8.稲城市 別井宅
スケアリーがやって来たベツイさんの家には最初にいた二人の他に大勢のUFOサークルのメンバーが集まってきていた。スケアリーを除く全員がスケアリーがどうしても信じることの出来ないUFOやエイリアンの存在を信じているというこの状況は、彼女にとって気分の良いものではなかった。ただ、相手がモオルダアでないというところや、ここにいるメンバー達の表情にどこか脅えたような、弱々しい雰囲気を感じたのでスケアリーは、はなからメンバーの言うことを否定するようなことは出来なかった。
「あなた達の言いたいことは解りましたわ。仮にあなた達がエイリアンに誘拐されていたとして、どうしてあたくしがそこにいたなんて事になるんですの?あたくしは誘拐なんてされてないんですのよ」
UFOサークルのメンバーに囲まれているスケアリーはまわりにいる人間の顔をいちいち見ながら話していた。それを聞いて中の一人が答えた。
「それはあなたに記憶がないだけですから。でも、そのうち思い出すはずです。始めは断片的かも知れませんが、真っ白な光に包まれた部屋とか、そこで実験をする人達とか」
スケアリーはなるべく彼女たちの話をまともに聞くことは避けたかった。彼女たちがあまりにも現実のことのように話すので、そんな経験がなくても話しにつられて、そういうことを体験したことがあるような錯覚に陥るような気もしていたのだ。
「ちょいと、待ってくださらないかしら。そういうのって、こう考えたことはございません?以前に見たテレビとか映画とかの記憶が他の経験と入れ替わっているとか。あたくしはあなた方がウソを言っているなんて思ってないんですのよ。でも、過去のつらい体験を自分に受け入れられるような別のものに置き換えるというのは、これは心理学的に良くある話しなんでございますのよ。ですから…」
「過去の体験を受け入れないのはあなたかも知れませんよ」
メンバーの一人がスケアリーの話の途中に割り込んできた。スケアリーは「受け入れるも何も、何も起きていないんですから受け入れようがありませんわ!」と思って少し腹が立ってきた。
「あなた方。こんな事は言いたくないですけれど、あなた方はもしかしてあたくしをこのサークルに勧誘しようとしてるんじゃございませんこと?言っておきますけれど、あたくしはUFOとかそういうものには否定的な意見を持っていますから、それは無駄なことですよ」
スケアリーの声の調子が少し荒立って来ていたが、メンバー達はいたって落ち着いてスケアリーのことを見つめていた。
「それは解っています」
メンバー達が冷静なのがスケアリーにとっては少し不気味だった。
「だったら、なんだって言うんですの?」
「あなたに本当のことを知って欲しいんです」
「あたくしは…、あたくしのことは全部知っていますわ!」
スケアリーがそう言うと、別のメンバーが口を開いた。それはスケアリーにとって大打撃になる一言でもあった。
「あなたにも傷跡があるはずですよ。首の付け根のところに」
そう言いながら、メンバーは自分の首の後ろに手を当てた。その場所を見てスケアリーは返す言葉がなかった。
「私達にはみな同じところに傷跡があります」
「だったら…、何だって言うんですの?」
そう言いながらスケアリーも無意識に自分の首の付け根に手を当てていた。彼女が知らないうちに入り込んだ金属片を取り出した場所。取り出してみると、それは凄く小さなスーパーカーの形をしていたヘンな金属だったのだが。
「あなたもこれに見覚えがあるでしょう?」
メンバーの一人がそう言うと、他のメンバーも一斉にポケットから何かを取り出した。取り出したものは何かの入れ物で、それぞれ違うものだったが、中に入っているのは全て同じ物のようだった。
メンバー達が手に持っている入れ物の中にはスケアリーが首から取り出した金属片と同じ形のものが入っていた。スケアリーは全身から血の気が引いていく気がして、今にも倒れそうになっていたが、何とか正気を保っていた。
「あたくしはそんな話をしに来たんじゃないんですのよ!それに、ここにいるはずのベツイさんというのはどうしたんですの?あたくしベツイさんに会いに来たんですから!それでは、この辺で失礼いたしますわ」
「ベツイさんになら会えますよ」
「何ですって?」
「ベツイさんに会うのなら、ついてきてください」
スケアリーはこれまでにこんなおかしな状況に置かれたことはなかったのだが、今はなんとなく「それが夢だと気付いてもなかなか目の覚めない悪夢」の中にいるような気分になっていた。
9. 大きな病院
UFOサークルのメンバーに連れられてベツイ宅からさほど遠くない病院にやって来たスケアリーは、さらに悪夢の中にいるような気分になっていた。メンバーの話によるとベツイは末期のガンでほぼ助かる見込みが無いということだった。スケアリー達が病院に着いた時にベツイは放射線治療を受けている最中であった。
無免許だが医者でもあるスケアリーはこのような光景は客観的に見られるはずだったのだが、今はどうしてもそうすることが出来なかった。
「いったいどうして…」
スケアリーは治療を受けるベツイを見ながら思わずつぶやいた。ベツイは意識があるのかどうかも解らない感じで力無く横たわっていた。
「彼らのおこなった人体実験のせいです」
メンバーの一人がこう言うのを聞いて、スケアリーは「彼らって誰のことなんですの?」と思って、さらに気分が悪くなった。これが本当に悪夢なら、この辺で不快感やら恐怖のために目が覚めても良さそうだが、夢ではないので目は覚めない。
「もしかすると、私達全員があんなふうになってしまうのかも知れません」
もう一人のメンバーが言った。まだ目は覚めない。これは悪夢ではなくて現実なのだから。