「404」

2. 東京・府中市

 エイリアン大解剖のDVDの配送元をたどってモオルダアとスケアリーはここまでやって来た。東京といっても、この辺りまでくると道路や住宅の感じも広々とした感じがして、少なからず緊張感が薄れていってしまう。しかも、モオルダアはどう思っているのか知らないがスケアリーはまだ完全に例のDVDが本物であると信じているワケではないし、できれば配送元の怪しい業者に話を聞いて全部がインチキであるということが解れば良いとも思っていた。

「あのDVDを売っていた業者はホントにこんな所に事務所をかまえているのかしら?この辺りには普通の家しかないじゃございませんこと?」

「まあ、あんなDVDは数万円の機械を買えばいくらでもコピーできるからね、デジタルになって、そういうところはずいぶんと敷居が下がったよね。アナログのビデオはコピーすればするほど劣化するけどね」

「あなた偉そうに解説していますけれど、そんなことはあたくしにも解りますわよ」

「それはそうだけどね、気を付けないといけないのは、こういうDVDを作って売っている人達というのは時々、タチの悪い人間だったりするからね。なんかキミは緊張感のない感じだけど、そろそろ雰囲気を出しといた方が良いと思うけどね」

「なんですの雰囲気って?」

そこまで話したところで、彼らは目的の住所にたどり着いた。そこは普通の古びた木造の住宅だったが、玄関が開けっ放しになっていて散らかっている部屋の中がよく見える状態になっていた。中には人の気配がしないし、今時はドアを開けっ放しで外出というのはあまりないことである。何かがおかしいということを感じとったスケアリーが銃を取り出すと、それなりの緊張感とそれなりの雰囲気が彼女から漂ってきた。

 それを見ていたモオルダアもモデルガンを取りだすと銃口を下に向けて両手で持っていた。そして玄関横の壁に背を付けた状態から玄関の中を一度覗き込んでから中へと入っていった。玄関から見える範囲には全く人の気配がしなかったので、モオルダアはまだ銃をかまえたりはしていなかったのだが、ここでいつもこういう時にモオルダアを悩ませる問題に今回も直面していることに気付いた。

 モオルダアは自称優秀な捜査官。優秀な捜査官ならば細心の注意を払いつつも、素早い行動で家の奥へと入っていって異常がないか調べたりするのだが、そうすることができるのは玄関で靴を脱ぐ習慣のない国に住んでいる捜査官である。モオルダアは玄関に入って、この先は靴を脱いで行くべきか、このまま土足で入るべきかいつも悩んでしまうのである。

「ごめんくださいまし!F.B.L.でございますけれど、どなたかおいでじゃございませんこと?」

モオルダアが悩んでいる間に、スケアリーが大きな声で奥に向かって聞いた。モオルダアはこれでさらに優秀な捜査官らしくなくなったと思ってしまったが、スケアリーは返事がないことを確認すると土足のまま家の中へと入っていってしまった。「ダイジョブなのか?!」とか思いながらモオルダアも靴を履いたまま中に入っていった。


 一階と二階を合わせて十ぐらいの部屋がありそうな家の中の部屋を一つずつ調べていくスケアリーであったが、もしもここがDVDを作った業者が勝手に記載した住所で、住んでいるのが全く違う人だったりしたらどういたしましょう?とかも思って土足で入って来たことを後悔し始めていたのだが、そんな心配は無用であることが次の部屋の扉を開けた時に明らかになった。

「ちょいと、モオルダア!」

いきなりスケアリーが緊急事態という感じでモオルダアを呼んだので、一瞬ビクッとなってモオルダアが部屋の方へとやって来た。部屋に入るとベッドの上に両手を体の後ろで縛られて頭から血を流している男がうつ伏せに倒れていた。いつもならここでモオルダアが情けない悲鳴をあげる場面なのだが、さっき一度ビクッとなっていた緊張感が持続していたので悲鳴はあげずに済んだようだ。

 倒れている男の脈をとっていたスケアリーがモオルダアの方を向いて「手遅れですわ」と言ったその時、家の奥の方で誰かが慌ててバタバタしている足音が聞こえてきた。部屋のドアのところにいたモオルダアが反応して音のした方を見ると、奥の部屋から出てきた男が廊下の突き当たりにある別の部屋の方に入っていくのが見えた。

「コラっ、待て!」

いつものように逃げようとする人間を見ると反射的に追いかけてしまうモオルダアは廊下を走って誰かが逃げ込んだ部屋に入った。そこに入ると庭に出るための大きな窓が開いていて、そこから庭のむこうの塀を乗り越えようとしている男の姿がモオルダアに見えた。ここでモオルダアは土足で正解だった!と盛り上がりながら、そのまま庭に飛び出すと男を追いかけていった。

 モオルダアとスケアリーがやって来て慌てて逃げるような男は怪しい人間に違いない。そう思ったモオルダアは夢中で男を追いかける。逃げる方の男も、まさかいきなり二人がやって来るとは思ってもいなかったようで、どこに逃げたら良いのか解らない感じで、やみくもに走り続けて、自ら逃げ場を失っていくようにも感じられた。

 そして、袋小路にさしかかって仕方なく塀を乗り越えて逃げようとしている男の上着を追いついたモオルダアが掴んだ。

「F.B.L.だ!おとなしく…」

モオルダアが男を取り押さえようとしたのだが、男はいきなりモオルダアに向かって空手パンチや空手キックをくり出してきた。男の方も焦っていたようで、パンチもキックもまともに当たらなかったのだが、その本格的なパンチとキックにモオルダアはヤバいと思って慌ててモデルガンを取りだした。そして男の方に向けて構えようとしたのだが、その時すでに男は目の前まで進んできていてモオルダアのモデルガンを払い落とすと、もう一度空手パンチをくり出してきた。

「ヤーッ!」という男のかけ声とともに倒れ込むモオルダア。それを見て男は振り返ってまた塀をよじ登って逃げようとしていた。その背後ではモオルダアが密かに隠し持っているもう一つのモデルガンを取りだしていた。

「おい、止まれ!止まらないと撃つぞ」

幸いなことに、男はまだモオルダアの持っているのがモデルガンであることに気付いていない。銃を向けられていては塀をよじ登っているヒマはなさそうである。男は仕方なく塀から降りると悔しそうに呻きながらモオルダアの言うことに従った。

「キサマ・カナラズコロシテヤル」

男がヘンな日本語で言った。見た目は日本人のようだが、どうやらそうではなさそうだ。

「コレハ、チョット・オモシロイデスネ。アナタハ、ドコノヒトデスカ?」

モオルダアが男と似たような話し方で聞いた。この男がカタコトだったことが気になるようである。

「ナニヲホザイテル」

「別にほざいているワケじゃないけど。とにかくその持っているカバンを渡してくれないかな、というよりも、殺人事件の容疑者だし、とりあえずキミはタイホということだけどね。さあ、早くカバンをコッチに渡すんだよ」

モオルダアはモデルガンを男に向けたまもう片方の手を男の方に差し出した。

「クソ〜…」

どうやら男は観念したようだ。しかしモオルダアがさらに男の方へ近づくと、男はまた空手キックを繰り出してきた。男が完全にあきらめたと思っていたモオルダアは、あっけなく二つ目のモデルガンも空手キックによってはじき飛ばされてしまった。(これは書く必要があるか解らないが、最初にモオルダアが持っていたモデルガンは彼の父が持っていて、スキヤナー副長官も本物と間違えたリアルなものである。そして、次に出してきたのがモオルダアが父のモデルガンを使うようになる前から使っているものである。モオルダアが男に近づいたので、そのモデルガンのこともよく見えてそれが本物の銃でないと気付いたのだろう。)

 あれ?という感じではじき飛ばされたモデルガンの行く先を眺めていたモオルダアがもう一度男の方へ視線を向けた時、さらに男が空手パンチを繰り出してきた。男の「ヤーッ!」というかけ声とともにまたモオルダアが倒れた。そしてそれを見ると、男は倒れているモオルダアをまたいで元来た道を逃げようとしたのだが、二三歩進んだところで目の前にスケアリーが現れて彼に銃(本物)を向けた。

「止まりなさい!F.B.L.ですのよ!」

「クソ〜…」

今度こそ男は観念したらしい。先程のように銃を蹴り飛ばすには距離がありすぎるし、背後ではモオルダアがよろめきながらも立ち上がっているのが解った。

「大丈夫ですの?モオルダア」

「ダイジョブデスネ!コレハチョット・チガデテマスケドネ」

スケアリーはまたヘンな喋り方をしているモオルダアを睨んでいたが、モオルダアはそんなことに気付いていなかったようで、男のところへ行くと手錠をかけた。

「クソ〜…」

男がまた言うとモオルダアは「ナニヲホザイテイル」と言い返した。いくらモオルダアと言えども男であるからには空手パンチや空手キックでやられっぱなしなのは気に入らなかったのだろう。彼に手錠をかけたモオルダアは片方の端から出血してる唇をいびつにゆがめて微笑みを浮かべながら、男からカバンを取りあげた。