「404」

11. 翌日、モオルダアのボロアパート

 モオルダアの部屋のドアの鍵はドアノブに取り付けられているタイプの物だったが、何者かに壊されて修復が不可能だと思ったのか、モオルダアはドアノブごと取り外していた。ドアノブのあった場所には円い穴が開いていて、そこから外の光が部屋の中に差し込んでいた。

 ホコリっぽい室内に差し込む昼前の光がドアから真っ直ぐにスポットライトのような線を描いて床を照らしている、ということはどうでもいいのだが、その光が一度何かに遮られてドアの辺りが少し暗くなった。ドアの穴に誰かが指を入れていたようだ。そしてその指がぐいと曲げられてドアの内側にかかると、そのまま引っぱられてドアが開いた。そこにはスケアリーがいた。

「ちょいと!どういう事なんですの?」

中にいたモオルダアはスケアリーがこう言うことはだいたい解っていた。しかし、どういう事か説明するのは面倒でもあった。

「何から説明すれば良いか解らないけど…。とりあえず、例のカバンに入っていた衛星写真とかは返した方が良いと思うんだよね」

そう言われたスケアリーも色々と疑問なところが沢山あるので、どう反応すべきか良く解ってなかった。

「それよりも、なんでわざわざあたくしがここにやって来ないといけないんですの?なんでF.B.L.のビルディングではないんですの?」

「そこを気にされても…。まあ、気になるか。でもそのドアを見たら解るように、これから業者がドアを直してくれるまで外出はあまり出来ないんだけどね。まあ、さっきちょっと出かけてしまったけど。ドアに鍵がないまま出かけるのって、けっこうなスリルだってキミは知ってた?」

「ちょいと、ふざけてるんですの?」

「いや、そうじゃないけど」

どうやらスケアリーがあまり機嫌が良くないということに気付いたモオルダアは、もう一度何から話すべきか考え直した。

「それで、例のUFOサークルの人はどうなったの?」

「それなんですけれど、大変な事になっていましたのよ。ベツイという方、末期ガンでもう余命わずかという事でしたし。UFOサークルの方達の話によると、ベツイさんは人体実験のせいで病気になったとかで、それであたくし達もみんな同じように死んでしまうんだとか、そんな事をおっしゃるのよ。それに、そのUFOサークルの方達はみんなこれを持っていたんですの…」

そう言ってスケアリーは例の金属片の入った透明のケースをモオルダアに見せた。

「なにそれ?!」

それを見たモオルダアがミョーに興奮して金属片に興味を示したのに気付いて、スケアリーは自分の行為を後悔していた。彼女はまだこの金属片のことをモオルダアに教えていなかったのである。ただ、この金属片の事を自分だけで解決するのはどう考えても不可能な気がしていたとか、そんな感じで無意識のうちにモオルダアに助けを求めたということかも知れない。

 とにかく見せてしまった物は仕方がないので、スケアリーはその金属片の事をモオルダアに話した。ただし、それが自分の首の付け根から摘出された物だと言うことは黙っていた。

「ちょっと、それってスゴイことじゃん。もしかして、その人達は何者かに誘拐されて、そこで人体実験をされたけど記憶を消されているとか、そういうことなんじゃないの?」

盛り上がったモオルダアはスケアリーが今のところあまり聞きたくないことばかりを口にしていた。

「それは…、そんなことをおっしゃっていましたけど。…でもあたくしの考えではそんなことって、あり得ないでございましょ?それに…」

「それよりも、キミの持ってるその金属片はどこで手に入れたの?」

「これは…」

そこまで言ってスケアリーは無意識のうちに目から涙がこぼれそうになるのを感じて慌てて口を閉じた。口を閉じて泣きそうになっているのを止められるか解らなかったが、何とか泣き出さずに済んだようだ。彼女の持っている金属片は彼女の首の付け根から取り出したものである。それと同じ物をUFOサークルのメンバーがみんな持っていて、しかもそれは何者か(おそらくエイリアンとかUFOとか)に誘拐されて人体実験を受けた時に埋め込まれた物であると彼らが言っていたのが、スケアリーにとっては気味が悪くて仕方がなかったのである。そして、それはいつしか彼女にとっての不安と恐怖となり、心の中に暗い影を落とすようになっていたのである。

 モオルダアはスケアリーが一瞬だけ見せた涙ぐんだ表情に驚いてしまったが、今では下手なことを言うと恐ろしいことになりそうないつもの彼女の表情に戻っていたので、それ以上その金属片について聞くのはやめることにした。ただ、いずれはそのことについて、何か彼女から聞かなければいけないのではないかと思ってモオルダアは何か嫌な感じがしないでもなかった。


 話が止まってミョーな沈黙がしばらく続いたところでタイミング良くドアの修理をする業者とアパートの管理人がやって来た。モオルダアは管理人も来ていることにちょっと弱った感じになっていた。そして、ドアのところに行くと管理人にコレは自分の責任ではなくてF.B.L.や国家的な陰謀とかそういうことだ、と説明していたが、管理人はあきれた顔で頷いているだけだった。

 スケアリーもあきれた感じでドアのところのモオルダアを見ていたのだが、ふと思い出したように部屋の中を見渡すと、以前の事件で割れた窓ガラスがまだそのままになっていることに気付いた。そのまま、といってもビニールテープなどで補修はされているのだが、ガラスは割れたままになっている。

 あのガラスが割れた瞬間にそこにいたのはスケアリーだった。そして何者かがこの部屋に向かって撃ったモデルガンの弾がスケアリーのオデコに当たって両眉毛の真ん中に丸いホクロのようなアザが出来たのだ。それだけではなく、あの事件ではスケアリーの姉がひき逃げ事件に遭っていたり、その犯人が本当に捕まっているのかどうか怪しかったり、ということも思い出していた。これは何か大きな陰謀の渦の中に見え隠れする真実の一片なのかしら?スケアリーはそんな風に思い始めていた。

「モオルダア!それであなたの方はどうなんですの?」

いきなり声をかけられたモオルダアは少しビビってスケアリーの方に振り返ったのだが、彼を真っ直ぐ見つめるスケアリーの目に言い知れぬ光を感じとったモオルダアは、しばらく忘れていた優秀な捜査官としての緊張感みたいなものを思い出していた。

「とにかく、ボクらは事件現場に向かわないといけないんだが…」

ここで二人そろって事件現場に向かいたい感じなのだが、ドアの修理はまだ始まったばかりだった。モオルダアは管理人に頼んで修理が終わるまでここを見てもらうことにした。どっちにしろモオルダアよりも管理人のほうがこの修理に関しては責任のある立場なのだし、政府とか国際問題に関わる事件とかモオルダアが言うので、そこは渋々了解してもらえたようだ。

 不自然な感じではあったが、二人は部屋を出るとスケアリーの車に乗って横須賀港へ向かった。