「リヴェンガ」

14. 都心部のどこかの交差点付近

 モオルダアの立っている場所の右側にある信号が青になるとアッチからコッチへ、コッチからアッチへと人間が大量に移動し、それが終わって左側の信号が青になるとソッチからコッチへ、コッチからソッチへとまた大量の人間が移動する。モオルダアは先程からずっとミライガミを探しているのだが、この人混みではなかなか見付かりそうにない。

 モオルダアが人をよけながらミライガミを探してうろついていると、スケアリーから電話がかかってきた。

「ちょいとモオルダア。一体何をやっているんですの?例の被害者の事を調べもしないで」

「それよりもこっちが大事な感じだからね。それで、あの被害者について何か解ったの?」

「それが少しヘンなんですのよ。あの被害者の名前は合田達蔵(アイダ・タツゾウ)といって、警官をやめた後に報道写真家になっているんですのよ」

「それは解りやすく二人の被害者に関係していそうだね」

「そうなんですのよ。アイダの勤務先などを考えると確実に二人の共通の知り合いという事になるはずなんですのよ」

「それなら、ミライガミはどうなんだ?彼とアイダに何かつながりは?」

「それはあなたが調べたらどうなんですの?それよりも、あたくしカスカニという方から気になる事を電話で聞いたので、そちらに向かっていますから。あたくしが行くまでヘンな事をしてはいけませんわよ。もうすぐ着きますから」

「なんで?」

「なんでも良いからそうするんですのよ!」

何故かつて預言者として知られたカスカニがスケアリーに電話するのか?良く解らなくなっていたがモオルダアは携帯電話をポケットの中にしまうと再びミライガミを探し始めた。

 ミライガミが言うには、この交差点で事故が起こるというのだ。これだけ人がいればいつ事故が起きてもおかしくはない場所ではあるのだが、こういう場所に限って事故はあまり起きない。逆に事故が起きないような場所で、人が油断している時の方が事故が起きやすいのかも知れない。モオルダアがそうやってどうでもいいことを考えていると背後から声をかけられた。

 そこにいたのはM刑事だった。

「モオルダアさん。あなたも彼から?」

「そうなんですよ。事故が起きるって言うから。それにしてもあなたは結構多く登場しますね」

M刑事はモオルダアが何を言っているのか良く解らなかったが、私は開き直ってM刑事を沢山登場させてしまっています。

「それで、彼は見付かりましたか?」

「いや、さっきから探してるんですけど、この人混みじゃあね…」

「まさか我々をからかっているとか、そんなことはないですよね?」

「いや、彼はそんなことはしないと思いますけどね」

モオルダアはミライガミの事を悪い人間だとは思っていないようだった。そんなことを話していると二人を見付けたミライガミが近づいてきた。

「ハァ…ハァ…。やっと見付かりました」

ミライガミはモオルダア達を見付けるためにそうとう歩き回ったらしく寒空の下に似合わない汗を額に流しながら言った。

「キミ、一体どうしたって言うんだね?ホントにここで事故が起こるんだろうな?」

「ハァ…ハァ…。それは解りません。でも、ボクはもう嫌なんですよ。人が目の前で死んだりするところなんて、もう見たくないんです。ハァ…ハァ…。だからこうしてあなた達に連絡をして…」

「事故が起こることを我々に知らせると、キミが人を死ぬところを見なくて済む、っていうのはどういう事だ?」

M刑事が聞いたが、モオルダアも確かにそのとおりだと思っていた。

「それは知りません。でもボクの知ったことを人に知らせれば、こんな恐ろしいことはもう終わると思って」

「恐ろしいとは、どういうこと?キミに未来を教えてくれる男は、キミに事件や事故を目撃することを強要しているのか?キミはまだ何も言っていないけど、キミは誰かに未来に起こることを教えてもらっているんでしょ?」

モオルダアが言うとM刑事はちょっとヘンな顔でモオルダアを見た。ミライガミは困ったような感じでしばらく黙ってしまった。

「モオルダアさんはあの男の事を知っているんですか?」

ミライガミはどうして未来を知ることが出来たのか白状する気になったらしい。

「ボクは優秀な捜査官なんだ。だから大抵の事は知ってるんだよ」

それはウソである。

「始めは夢だと思っていたんですよ。いや、本当に夢だったのかも知れませんが。あの男が現れて教えてくれたんです。ボクがそういうことに興味を持っていたのをあの男が知っていたのか知りませんが」

「ちなみに、あの男の名前はアイダというんだよ」

モオルダアが余計な事を言ったためにM刑事が話しに入ってきてしまった。

「アイダってもしかして、警官だったアイダですか?!」

「そうですけど。それがなにか?」

「いやぁ、別に。どうでもいいんだが」

どう考えても「どうでもいい」とは思えない様子のM刑事。

「そうだ、あなたも刑事なんだからアイダの事は知ってるんじゃないですか?」

「いや、私はアイダが警官をやめてからこっちに来たんで。でも、そのアイダって言うのはいろいろとヘンな噂のある人でね。まあ、警官をやめて写真家になったあげく、事件に巻き込まれたりで、そんな感じならヘンな噂も…」

M刑事はアイダに関する噂話を冗談半分に話し始めていたが、モオルダアにはその言葉は少しも届いていないようだった。

「ちょっと、モオルダアさん?」

モオルダアはM刑事の声には反応せずに通りの反対側の歩道の方を凝視していた。ミライガミもモオルダアの様子に気付いて彼の見ている方を見た。そして何かに気付いて「アッ!」という声をあげた。

 その声に反応したのかどうかは解らないが、モオルダアは急に走り出して交差点に飛び出した。モオルダアが渡ろうとしている信号は赤信号だった。モオルダアが飛び出した後には、急ブレーキをかけてタイヤのきしむ甲高い音がビルの谷間に響き渡った。