7. 横須賀港
モオルダアが横須賀港にやって来ると、そこはモオルダアの予想と違って警察の車両などがあり物々しい雰囲気に包まれていた。もしパイパイ丸が海底に何かを見付けてそれを極秘に持ち帰ったのだとしたら、この周辺の雰囲気はあまりにも騒がしいと思えた。極秘に何かを持ち帰った船があるのなら、もっとひっそりしていても良さそうなのだが。とにかくモオルダアは港を管理している責任者みたいな人物を探して話を聞くことにした。
港の事務所のような場所にモオルダアが行くと、そこではいつもは煙たがられるモオルダアが意外と好意的に迎えられた。なぜかモオルダアがくるのを待っていたように「早かったですね」などと言われてモオルダアは戸惑ってしまったのだが、これはもしかするとモオルダアが何かを嗅ぎ付けた、ということを逆に彼らが知っているということを示しているのかも知れない。モオルダアは相手の様子をうかがい慎重に話をしようと思っていたが、モオルダアが話を始める前に責任者は「とにかく来てください」と言ってモオルダアを部屋の外へと連れ出した。なんとなく拍子抜けした感じでモオルダアはその後についていった。
建物の廊下を歩きながら、モオルダアは窓の外に見える岸壁とそこに係留してある大型の船を眺めていた。
「とにかく驚きましたよ。どうしてあんなことが起きたのか。普通では考えられないことです」
責任者が言っていたがモオルダアには何のことだが理解できていない。これはもしかすると自分をはぐらかすための手なのかも知れないとモオルダアは思っていた。
「あの船はどうしてここへ入港してきたんですか?本当は芝浦の方に向かっていたはずですが」
「そりゃそうですけどね。あんなことがあったんじゃそれはムリですよ。まあ、元々怪しいって噂の船でしたけどね」
「怪しい?」
「なんでも麻薬の密輸に使われているとかで。まあ、あくまでも噂ですけど」
なんだか話がヘンな方向に進んでいるような気もしたのだが、窓の外を眺めながら話していたモオルダアは船の中から放射線などから身を守る防護服に身を包んだ人間が数人出てくるのを発見した。「あの怪しすぎる船はパイパイ丸ではないか?」とモオルダアは黙ったまま内心で盛り上がっていた。その盛り上がった感じを悟られないようにモオルダアは静かに責任者の方を向いた。
「それで、麻薬は見付かったんですか?」
「それはどうですかね。それどころじゃないという感じですし」
「いや、それが重要ですよ。その辺のことを調べることは出来ますか?」
責任者はどうしてモオルダアがそこにこだわるのか不思議だったのだが、そう言われると調べるしかなさそうだ。
「それなら調べますけど。ちょっと時間がかかりますよ」
「ええ、頼みますよ」
モオルダアはシメシメといった表情で責任者が事務所に戻るのを見つめていた。
数分後に責任者が何かの書類を持って元の場所に戻ってくるとそこにモオルダアの姿はなかった。
「あれぇ…?」
責任者は首を傾げながらまた事務所に戻っていった。
上手く港の責任者をまくことが出来た、と思っているモオルダアは建物の外に出て先程の防護服を着た人間が出てきた船の方へと向かって行った。船の周辺には警備員や警察官もいるようだったが、特に誰かが来ないように見張っているということでもなかったようだ。すでにここは港の施設の中なので部外者は入り口で追い返されるはずだし、それほど警備は必要がないということだろう。それでモオルダアは彼らに気付かれることなく船に侵入することができた。
船にはいると「杯牌丸」と書かれたプレートが目に入ってきて、それでこの船がパイパイ丸であることがスグに確認できた。ヘンな名前ではあったが船自体は普通の船のようで特に怪しいと感じさせるところもなかった。それよりもモオルダアが調べたいのは、この船が運んできた物のことである。先程の防護服を着た人間がここから出ていったことなどを考えると、この船は何か大変な物を運んできたに違いないのだ。それはすでに何者かによって持ち去られているのかも知れないが、それに関するちょっとした手掛かりでも見付かれば良いとモオルダアは思っていた。
放射能といえばUFOやエイリアンとは切っても切り離せない物であるし、それにあのDVDに写っていた医師のような人達も防護服やマスクを着けていたのだ。そんなことを考えながらモオルダアの妄想は次第に盛り上がっていった。そしてそうなってくると気を付けなければいけないことがある。彼ら(と、モオルダアが言っているのが誰なのかは知らないが)はそう言う証拠はどんな手段を使ってでも隠そうとするし、何かを知った人間はどんな手段を使ってでも消してしまうのだ。彼らがそうするよりも前にここで何かを見付けようと船内のあちこちを探しまわっていたが、この船は外から見た感じよりもずっと広かった。
とりあえず闇雲に何かを探すよりも、重要な物がありそうなところを探そうと、モオルダアは操舵室へ向かった。そして操舵室に入ると早くもモオルダアは嫌な物を見付けてしまった。それはモオルダアが探していた何かの証拠品ではなくて、操舵室の窓の外に見える光景だった。
船の外では岸壁沿いをあまり見たことのない形のトラックが走ってきて船の手前で止まると、幌のついた荷台から特殊部隊のような格好をした人達が次々に降りてきて、パイパイ丸の方へと向かってきた。
「もう来たの?!」
モオルダアが聞こえるか聞こえないかぐらいの声を出して言うと一度辺りを見回した。せっかく船に侵入したのにまだ何も見付けていない。しかし、ここで辺りを見回しても何かの証拠になりそうなものは何もなかった。それよりも、このままここにいたら、あの特殊部隊のような格好の人達がやって来てヤバいことになるに決まっている。モオルダアは一度操舵室から出ることにした。
操舵室から出ると、モオルダアがここにいることを知っているのか、船に入ってきた特殊部隊のような人達の足音は真っ直ぐ操舵室の方へと向かって来るようだった。モオルダアは慌てて甲板に出ると隠れる場所がないか探してみた。すると、それでダイジョブかどうか怪しかったのだが、ビニールシートが見付かったのでその下に隠れることにした。
ビニールシートといっても色が付いていてけっこう厚手なので、下に入ってしまうとモオルダアの体は完全に隠すことが出来た。ただし、ビニールシートの下にうずくまっているモオルダアにはすぐ脇を特殊部隊のような人達が通りすぎていくのが聞こえて最高にビビっていたことは言うまでもない。
足音が聞こえなくなるとモオルダアはビニールシートを少しだけ持ち上げて足音が向かっていった先を覗いてみた。どうやら彼らの姿は甲板にはないようだ。モオルダアはビニールシートから抜け出して甲板のへりの方まで進んでいった。今はどう考えてもこの船にいるのは危険に違いない。しかも船から出ようとすれば下には警官の姿も見える。こうなったら逃げ道は一つしかない。あまり気は進まなかったが、特殊部隊のような人達に捕まるよりはマシだと思ってモオルダアは甲板から海に飛び込んだ。特殊部隊のような人達は自分たちの任務で慌ただしい感じだったので、モオルダアが海に飛び込んだ音などは特に気付かなかったようだった。