12. 横須賀港(仕切直し)
モオルダアとスケアリーは車で横須賀港へと向かっていた。車で来るのは電車よりも楽だということに気付いたモオルダアは、自分も車が欲しいと思っていたがいろいろ考えると最終的には予算の問題でいろんなものが買えないモオルダアなのでムリだということは考えなくても解っていた。せめてF.B.L.がもっと自由に車を使わせてくれたら良いのに、とモオルダアは思っていた。回を追うごとにF.B.L.は巨大な組織みたいになってきて、車を借りるのにも申請して許可がおりないと借りられないことになっているのだ。恐らく他の捜査官ならまともな理由で借りるので借りられるのだろうが、モオルダアの場合は理由が怪しかったり、そもそも理由なんてものがなかったりしながら捜査をするのだから車もなかなか借りられないようだ。
それはどうでもいいのだが、モオルダアは車の中でこれまで彼がしてきた捜査についてスケアリーに話していた。
「そんな感じで、あの船は怪しいということだったんだけどね。まさに怪しかったんだよね」
「それはそうですけれど、なんであのサクライという方の持っていた写真に写っていたんですの?」
モオルダアが同じことを二回言っているというところはなるべく気にしないようにスケアリーは話を進めていた。
「そうなんだよね。本来ならそんな怪しい船はボクらから遠ざけるように仕向けてくるはずなんだけど、なぜかボクらのところに捜査の依頼が来ていたりするし。まあ、それでスキヤナーに怒られちゃったんだけど」
「でもただの調査船なんでございましょ?そこで謎の被爆事故があったならあたくし達が捜査して当然だと思いますわよ」
「サクライのカバンがなければそうなるけどね。でもあのカバンの中にはパイパイ丸を撮影した衛星写真と、UFOサークルの名簿が入っていたんだよ。そこに船での被爆事故というのはいろんな条件がそろいすぎているよね」
「ちょいと、何がいいたいんですの?」
「つまり、パイパイ丸は海底でUFOを見付けたんだよ」
「それだったら、あたくし達…、というより、あなたには知らせないと思いますわ」
「だから、おかしいと思ってるんだけどね」
お互いに納得のいかない部分を抱えている二人の会話は平行線の上を進んで交わることがないような感じだった。
「とにかくボクは色々と解らないことが多すぎて困ってしまったから、あの議員のところに行って聞いてみたんだよ」
「あの議員って、誰ですの?」
「あれ、言わなかったっけ?以前にボインジャーことを教えてくれた区議会議員だけど」
スケアリーはそんな議員のことは知らなかったが、パイパイ丸とかボインジャーとかいう名前が出てきて何故か彼女のプライドが傷付けられているような、そんな感じがしてきたのだが、それは私のせいではないので私を睨むのはやめて欲しいと思っているのである。
「なんで怒ってんの?」
「怒ってませんわよ!それで、その区議会議員の方は何ておっしゃってたんですの?」
明らかに怒っている感じのスケアリーだったが、彼女が怒っていないと言えば怒っていないに決まっているのでモオルダアは続きを話すことにした。
「それで、その議員にこれからどうするべきか聞いたら、サクライのカバンに入っていた写真とかは向こうが言うとおりに返すべきだとか、そう言ってたんだよ」
「でも、あの衛星写真は何かの証拠になるんじゃありませんの?」
「ボクもそう思ってたんだけど、議員が言うには『良い棋士は捨て駒を心得ているものだよ、モオルダア君。ガッハッハッハ!』って言ってたんだよね」
「つまり、それよりも重要な何かがまだあるということですわね」
「そうかも知れないけど、そこを聞くと得意げに『蛙の子はカエルだよ!』と言ってたよ」
「それはどういうことですの?」
「ボクにも全然解らないよ。とにかくボクは家の鍵が壊れたままのことが心配で仕方がなかったからそのまま帰ってきてしまったんだけどね。あと、それから例のカタコト外国人達が本物の医師だと言うことも教えてくれたけど」
それでは何のことだか全く解りませんわ!とスケアリーが思っていると車は横須賀港の岸壁の近くまで来ていた。そこには昨日モオルダアが見たのと同じようにパイパイ丸が停泊していた。
二人が車を降りると昨日モオルダアの相手をしていた港の責任者みたいな人がやってきた。
港の責任者みたいな人は大きめの封筒を持ってモオルダアに話しかけてきた。
「ああ、やっと戻って来ましたね。昨日はいきなりいなくなったりして、大変だったんですから!もう」
なんだかプリプリした感じの話し方だったが、どうやら港の責任者みたいな人はこのパイパイ丸を早く港から追い出したいらしい。予定にない船がいきなりやって来て停船しているのは、あまり好ましくないのだろう。それよりもモオルダアは、怒るとちょっとオカマっぽい感じになるこの責任者みたいな人が気になってしまった。
「これはあなたの言ってた麻薬の密輸に関する書類ですけど」
モオルダアが変なところを気にしていると、責任者みたいな人は持っていた封筒をモオルダアに渡そうとした。
「それなら、もういいんだよ」
その封筒の中身はモオルダアがパイパイ丸に忍び込むために頼んだものだったので、今となってはどうでも良いものになっていた。責任者みたいな人はまたプリプリした感じになっていたのだが、スケアリーは早く捜査にとりかかりたいようだった。
「ちょいと!そんなことよりも、もっと大事なことがあるんじゃございませんこと?」
そういったスケアリーにつられたのか知らないが、責任者みたいな人は「そうですわね!」と言ってから二人を船内に案内した。モオルダアはその後を追いながら、寒気のようなミョーな感覚を覚えていたが、これは捜査とはほとんど関係ないはずだから気にするのはよそうと思っていた。
船内は昨日モオルダアが忍び込んだ時と特に変わっていなかった。
「特に変わったところはなさそうですわね。ところで、放射能漏れとか、ちゃんと調べたんでしょうね?」
「そりゃもちろんですよ。船員があんな酷い状態だったら何かあるに違いないですからね。昨日ちゃんと専門家を呼んで調べてもらいましたよ」
専門家とは昨日モオルダアが見た防護服を着た人達なのか、それとも後から来た特殊部隊のような人達なのか考えていた。そこを考えても意味がないような気もしたが、どこか気になる部分があったのだろう。それよりも、この船についてもう少し知らないといけない。
「それで、何かあったんですか?」
「それがナンにも出なかったのよ!もう」
また変な喋り方であるが、モオルダアは気にしないようにするのが大変だった。
「つまり、船員達が被爆した原因になるような物はこの船にないということですわね?」
「そうなんですよ。それに放射能もほとんど検知されなかったってことです」
モオルダアはなんとなく、昨日見た特殊部隊のような人達を思いだして嫌な感じがしていた。もしかして、彼らが「何か」を見付けて持ち去ってしまったとか、そういうことだとするともうこの船からは何も出てこない。しかし、あの時にはすでにF.B.L.に捜査が依頼されていて、モオルダアがやって来るということも解っていたのだから、そこにどこかの組織の特殊部隊のような人達がやって来るというのもおかしなことである。
とにかく、話を聞いているだけでは埒があかないので、彼らは船内を見て回っていた。すると船尾にある格納庫の近くの部屋でモオルダアは面白いものを見付けた。それが直接今回の事故に関わっているのか解らないが、モオルダアの興味を惹くのには十分な形をしていた。
「これって、潜水服ですか?」
「そうだと思いますけど。私は専門家ではないですからねえ」
そこにあったのは深海で作業をするための潜水服だった。服と言うよりもほとんどロボットみたいな外見である。水圧に負けないようになっている球形の巨大なヘルメットに丸い覗き窓が印象的である。そして、そういう珍しいものを見ればモオルダアが興味を持つのも当然である。
「これって着るのにすごい時間がかかるんだよね。何メートルぐらい潜れるんだろうね?」
「知りませんわ、そんなこと」
モオルダアは潜水服を見たまま聞いたのだが、答えたのは港の責任者みたいな人の声だったような気がして、思わず振り返った。スケアリーと港の責任者みたいな人は並んでモオルダアの方を見ていたが、どっちが答えたのか良く解らない。
「その潜水服がどうしたって言うんですの?」
スケアリーが聞いた。始めは好奇心だけで潜水服を眺めていたモオルダアだったが、だんだんそこからまともな考えも出てきたような気もした。
「いや、なんとなくね。それに、この船に放射性物質がないとしたら、原因は船の外にあったということだし。航海中に船の外に出るにはこの潜水服が必要だしね。あれ?!」
「なんですの?」
「いや、なんかこの潜水服触ったらオイルが付いてたよ」
モオルダアはオイルを触った方の手の親指と人差し指をこすり合わせて、ヌルヌルした感じをなんとかしようと思っていたのだが、こすってもオイルのヌルヌルは落ちるものではない。どこかに手を拭けるような場所はないかとさがしたが、ちょうど良いものがなくて、仕方なくモオルダアはヌルヌルしたままの手をズボンのポケットの中にいれた。ハンカチを持ち歩かない人間にとって、ズボンのポケットの中というのはちり紙やハンカチと同じものなのである。