4. 横須賀港
港には船がやって来る。そんなことは当たり前である。当たり前なので船がやってきても周辺では特に気にする者もいない。たとえその船の中にいる乗員のほとんどが瀕死の状態であっても。その積み荷の中に、大抵の人はそんな物はウソであると言って信じないような大変な物があったとしても。港に入ってきたのはいつもやってくる船と変わらない普通の船なのだから、中に何があろうと誰も気にしないのだ。
いつものように船がやって来て、しばらく停泊してまたどこかに行くのだと誰もが思っているのである。ごく一部の神経質な人間を除けばの話だが。
5. ローンガマンのアジト
モオルダアは警察に提出し忘れた証拠品を持ってローンガマン(詳しくはCAST参照)のアジトまでやって来た。スキヤナー副長官から怪しい感じで捜査の打ち切りを命じられたのだが、そんな感じで「やめろ」と言われるとどうしてもやりたくなるのはモオルダアのような人間の特質でもある。いずれにしろ、さっき捕まえたサクライという外交官がカバンのことを話したら、これは提出するとか返すとか、そういうことになるに違いないので、できるうちに調べられることは全部調べないといけないのだ。
ローンガマンのアジトでは相変わらず唯一の正式メンバーのヌリカベ君と、自称正式メンバーの二人がいて、世の中の「有ること無いこと」に関して意見を交わしながらモオルダアの持ってきた証拠品を調べていた。
あのカバンの中に入っていたのは衛星写真とUFOサークルの名簿だった。名簿の方は今スケアリーが持っているので、ここで調べているのは衛星写真ということになる。
写真は複数枚あって、それには順を追って一艘の船が港へ入港していく様子が映されていた。ヌリカベ君はこれらの写真を高解像度のスキャナでパソコンに読み込んでから写っている船をパソコンの画面いっぱいに拡大して調べていた。電車と徒歩でここまでやって来て多少疲れていたモオルダアはソファに座ってその様子をダラダラしながら眺めていた。
「杯牌丸(パイパイマル)ですね」
ヌリカベ君がいつものように独り言っぽく言った。
「パイパイマル?!」
モオルダアはヘンな船の名前にヘンな感じで盛り上がっている。
「というか、キミは船を上から撮影した写真を見ただけでそれがどういう船だか解ってしまうのか?」
ヘンに盛り上がっても疑問に思うところはまともなモオルダアがヌリカベ君に聞いたが、いつものように首を横に振っただけで詳しい説明はしてくれなかった。こうなると、ここにいる他の人間に説明を求めるしかないのでモオルダアはとりあえず頼りになりそうな元部長の方を見た。元部長もそこは解っていたらしく、すぐにモオルダアの視線に反応して説明を始めた。
「パイパイ丸というのは戦時中に沈んだ軍艦や潜水艦を探査している船という噂なんですけどね。そういう沈んだ軍艦の中にはお宝をつんでいたものもあるとかいうことですから」
「それで、そのパイパイ丸という船は特別な形をしているとかそういうことなの?」
「いや、特に変わったところは無いはずですけどね」
「それなら、何でヌリカベ君は衛星写真だけでパイパイ丸と解ったんだ?」
「さあ、それはなんでか…」
さすがの元部長もそんなことまでは解らなかったようで黙ってしまった。元部長が黙ってしまうと話が先に進まなくなるのでモオルダアはフロシキ君の方を見たのだが、フロシキ君はいつでも「なんとなく面白いから」という理由でここにいる感じなので、特にモオルダアに伝える情報も持ってなさそうだった。ここでモオルダアが大いに困ってしまったことに気付いたのか、やっとヌリカベ君が話し始めた。
「昨日、実家から連絡があったんです」
これでやっと話が前に進むと思ったモオルダアは「それで?」という目をしてヌリカベ君の方を見たのだが、口数の少なさに磨きをかけたかにも思えるヌリカベ君はそれ以上喋ることはなかった。軽くズッコケた感じのモオルダアは再び元部長の方へ目をやったが、彼はこれまでの情報とさっきのヌリカベ君の一言から何かの結論を導き出そうと必死になっているようだった。
これで元部長に何かが解るのなら、それはそれで元部長がある意味で優秀な人物である事を示してしまうのだが、どうやら元部長は何かに気付いてしまったようである。
「ああ、そういうことですか!」
モオルダアはちょっと驚きながらそう言った元部長の方に振り返った。
「何か解ったのか?」
「モオルダアさん。この写真を良く見てください。ここにちょっと見えてるのは千葉の富津岬じゃないですか?」
モオルダアはそう言われてなんとなく頷いていたが、ホントにそうなのかは良く解っていなかった。
「つまり、この船が入港していくコッチ側はだいたい横須賀の辺りなんですよ」
「そうかも知れないけど。だったら何なの?」
モオルダアがそう思うのもムリはない。しかし元部長はもう少し解っていることがあったようだ。
「ヌリカベ君の実家は横須賀なんですよ。だから実家の人が横須賀港にパイパイ丸が入港したことに気付いたんじゃないですかねえ」
「ああ、そう言うことか!」
そう言ったモオルダアであったが、どうしてこんな事を理解するのに無駄な推理や考察が必要なのか?と思ってちょっと苛立った感じもしないでもなかった。そんな雰囲気を感じとったのか、ようやくヌリカベ君が口を開いた。
「そうなんですけど、これはおかしな事なんです」
やっと話し始めたヌリカベ君に対してどうしたら良いのか迷ってしまったモオルダアであったが、ここは黙っていた方がヌリカベ君が話を先に進めやすいだろうと思って何も言わずにいた。
「この船は東京の芝浦埠頭辺りを拠点にしているはずです」
「それは、いったいどういう事だ?」
そう聞き返したモオルダアだったがヌリカベ君の返事はなかったのでまたちょっとズッコケた感じだった。しかし、元部長はヌリカベ君の発するわずかな言葉から推測して何かに気付いたようだった。
「そうか!確かにおかしいですよね」
軽くズッコケたり、意味深な発言に興味を示したり、大変な感じのモオルダアだったが再び元部長の方を見た。元部長は衛星写真からスキャンしたパソコン上の写真を順に表示させて説明していった。
特にそうする必要があったかどうかは解らないが、元部長の方が衛星写真を一枚ずつ画面上に表示していくと、パイパイ丸が東京湾に入ってきて横須賀港に向かっていく様子がパラパラマンガのように画面に映っていた。それを見てもモオルダアには何のことだか良く解らなかった。
「確かに船は横須賀に向かっているようだけど、それがなんなんだ?」
モオルダアがなかなか理解しないのでここで奥で黙っていたフロシキ君が話しに入ってきた。
「あんた、何にも解ってないんだな。これを見てみなよ」
そう言うとフロシキ君はモオルダアに横須賀周辺の地図を見せた。フロシキ君が指さしている辺りには海上自衛隊や米海軍の施設が密集していた。
「これってつまり…」
モオルダアはいつもよりも本格的に何かがありそうな状況に、盛り上がっているのか焦っているのか解らないような感じがしていた。
「恐らく、パイパイ丸は何かを見付けたに違いないですよ」
モオルダアは腕組みをして目の前にある地図を見つめていた。この捜査はこのまま続けても大丈夫なのだろうか?とか、こんなに盛り上がったらきっと凄いことになるに違いない!とか、いろんな事を考えていたのだが、とにかくここまで解ったのなら現場に向かうしかなさそうなので、モオルダアはローンガマンのアジトを後にした。