モオルダアは「動くな!」と叫びながら飛び出した。それと同時に彼は大きな鉄の板で顔面を強打されてそのまま気を失った。

「あらまあ、どういたしましょう?」

大きなスコップを持った女性が倒れたモオルダアを見下ろしながら呆然としていた。

28.

 モオルダアのいる部屋は火に包まれた。セクシー下着を身にまとった美女のスケアリーが部屋の出口を探している。モオルダアはどうしてスケアリーがそんな姿なのか不思議に思っていたが、それはそれで嬉しいのでそれ以上は考えなかった。部屋に横たわっていたモオルダアは立ち上がってスケアリーと一緒に出口を探すべきだと思ったが、思ったように動けない。どうやら彼は怪我をしているらしい。ひたいからは血が流れて、脈打つたびにズキズキする痛みが感じられる。

「ここから出られるわ」

スケアリーが出口を見つけた。なぜか言葉遣いが普通なのだがそれも気にしない。彼はいま美人捜査官とスリルに満ちあふれた冒険のさなかにあるのだ。この状況を何年待ちわびたことか。ということはここでモオルダアは優秀な捜査官の台詞を言わないといけないのだ。

「ボクはもうダメだ。キミ一人で逃げてくれ!」

これを聞いたスケアリーがモオルダアに駆け寄ってきた。

「何を言っているの。あなたを一人おいて逃げられるわけないじゃない」

そういうとスケアリーはモオルダアの両肩に手をかけてモオルダアを起こそうとした。

「さあ、一緒に逃げるのよ!」

なんとも理想的な展開にモオルダアはもう少しで笑い出しそうだが、ここは何としても真剣にやらなければ。

「このままでは二人とも死んでしまう。そうしたらこれまでボクらが命をかけて暴いてきた陰謀が…」

ここでモオルダアの声が出なくなった。スケアリーがモオルダアの首を絞めているのだ。

「こんなはずじゃないんですのよ」

苦しんでいるモオルダアに向かってスケアリーがうめくように言った。

「あなたが生きている限り、あたくしは絶対に幸せになれないんですのよ!ン〜モ〜オルダ〜ァァァァ!!」

これはどこかで見たことがある。そうだ、これは昨日の朝スケアリーがモオルダアを襲った時の状況とまったく同じだ。モオルダアはやっとこれが夢なのではないかと気付きはじめていた。昨日の記憶が夢のなかで繰り返されているに違いないのだ。そうでないとするとこれはどういうことか。もしかしてこれは昨日の朝の続きなのか?あれから後に起きたことは全てボクがもうろうとした意識のなかで見た幻覚で、本当はあれから数秒しかたっていないということなのか?どうでも良いけど、ここでじっとしていたら確実に殺されてしまう。夢のなかで死ぬとホントに死んでしまうという話もあることだし。

 ここでモオルダアは悪夢から覚めてカッと目を見開いた。目の前にはスケアリーの顔があった。モオルダアは驚いてキャッといつものように情けない悲鳴をあげた。

「ちょいと、失礼しちゃいますわ!人の顔を見て悲鳴をあげるなんて」

そう言うスケアリーはセクシー下着姿ではないし美女でもなかった。モオルダアにはなんとなく、このスケアリーは彼の首を絞めたりしないことが解った。やっぱり夢だったようだ。

「あら、お気づきになられましたの?」

一瞬、スケアリーが口を動かさずに喋ったように思ったが、モオルダアが声のした方へ目を向けるとそこでは女性が心配そうに彼を見ていた。話し方から考えると彼女は明らかにスケアリーの姉だ。

「心配いたしましたのよ。あなたが銃なんて持っていらっしゃるから、あたくしてっきりあなたを悪い方だと思ってしまって…。ホントに恥ずかしいですわ」

「あなたがモデルガンなかを持ち歩くからいけないんですわ。自業自得ですのよ」

スケアリーがそう言いながらモオルダアのひたいに絆創膏を貼ると、その上を軽く叩いた。モオルダアはまたキャッと情けない悲鳴をあげた。スケアリーはもう一度叩いたらまたその悲鳴が聞けると思って叩こうとしたが、モオルダアが可愛そうなのでやめておいた。

 それにしても、モオルダアには現在のこの状況が全然理解できない。美女になり凶暴化してモオルダアを襲った後に失踪したスケアリーが目の前にいて、同じ部屋にスケアリーの姉がいる。その向こうには窓に打ち付けられた板の隙間から外の様子をうかがっているヌリカベ君が見える。部屋は暖炉に火が入れられているため暖かく快適だ。「確かボクはスケアリーを助けにここへ来たはずなんだけどなあ」そう思ったモオルダアだったが、これではまるで自分が彼らに助けられたような気分だった。どうしてこうなったのか説明を聞きたいのだが、いまだに意識がボンヤリして何を聞けば良いのか解らない。ゆっくりを上半身を起こしてスケアリーの方を見た。

「キミ、美女だったのに…、元に戻っちゃったねえ」

「あたくしはいつでも美人ですわ!」

そう言ってスケアリーは恐ろしい形相でモオルダアを睨んだ。それでモオルダアはやっと我に返ったようだ。スケアリーの鉄拳をくらわないように身構えたが、怪我をして倒れていたモオルダアを殴るほどスケアリーは非情ではないらしい。遠くからヌリカベ君がクックッと笑う声が聞こえたが、モオルダアは特に気にしなかった。ヌリカベ君とはそういう人なのだ。

「いったいキミに何が起きたんだ?」

モオルダアはやっと聞くべき質問をすることが出来た。

「これを話すとちょっと長くなってしまいますけど」

そういってスケアリーは私を見た。私とは、私のことである。

「作者さま。今回はあたくしの出番が少なすぎる上に美人だとか美人じゃないとかいろいろ言われて、あげくの果てにはいやらしい下着まで着せられましたわ。あたくしはあなたがこんなムカつくことをする人だとは思っていなかったんですけど、ガッカリしてしまいましたわ。でもこの償いとしてあたくしは次の章を乗っ取っていろいろ説明しますわ。そうさせてくれたら、きっと全てが説明されてあなたもきっと大助かりですわ。ホントに、作者だからって神のように振る舞えると思っていたら大間違いなんですからね」

ということで、彼女がいろいろ説明するようだ。