「404」

19. F.B.L.ビルディング、ペケファイル課の部屋

 だったら、これは一体何なんですの?先程からスケアリーのあらゆる思考は必ずこの言葉から先に進めなくなっていた。彼女の首の付け根から摘出された金属片が実はマイクロチップであることは解った。しかし、それが一体何なのか?なぜ、どのようにして彼女の首の付け根に埋まっていたのか?

 明確な答えのない現象は怪奇現象でもある。全てに科学的説明がつかないと気が済まないし、そうすることが可能だと思っているスケアリーにとっては怪現象が自分の身に起きたということが信じられず、納得がいかず、そして恐ろしかった。

 しかし、いつまでもマイクロチップのことで考え込んでいるわけにはいかなかった。そのマイクロチップは現在捜査している事件に関連しているのかもしれないが、それよりも謎の被爆やら、船に関してあまり話したがらないフランス領事館や、それからあのカタコトの方達はどうしたのかしら?とも思っていた。

(ついでに書いておくと、先程怪しいフランス語のような言葉でモオルダアに代わって電話で話した時に、スケアリーはフランス政府があの船の事件を秘密にしておきたいような雰囲気を感じたのである。)

 とにかく、今は出来ること、あるいは解っていることから手を着けていくしかなさそうだった。スケアリーは部屋の中を見渡して何をしようかと考えてみたのだが、モオルダアが持ってきた例のDVDぐらいしかなかった。こんなものを見直しても特に意味がなさそうだったので、いきなりやることがなくなってしまった。それよりも、モオルダアは一体何をしているのかしら?と思った時にちょうど部屋のドアが開く音がした。

「ちょいとモオルダア!」

スケアリーは多少威圧的な感じで言ったが、入ってきたのはモオルダアではなかった。ドアのところにはこのビルににつかわしくないカジュアルな格好をした若い男が立っていて、驚いた感じでスケアリーを見ていた。

「あの…、郵便です」

男は驚いたままだったが、とにかく自分の仕事を済ませてここから立ち去ろう、とかそんな感じにも見えた。スケアリーは男の様子を見て気まずい感じになってしまったが、この男が誰なのか?ということも考えていた。私服でこの部屋まで郵便を持ってくる。胸にはF.B.L.ビルディング内に入っても大丈夫だということを示す許可証がバッジのようにが付けられている。歳は恐らく二十歳前後で、すこし未熟な感じがするところからするとバイトの大学生に違いないとスケアリーは考えた。F.B.L.には正式な捜査官だけではなくてバイトも沢山いるのだし。それにモオルダアや技術者だってバイトなのだ。

「ああ、ご苦労様ですわね。あなたは、バイトの方かしら?」

「ええ、まあ…」

スケアリーの口調が穏やかになったが、男はまだシドロモドロという感じだった。それはどうでも良かったが、スケアリーはなんとなくF.B.L.のバイト職員のことが気になってきていた。

「あなた、学生さんかしら?」

「ええ、まあ…」

「そらじゃあ、お金を稼ぐのも大変じゃございませんこと?不況だし時給も高くはないんでございましょ?」

「ええ、まあ…」

スケアリーはそろそろまともに話してくれないか、と思っていたのだが男は「ええ、まあ…」ばかりである。

「あたくしが学生だった頃は時給が1,000円を超えたら良い方でしたけれど、F.B.L.はいくら払っているのかしら?」

「ええ、まあ…」

たまりかねて「ええ、まあ…」では答えられない質問をしたのに男は「ええ、まあ…」で返事をした。こうなってくると、これまで抑えていたスケアリーの怒りが彼女の眉間の辺りにあらわになってくる。それに気付いたのかどうかは知らないが男がやっと話し始めた。

「時給じゃなくて、歩合制なんです。この郵便物をこの部屋に届けたら2,000円です」

そんなオイシイ話があるはずありませんわ!とスケアリーは口を半分開けたままあっけにとられた感じだった。

「それじゃあ、ここで一日郵便物を届けてまわってたら、一日にいくらになるんですの?それって、あたくしの給料よりずっと多くありませんこと?!」

「いや、そんなことはないんです。この仕事は日雇いですし、いつでも仕事があるわけでもないですしね。しかも一回のバイトで届ける郵便物は一つだけなんですよ」

「それじゃあ、あなたは今日2,000円だけもらって帰るということですの?」

「そうなりますね。でもボクは家が水戸なもんで、交通費を考えると赤字なんですけどね」

もうワケが解らないのでスケアリーは何も返す言葉が思い浮かばなかった。

「それじゃあ、これ郵便です」

そういって男は改めてスケアリーに持ってきた郵便物を渡した。

「2,000円になります」

「…あら、そうですの。はい、どうぞ」

なぜかスケアリーがバイト代を払っているのだが、もうワケが解らないので何も疑問に思うことなくスケアリーは2,000円を払うと、男はそれを受け取って満足げに部屋を出ていった。

 郵便物は大判の封筒で、中には紙のようなものが入っているようだった。宛名のところには「F.B.L.・ペケファイル課」とだけ書かれていたので、開けても問題はなさそうだった。とりあえず、ワケの解るものが見たいと思っていたスケアリーは封筒を開けて中を確認することにした。