「マキシマム・ビューティー」

25. モオルダアのボロアパート周辺

 モオルダアはエフ・ビー・エルには戻らずに自分の家に戻ってきた。クライチ君には絶対本当のことを喋らないつもりらしい。ボロアパートの前まで来たモオルダアは突然背後から呼び止められた。

「ちょいとあなた!いったいどういうことなんですの?」

この言葉にモオルダアはギョッとして振り返った。こんな話し方をするのはスケアリー以外に考えられないのだが、そこにいたのはスケアリーではなかった。

「あなたは、うちの娘と一緒に働いてる変態のモオルダアさんでございましょ?」

どうやら、この女性はスケアリーの母親のようだ。彼女はモオルダアが「はい」とも「いいえ」とも答える前に話を続けた。

「いったいどういうことでございますの?最近、娘と連絡を取れないから心配になってエフ・ビー・エルの方へ連絡してみたんですの。そしたらあなた、驚いたことに娘の行方が解らないって言うじゃありませんか。まったく信じられませんわ。そんなことなら最初からあたくしのところへ連絡を入れるべきなんですのよ。そう言ったらエフ・ビー・エルの方は『余計な心配をかけないように知らせなかった』なんて言うんですのよ」

ここでやっとモオルダアが話に割り込めた。

「あなたはスケアリーのお母様でございますね?」

いつものように、この話し方は感染するようだ。

「そうでございますけど。いったいどうなっているのか説明してもらいたいものですわ!スケアリーがいなくなっておかしいと思っていたらあの子の姉までおかしなことを言いだして。悪い夢を見たとか言うんですのよ。何でも、スケアリーがうちの別荘で殺されている夢を見たとか言って。そんなことを言ってたかと思ったら今度は姉までいなくなってしまったんですの。まさかと思って、うちにある別荘の鍵を調べてみたら無くなっているじゃありませんか」

母親だけあって、スケアリーよりも強烈である。モオルダアは完全に相手のペースにはまっている。しかし、ここへ来てやっとスケアリーの居所をつかめそうな気がしてきた。

「つまり、その別荘に行って確かめてこい、ということでございましょう?」

「当たり前じゃございませんこと?あたくしがわざわざ寒い思いをしてあの別荘まで行くこともありませんでしょ?」

スケアリーの母が本当に娘達のことを心配しているのかどうか解らない感じになってきたが、モオルダアは捜査が進展しそうなことに喜んでいた。だいたい、どうして始めから身内に話を聞かなかったのだろうか?基本的な過ちだ。それにしてもスケアリーの姉が見た夢というのが気になる。殺されているとはどういうことなのだろう。モオルダアはスケアリーが殺されるなんて夢にも思ったことがない。彼の夢の中ではスケアリーはいつでも彼を殺そうとして追いかけてくるのだ。それに、昨日は現実にそうだった。彼女が殺されるはずなどないのだ。万が一のことを考えると焦りにつながるから、自称優秀な捜査官モオルダアはそれ以上は考えなかった。

 モオルダアはスケアリーの母から別荘の場所を聞いた。すぐにそこへ向かいたかったのだが、ちょっとした問題があった。調べてみると、電車とバスを使ってそこへ辿り着くにはこの時間からだと明日の昼過ぎだ。しばらく考えた後、モオルダアは仕方ないという感じでポケットから携帯電話を取り出してヌリカベ君に連絡した。彼の速そうなバイクで連れて行ってもらうつもりらしい。

26. ビューティー・アップ社の社長室

 ノックの音に続いてドアが静かに開くと、先程入り口でモオルダアの裏取引に応じた頼りない方の警備員がうつむいて入ってきた。入って来るなり警備員は一芽実田社長に向かって深々と頭を下げ「もうしわけありません」と謝罪をした。

「謝ることはありません。あなたの判断は正しかったのですから」

社長にこう言われると、彼は驚いて口を半分開けたまま顔を上げた。それから社長にいわれるまま一芽実田の前の椅子に座った。椅子に座ると彼はモオルダアから取りあげた例のエロ本を社長に差し出した。

「それがまだこの世に存在していたなんて、思いもしませんでした。でも、せっかくあなたのおかげでその雑誌を手に入れることが出来ても、もう私達は終わりかも知れません」

座ってもうつむいたまま話を聞いていた警備員はまた驚きで口を半分開けたまま一芽実田を見つめた。一芽実田社長はモオルダアと話していた時とはまるで別人のように優しい口調で話している。

「あなたが私の『追っかけ』だった頃から、あなたはいつだって私の味方でしたねえ。私が全然売れないアイドルだった時にも、あなたはいつも応援してくれましたねえ。地方の誰も来ないようなイベントにもあなたは来てくれました。そして、私がこんなに変わってしまっても。あなたはいつでも私の味方をしてくれました」

「社長は昔も今も少しも変わりません。あなたはボクの太陽なんです」

顔を真っ赤にしてこう言った警備員の声は最後が聞き取れないほど小さくなっていった。

「あのモオルダアとかいう捜査官はそうは思ってないみたいですよ。でもあなたにとってはそうなのかも知れませんねえ。私にもあなたが昔と同じに見えますよ。今でもあなたはステージのすぐ近くで大声を張り上げて私の名前を呼んでくれたあなたです」

この後しばらく二人の間に沈黙が訪れた。警備員はゆっくりと一芽実田社長の方を見た。すると社長は目に涙をいっぱいためて、泣き出すのをこらえているようだった。警備員は一芽実田社長の身に悪いことが起ころうとしていることがすぐに解った。

「もう終わりなんです」

一芽実田社長が震える声で喋りはじめた。

「あの捜査官が言ったとおり、私は変わってしまったのです。そして、その代償はいつか払わなければいけないのです。それがどういう形でやって来るかは解りませんが、これは私だけの問題です。ですから、あなたは今のうちにどこかへ逃げてください」

「そ、それは、ダメです!」

警備員は今にも立ち上がりそうなくらいに興奮して言った。

「何が起ころうとも、ボクが、あなたを、守るのです!」

興奮のあまり警備員は変なところで息継ぎをしながら話している。それを聞いて一芽実田の目から涙があふれ出てきた。

「その気持ちだけで十分です。私のためにあなたまで巻き添えになることはないんです。あなた一人の力ではどうにも出来ないことなんですから。私は今まであなたに応援されるばかりで、あなたには何もしてあげられなかった。だから、私からの感謝の気持ちだと思って私の言うことを聞いてください。今すぐここから逃げるんです」

「いいえ、あなたはいつもボクに元気を与えてくれました。だからボクは何があろうとあなたのために…」

「ここにいるのはあなたの好きな美田時子ではありません。殺人犯の一芽実田塗黄子なのです」

「でも社長」

こう言って警備員が一芽実田を見た時、彼はその瞳が訴えているものを知って言葉を失った。彼はがっくりと方を落とすと小さく「解りました」と答えた。

「その雑誌はあなたが持っていてください。その雑誌に写っている私の姿が本当の私の姿だということを知っているのはあなただけかも知れません。その雑誌を私だと思って大切にしてください」

警備員はほとんど泣きそうな感じで一芽実田を見ながら立ち上がると、大事そうに目の前にあった雑誌を抱えて社長室を後にした。彼が社長室から出ていくのを見届けると、一芽実田は机に突っ伏してすすり泣いた。