「リヴェンガ」

1. F.B.L.ビルディング・ペケファイル課の部屋

 スケアリーがプロジェクターのスイッチを入れると、モオルダアのヒヤァ!というヘンな悲鳴が地下のフロアに響き渡った。

「これが事件現場の写真ですのよ」

スケアリーはモオルダアが悲鳴をあげたことはまったく気にしていないように説明を始めた。

「被害者の咲賀三重太(サキガ・ミエタ)は刑事で年齢は37歳。とても優秀な方でいくつもの事件を解決に導いてきたそうなんですのよ。それが、ある日突然こんな事件に巻き込まれて、ホントにむごたらしい姿になってしまいましたわね」

そう言いながらスケアリーは被害者の写された事件現場の写真を何枚もスライドさせていった。新しい写真が表示されるたびにモオルダアは悲鳴をあげるのを必死にこらえなくてはならなかった。

「体にある無数の傷は、傷口の形状から恐らくナイフによるものだと思われますわ。ということは、死因は恐らく『ナイフによるメッタ刺し』という事になりますわね」

モオルダアは血だらけの遺体の写真を何枚も見せられて、ほとんどパニック状態なので『ナイフによるメッタ刺し』というヘンな死因については何も言えなかった。しかし、その血だらけの遺体をさらに異様なものにしている部分については気になっていた。それが気になっているから気絶せずにいられたのかも知れないが。

「ところで、その遺体だけど、なんで宙に浮いてるの?」

「これですの?これは写り方で浮いているように見えますけれど、壁に吊されているんですのよ。あのハンガーとか掛けるアレがあるでございましょう?首の根本のところをそれに突き刺さしているんですのよ」

それを聞いてモオルダアはちょっと鳥肌が立ってしまったが、アレってアレのことだろうか?

「アレって『ヒ』ってなってるやつ?」

「なんなんですの、その『ヒ』ってのは?」

「だってハンガーとか掛けるやつって『ヒ』って形してない?」

「それはあなたの部屋のことでしょ。あたくしの部屋のアレは『レ』ってなってますわ」

「『レ』もあるのかぁ」

モオルダアのヘンな話に付き合ってしまったことを少し後悔してたスケアリーはまた新たな現場写真を表示させた。そこには赤黒い血に染まった被害者が半分目を開けたまま、まるでカメラのレンズの方を見ているかのような顔がドアップで写っていた。

 モオルダアは不意に映し出された恐ろしい写真と目があって心臓が止まるかと思ったが、なんとかこらえて息を大きく吐き出した。まだ心臓が異常な早さで脈打っているのが解るほどモオルダアはパニック状態だったが、そこで突然部屋の電話が鳴って、驚いたモオルダアはワァ!と言いながら椅子ごと後ろに倒れた。

 モオルダアの様子に驚いてしまったスケアリーは電話に出ることも忘れて倒れたモオルダアを眺めていた。すると、モオルダアは何事もなかったように立ち上がって、一度咳払いをしてから妙に気取った声で電話に対応した。

「はい、こちらペケファイル」

スケアリーは、モオルダアが格好いいと思っている「ちょっと低めで生ぬるい感じの声」を聞く度に、キモイと思っていた。それはどうでもいいのだが、スケアリーがモオルダアを不思議な動物でも見ている感じで眺めていると彼が受話器をスケアリーの方へ差し出してきた。

「キミにだよ」

スケアリーが受話器を受け取ると、モオルダアはすぐにプロジェクターのところに行ってスイッチを切った。もちろんスクリーンに写されている恐ろしい遺体の写真は絶対に見ないように。「だいたい、どうしてこんな大画面で見せる必要があるんだ?」そう思って、プロジェクターにつながれているスケアリーのノートパソコンを見つめた。プロジェクターはそのパソコンの画面を壁際のスクリーンに映していたので、そのパソコンにはまだ先程の写真が表示されていた。そのノートパソコンの画面での大きさならそれほど恐くはない。

 モオルダアはわざわざ大きな画面で写真を見せたスケアリーに自分に対するある種の悪意を感じて、スケアリーの方を軽く睨んでみたが、それと同時に受話器を置いたスケアリーが厳しい表情でモオルダアの方に向き直ったので、モオルダアはちょっと焦って慌てて目をそらした。

「モオルダア、すぐに出かけますわよ!」

「えっ?!なんで?さっきまでの写真の事件は?」

「新たな被害者が出たんですのよ!」

モオルダアには良く解らなかったが、さっきスケアリーが説明していた事件に関連しているのだろうか?とりあえずモオルダアは彼の机の下に置いてある「緊急出動セット」と彼が呼んでいるカバンを持ってスケアリーについていった。