「404」

15. マンションの前

 モオルダアはさっきゴルチエが言っていた「リョウジカン」というのはフランス大使館に違いないと思ってそこへ電話をしていた。ヨーロッパだし、日本とは古くからのからの付き合いだし、特に問題もなく話が進むと思っていたのだがなぜか問題に直面していた。

「あの、それじゃあ、何を言っているのか全然解りませんから、誰か日本語の話せる人とかいたら代わってくれませんかね?」

このモオルダアの言葉から察すると、どうやら日本語が通じないようだ。あるいは、これまでの経過からしてワザと日本語を話さないのかもしれない。日本語が通じないのならモオルダアがそんなことを言っても意味がなさそうだが、話せる言語が日本語だけなら日本語でなんとかするしかないのである。

「だから、ニポンゴよニポンゴ。ワカル?ジャポン語ネ。トイレにセボン、モンプティ!ブルボン…、シルベーヌ…、ガラコ〜!」

そんな風に言っても解るわけがないし、ガラコはフランスっぽくない。モオルダアはあきらめて電話を切ろうと思ったのだが、その時モオルダアのすぐ脇に車が止まった。運転していたのはスケアリーだった。車の窓が開くとスケアリーが顔を出してモオルダアに言った。

「ちょいと!なんなんですの?」

そんなことを言われてもモオルダアには良く解らない。とにかくせっかくスケアリーが来たので、念のためにフランス語が話せるか聞いてみた。するとスケアリーは「当たり前ですわ!」と言ったのでモオルダアが持っていた携帯電話を渡すとスケアリーが先程までモオルダアと話していた相手と話し始めた。

「セ・パ・マ・フトゥ…。エ・クワン・ジュ・ダン・マ・ロングァ・シャ・ジュ・ボア・レ・スットゥ…。トゥ・プェア・セジュテ・ス・モワ・セ・パマ・フッツゥ・ァ・モワ」

モオルダアには何を話しているのか解らなかったが、スケアリーと大使館員と話が進んでいるようなので黙って見ていた。

「スィ・ジョントン・トゥ・タトゥ・ド・モワ・エロー・エリ・テ・ア…。モワ・ロリタ!」

そこまで言うとスケアリーは唖然としてその様子を見ていたモオルダアに携帯電話を返して言った。

「あなたもフランス語くらいはマスターした方がよろしいですわよ!アデュー!」

そう言って、スケアリーは車の窓を閉じるとそのまま車を発進させてどこかへ行ってしまった。

 何がどうなったのか解らないまま車の行く先を見ていたモオルダアだったが、仕方なく電話でさっきの大使館員と続きを話そうかと思って返された携帯電話を見たら、すでに通話が終了していることが解った。

 これでは話が盛り上がっているのかどうか良く解らない、とか思いながらモオルダアはポケットから先程ゴルチエの家で見付けた封筒を取り出してそこに書かれた住所を確認していた。するとそこはここからさほど遠くないところの住所であることが解った。

16. 芝浦埠頭の近く

 埠頭の近くというのは都会にあったとしても、さっきまでモオルダアが歩いていたような賑やかな町並みとは全く雰囲気が違っていて、少し別世界へと迷い込んでしまったような不思議な感覚になることもある。古くからある建物や倉庫がボロボロになっても今もそのまま使われていたり、広い敷地にいくつものコンテナが積み重なっている場所があったり。それから、背の高い建物がないために街の中よりも空が広く感じられるのもそういう不思議な感覚の原因かも知れない。

 モオルダアも封筒に書いてある住所を確かめながら歩いて来てふと顔をあげたので、そんな不思議な感覚になりそうだったが、彼にとってこういう光景はさほど珍しいものではなかったので、すぐに我に返って建物に書いてある住所を調べながら目的の場所へと向かっていった。

 すると間もなくモオルダアは目的の場所へと着いた。下手をすると周囲のコンテナに埋もれて気付かないような小さなプレハブ小屋のような建物の入り口には「カレンチャ君の沈没船情報社」と書かれていた。この小屋と会社名の方が不思議な感覚かも知れないが、モオルダアはそこを気にしないようにドアに手をかけた。

 会社の事務所だし、ドアは開いていると思ったのだが、そのドアには鍵がかかっていた。良く見るとドアのところに「御用の方はインターフォンを押してください」と書いてあった。「正確にはインターフォンのボタンだよな」と思いながらモオルダアはボタンを押した。するとほどなく中から女性の声で返事があった。相手が女性だとわかっておかしな期待をし始めたモオルダアが、優秀な捜査官らしい声を出してインターフォン越しに話はじめた。

「私はF.B.L.の優秀な捜査官だが、少し話を聞かせてもらえないかな?」

中からは「少しお待ちを」という声が聞こえた。モオルダアは言われたとおり少し待ったが、なかなか扉は開かなかった。この狭い小屋のような事務所の扉を開けに来るにしては時間がかかりすぎである。何か取り込み中だったのか、あるいはモオルダアが来たので中でやることが出来たのか。

 少しにしては長すぎる間モオルダアが待っていると、やっと扉が開いた。ドアを開けた女性はモオルダアの期待をちょっと裏切る感じの女性だったが、それは別にどうでも良いことだった。

「ここにカレンチャさんはいますか?というかカレンチャ君と言った方がいいのかな?」

「今はおりませんが」

「どこに行ったんですか?」

「ちょっと南西の方です」

方角で言われると変な感じだが、恐らく曖昧にしておきたいということだろう。

「カレンチャ君に連絡がとりたいんですが?」

「失礼ですが今は私もカレンチャ君とは連絡がとれないんです」

それじゃあこの人は何をしているのか?とかなんのためにここにいるのか?とかイロイロと疑問が湧いてくるのだが、その辺にはなるべく気付かれないようにモオルダアは話を続けた。

「あの、この封筒なんですけど。こういうのってもしかしてあなたが宛名をプリントアウトするとか、内容をタイプするとか…」

「私はそういうことはいたしません」

「ああ、そうですか」

なんとなく女性がモオルダアに早く帰って欲しいみたいな態度になってきていた。もしかするとここは忙しい会社なのかも知れないが。それよりも、この女性は秘書のような仕事もしないみたいだし、やはりここで何をしているのか?という感じになってしまうのだが。受付嬢ということはあり得ないし。とにかく、ここではこれ以上何かを聞き出すことは出来そうになかった。

「それじゃあ、カレンチャ君が帰ってきたらF.B.L.に連絡をもらえますかね」

そういってモオルダアは名刺を渡した。

「F.B.L.のモオルダアさんね」

「ええ、お願いしますね…えーと…」

「私、呂里多よ」

「ロリタ!?」

モオルダアが驚いているのもなんとなく理解できるが、ロリタと名乗ったその女性はそこで表向きだけという感じで笑顔を見せた。こういう笑顔を見た時には早く退出するのが良さそうなので、モオルダアはそのまま事務所を出ることにした。