6. 東京都稲城市
今度は稲城市になったのだが、これも前に書いた府中市と同じ理由である。そんなことはともかく、スケアリーはサクライの持っていたUFOサークルの名簿に書かれていた人物の家までやって来た。もしもサクライがあのDVDを売っていた男を殺したのなら、同じUFOサークルの名簿で印の付けられていた人物も危険に違いない。それにスキヤナーの言うところによるとサクライは重要な容疑者にもかかわらず釈放される事になっているようなのだ。
スケアリーのやって来た家はこの住宅街の日常的な静けさの中にたたずんでいる感じで、まだ特に中で犯罪が行われているような気配はなかった。それでも一刻も早く名簿に載っていたのがどんな人物なのか知るべきであるし、そして危険が迫っていることも知らせないといけない。そこは良くある住宅街の良くある家だったのだが、スケアリーは不安にも似たおかしな緊張感を覚えながら呼び鈴のボタンを押した。すると間もなく扉が開いて少しくたびれた感じの中年女性がスケアリーの前に現れた。何も言わず興味深そうにスケアリーを見つめる女性にスケアリーはちょっと戸惑っていた。
「あの…。ここは別井(ベツイ)さんの家でございますわね?」
「ベツイさんは今ここにいませんけど」
「つまり留守ってことですの?今どこにいるか解りますかしら?すぐに連絡を取りたいんですけれど」
スケアリーの話す感じに不信感を抱いたのか、中の女性は今度は探るような目でスケアリーを見ていた。それに気付いたスケアリーは、自分がまだ誰なのか名乗っていないことに気付いた。
「あら、失礼いたしましたわ。あたくしはF.B.L.のスケアリー特別捜査官…」
「知ってますよ」
スケアリーが最後まで説明する前に女性に遮られた。名刺入れから名刺を出そうと下を向いていたスケアリーは驚いて女性の顔を見た。
「前に会っています」
女性に言われると、スケアリーは様々な記憶を甦らせてみたが、この女性と会った覚えはなかった。同窓生とか以前にF.B.L.にいた人物とか。あるいは、電車やバスに乗っている時に声をかけられてちょっと話したり、道を尋ねたり尋ねられたりした人物まで、思い出してみた。けっこう記憶力は良い方だと思っているスケアリーだったが、今目の前にいる女性の顔は初めて見る顔に違いなかった。
「失礼ですけれど、何かの間違いじゃございませんかしら?」
そういいながら、スケアリーはここに住んでいるはずの女性がUFOサークルの名簿に載っていた人物であることを思い出した。これはもしかすると厄介な事になったのではないかとスケアリーは心配になっていた。そして玄関で何かが起きていると感じて奥からもう一人の女性がここにやって来たときに、スケアリーは「やはり厄介な事になっていますわ」と感じとったようだ。奥から出てきたもう一人の女性が驚いた表情でスケアリーを見つめた。
「なんて事!あの人よ」
「そう、あの人だわ」
これはきっとUFOサークルの中で信じられている何かの話しに違いない。そして、なぜかスケアリーがその話の中に出てくる人物とされてしまっているのだろう。
「あの人って、何なんですの?」
あまりにも怪しい二人の対応にスケアリーは少し気味が悪くなっていた。
「私達と会ったあの人」
「メンバーの一人ね」
目の前の二人にこう言われるとスケアリーはさらに気味が悪くなった。
「それは、どういう事ですの?あたくしはここに住んでいるベツイさんに用事があってやって来たのですのよ!ヘンなことを言わないであたくしの質問に答えてくださらないかしら?ここはベツイさんの家なんでございましょ?」
スケアリーは少し苛立ったような口調になっていたが、二人は特にそこを気にするような事もなくスケアリーに中に入るように言った。なんでそうなるのか解らなかったが、自分で訪ねていって中に招き入れてもらったのに断るのはヘンだ、と思ってスケアリーは中に入ることにした。
家の中に入ると一人の女性がUFOサークルの仲間達に連絡を始めたようで、電話をしたりメールを打ったりしていた。やはり何かややこしいことになっているに違いない、とスケアリーは思っていた。
「ちょいと、どういう事ですの?あたくしはあなた達とは会ったこともございませんし。これは何かの間違いじゃございませんこと?あたくしはただ殺人事件の捜査でやって来て、ここに住んでいるはずのベツイさんという方に話を聞こうと思って…」
「殺人ですか?!」
仲間に連絡していたのと別の女性が殺人と聞いて驚いて、スケアリーのことをまじまじと見ていた。ここでやっと自分のペースになってきたとスケアリーが説明を始めた。
「殺害されたのは仁座尋場部朗(ジンザ・ジンバブロウ)という方ですわ。変なDVDを売っていた…」
「まあ、ジンザさんが?!」
もう一人の仲間に連絡していた方の女性も話に加わってきた。
「あなた方はジンザさんをご存じですの?」
「私達のサークルのメンバーですから」
「そのようですわね。でもあたくしはUFOサークルのメンバーなんかではありませんのよ。こんなことを言うのもナンですけれど、あたくしはそんな話は信じていませんし、あたくしは常に科学的な視点で…」
「それは解っています」
スケアリーはこの二人の言っていることが理解できなくなってきていた。この二人が例のUFOサークルのメンバーであることは解ったのだが、スケアリーのことをメンバーと勘違いしているというスケアリーの推測は間違っていたようだ。
「でも、あなた方は先程あたくしをメンバーの一人とおっしゃいませんでした?」
二人の女性はスケアリーが全く話しについてきていないことを確認したようで、一人が話し始めた。(さっきから二人のうちの一人とか書いているが、ここにいる二人ともこれといって目立った特徴もないので「一人」というのがどっちの一人かは想像にまかせるし、まあ、どっちでもイイのである。)
「去年か、それ以前に不可思議な体験をしませんでしたか?どこかに連れ去られて記憶がなくなっているとか」
一人が言うのを聞いて、スケアリーはあまり良い気分ではなかった。記憶がなくなっていたら覚えていないのだから思い出せないし、それこそ不可思議な体験であるのだが、そんなことを気にしている場合ではなかった。記憶に無いと言えばスケアリーの首の付け根から取り出された「金属製のグリコのオマケ」というものがある。
これまでのエピソードを読んでいる限り、スケアリーがそのような物を首の付け根に埋め込まれるような体験をしたことはなかったのだが、ここに書かれるのは彼らF.B.L.の捜査官のする捜査のほんの一部でしかない。ここに書かれない彼らの捜査の中で何かが起こって、仮にその記憶が消されているとしたら。…消されたら思い出せないので、思い出すことはできないのだ。(同じことを二回書いているが。)
しかし、もしもどこかに連れ去られて、その記憶を消されるなどということがあり得るのならと、そう考えるとスケアリーはにわかに不安な気分になっていた。
「ちょいと、なんでそんなことを言うんですの?」
そう言うスケアリーの表情に不安や恐れのようなものを感じとったのか、もう一人が諭すような表情で言った。
「このことについてゆっくり話すべきだと思いますよ。それと。これからここに来る人達の話も聞くべきです」
不安とか恐怖とか、そういった色んな種類の「嫌な感じ」がスケアリーの頭を覆い尽くしそうな感じがして、スケアリーはなんとなく頷いていただけだった。