23. 横浜・石川町駅
中華街からなら多分石川町だけど、もしかして東京に帰るんだったら関内かな?モオルダアはソワソワしながら考えていた。ロリタが謎のフランス人達に射殺されたり、いきなりクライチ君が現れたり。(しかもモオルダアの知らないところでは謎のフランス人達はヘンな光を浴びて被爆してヤバいことになっているし。)とにかく、今回はただごとではないことは良く解っていた。それに、何よりも今回のクライチ君の態度が気に入らないということもあって、モオルダアは何としてもクライチ君を捕まえたかった。
そんな感じでソワソワしながらクライチ君を探しているモオルダアだったのが、もしもクライチ君が電車ではなくて車で移動するとかだと、ここにいるモオルダアは全く見当違いなことをしているし、早くF.B.L.ビルディングや自分のボロアパートやその他もろもろの「何かが起きそうな場所」に移動した方が良さそうなんだが。しかし、モオルダアにはなんとなくクライチ君が電車で移動するという確信があった。
車は確かに便利ではあるのだが、都会で利用する場合には駐車スペースの問題があるのだ。ウィスキー男の手先だった頃はまだ表向きにはまっとうな人間ということになっていたのだが、ウィスキー男に暗殺されそうになったりして、今では完全な悪人キャラなクライチ君なのだから、駐車違反などで警察に罰金を払ったりするのは好ましくないと思っているに違いないのだ。
かなり怪しい理屈ではあるのだが、モオルダアはここにクライチ君が来ると信じて辺りを見張っていた。すると驚いたことに駅の入り口から改札の方へ急ぎ足でやって来るクライチ君の姿が確認できた。まだモオルダアがいることに気付いていないが、このままでは完全に気付かれるに決まっているので、モオルダアは慌てて近くにあった公衆電話の受話器を取りあげて電話をしているフリをしてクライチ君に背を向けて顔を隠した。
今時、公衆電話で電話をしている人はけっこう珍しいので、逆に目立ってしまいそうだが、慌てて電車に乗りたい感じのクライチ君は改札の方しか目に入っていないらしくて、モオルダアのすぐ近くを通り過ぎようとしている時にも全く彼の存在に気付いていなかった。そしてちょうどクライチ君がモオルダアの後ろを通り過ぎようとした時にモオルダアが振り返ってクライチ君の胸ぐらを掴んだ。
「おい、クライチ!一体どういうことなんだ!?」
モオルダアは自分でも何を聞きたいのか解らない感じだったので、何が「どういうこと」なのか良く解っていなかったが、とにかくクライチ君への怒りをぶつける感じで胸ぐらを掴んで、そしてライチ君を掴んだまま振り返って彼を公衆電話の方へ押しつけた。
完全に不意をつかれた感じのクライチ君はモオルダアのなすがままに公衆電話に背中を打ち付けながら「うわぁ、なんすかこれ?!」と言っていた。
「なんすか、じゃないよ!キミのせいでカレンチャさんは殺されて、それから思い出したけど、このあいだはボクがスケアリーに撃たれたし、この責任はどうしてくれるんだ?」
「どっちもオレの責任じゃないっすよ」
確かにそんな気もしたが、モオルダアは全部クライチ君のせいだと思っているので、どうでもよかった。そしてクライチ君の上着の下に銃が見え隠れしているのに気がついた。
「それから、これだよ!」
そう言ってモオルダアはクライチ君の上着の下に手を入れると見付けた銃を取りあげた。
「こいつのせいでスケアリーの額に格好悪いアザが出来て、それで機嫌が悪かったからボクが撃たれたんだよ!」
(一応説明しておくと、以前にスケアリーはBB弾で撃たれて額にヘンなアザを作ってはいるのだが、それはクライチ君のしわざではないと思われている。しかし、モオルダアはクライチ君の銃が本物ではなくてモデルガンだと思っているので、スケアリーの額にアザを作ったのもモデルガンを持っているクライチ君のしわざだと思っているのだ。)
モオルダアは取りあげた銃をクライチ君の両眉毛の真ん中辺りに突きつけた。それが本物だと解っていたらそんなことはできないと思われるが、モデルガンだと思っているのだから話は別である。
「どうだ、これでスケアリーみたいにオデコの真ん中にヘンなアザを付けられたいか?この距離で撃ったら、ちょっとぐらい血が出ちゃうかも知れないぜ」
血が出るどころではすまないと思うのだが、クライチ君は真っ青になってモオルダアを見つめながら、声にならない感じの声を何とか振り絞ってモオルダアに謝っていた。モオルダアはクライチ君が意外と気の小さい人間だとか勘違いをしていたが、とにかく自分が有利な立場にあるようなのでこちらの要求を彼に伝えることにした。
「そう言えば、キミはあのメモリーカードを持っているはずだけど、あれを渡してもらおうか」
メモリーカードとは以前に登場した国家機密が満載のメモリーカードのことのようだ。クライチ君はのあメモリーカードの情報をカレンチャに売っていたに違いない。
「い、今は持ってないっす…」
銃を突きつけられたままなのでクライチ君は震えながら答えていた。
「どこにあるんだ?」
「詳しくは言えないんすけど…コインロッカーの中に…」
「それじゃあ、これから一緒に取りに行こうじゃないか」
「は、はい。助けてくれるなら、何でもしますよ」
ここでモオルダアはクライチ君の額に押しつけていた銃を離した。周りの目を気にして上着の裾の下に銃を隠したが、それでもクライチ君が反撃に出られないように銃口は彼に向けたままだった。
「あの、ちょっとトイレに行ってもいいっすかね?…ちょっとチビッちゃったんすけど…」
クライチ君はまだ脅えた感じでモオルダアに言った。その様子からすると、何かをたくらんでいるようにも見えなかったので、モオルダアはすぐ近くにあったトイレのところまでクライチ君を小突きながら移動した。
「すぐ出てこないと、真後ろに立っちゃうからな」
なんでそんな脅し文句なのか知らないが、確かに用をたしている時に真後ろに立たれるのは男にとっては脅威なのである。それはどうでもいいが、クライチ君は頷くとトイレの中に入っていった。
クライチ君がトイレに入っていくのを見届けると、モオルダアは手にしていた銃をこっそり眺めていた。「こんな精巧なモデルガンはどこで手に入るのだろうか?」とかおかしなことを考えていたのだが、モオルダアはまだ本物の銃を持ったことがないので、まだそれが本物だとは気付いていない。(細かいことを言えば、今も本物の銃を持っているし、以前も同じようにクライチ君の銃を手にしたのだが。)もしも、モオルダアがそこで試しに撃ってみるとか、そんなことをしたら大変な事になっていたのだが、モオルダアはモデルガンでも駅の敷地内で撃ってはいけないということは解っていたようだ。
モオルダアがモデルガンを眺めていたちょっとの間、誰にも気付かれずに一人の女性が男子トイレに入っていった。女性が男子トイレに入るのはおかしいのだが、偶然誰も見ていなかったし、トイレの中にはクライチ君しかいなかったので誰も気にしなかった。
しばらくしてクライチ君がトイレから出てきた。さっき女性が入ってきたにしては何の反応も示していない感じである。元来ミョーにイタズラっぽい性格なため。男子トイレに女性が入ってきたのを見たら少なくともニヤニヤしているはずなのだが、トイレから出てきたクライチ君は一度モオルダアと目を合わせただけで真っ直ぐに改札の方へと向かっていた。
「スッキリしたか?」
モオルダアに聞かれたクライチ君は「マジっす」と良く解らない返事をしていたが、その時まばたきしたクライチ君の眼球の表面を黒い油のかたまりのようなものがトロッとした感じで流れていったのにモオルダアは気付かなかった。
モオルダアがクライチ君の背後から銃を向けながら駅のホームへと向かって行った。この後に、男子トイレではちょっとした騒ぎが起きたのだが、その時にはすでにモオルダアは電車に乗っていたので、騒ぎには気付くことはなかった。
男子トイレでは、油にまみれてベトベトの女性が倒れているのが見付かっていた。そこにいたのはゴルチエの妻で、彼女から話を聞いた救急隊員によると、彼女は家にいたはずだが、どうしてここにいるのか解らないと言っていたということだ。そして、このことから考えると、始めにゴルチエに何かが起きて、それが彼の妻に移って、今はクライチ君がおかしなことになっているということである。
中華街では怪しいフランス人達を謎の光で瀕死の状態にしたゴルチエの妻だが、おそらくその妻と同じ状態になっているクライチ君を連れているモオルダアは大丈夫なのだろうか?と、ちょっと緊張感を持たせたところでこの話はそろそろ次回に続くことにした方が良いような気もしてきた。
次回に続く前にちょっと書いておくと、実は同じ頃に行きつけの食堂で夕食を食べていたスキヤナー副長官が何者かに襲われて重症を負ったという連絡がスケアリーに入った。なんでいきなりスキヤナー副長官が襲われるんですの?!という感じのスケアリーだったが、その他の色々な予定を変更してスキヤナー副長官の運ばれた病院に行かなくてはいけなくなったのである。
to be continued...