「リヴェンガ」

20. 警察署

 モオルダアはアイダが殺害された通り魔事件のことをもう一度調べ直すべきだと言って、ペケファイル課の部屋を飛び出した。いつもなら面倒なのでモオルダアについていくことはないはずのスケアリーも今夜に限ってはこの部屋に一人で居たくはなかったので、モオルダアのあとについて行った。

 警察署に行くとM刑事もどこか二人が来るのを待っていたかのような感じで二人を迎えた。

「どうにも解らないことが増えてきましてね」

M刑事は困った感じで話し始めた。

「あなた方も、あのアイダの事件を調べるべきだと思っているんでしょ?我々だってそのくらいはやってますよ。ただね、あの犯人は逮捕されたあと精神科に入れられて、そこで自殺しちまったとかで。つまり、あの通り魔事件があった場所に居た人間は一人残らず死んでしまったという事になるんですよね」

「死人に口なし、ということですね。M刑事は通り魔事件の犯人が本当に自殺したと思いますか?」

モオルダアが怪しいことを言い始めたのでM刑事はさらに困った感じになっていった。

「あなた、何が言いたいんですか?まさか、アイダの幽霊に殺されたとでも言うんですか?」

「いや、そうではありません、少なくとも通り魔事件の犯人に関しては、違うはずです。その犯人は口封じのために殺されたとは思いませんか?」

「なんの口封じですか?」

「口封じというよりも、その犯人は精神を患ってもいないし、人も殺してないということがバレないようにです」

スケアリーにはモオルダアの言いたいことがなんとなく解っていたが、このまま聞いていたらモオルダアの考えはどんどん飛躍していきそうだった。スケアリーは机の上にプリントされたアイダの遺体写真があるのに気付いた。

「M刑事さんはこの写真について何か思い当たることはありませんこと?」

スケアリーがM刑事に見せたのは、先程ペケファイル課の部屋で見た謎の人影が写っている写真だった。M刑事は写真をしばらく眺めたあとにアッと言ってモオルダアとスケアリーの方に目を向けた。

「この人影は犯人?いや、犯人ならいつまでもこんな所に立っているはずはないし、これは一体?!」

「犯人は。いや、捕まって犯人にさせられた人物は始めからそこにいなかったと思うんです」

「それじゃあ、この人影は一体誰なんですか?」

「さあ。これは推測でしかないですが、一人は恐らくサキガ刑事でしょう」

あまり信じたくはなかったがM刑事は現場の状況を考えて頷いた。現場は夜中の工業地帯でほとんど人通りもなく、その場所にいたのは事件直後に現場に到着した(事になっている)サキガ刑事であってもおかしくはない。

「ここで、サキガ刑事と第二の被害者の他にもう一人の謎の人物の存在が浮かび上がってきますね」

「それはどういう事だ?その人物が二人を殺したのか?…いや、次に殺害されるのがその人物ということか?」

新たな謎に直面したM刑事は多少混乱状態に陥っていたが、恐らくそれはM刑事のクセみたいなのでモオルダアは話を続ける事にした。

「ボクが思うに、そのどちらでもないですよ。でも、この写真に写っている三人目も今回の犯人の殺害リストに入っているはずです。他の二人が惨殺された現場にはどちらにも犯人が侵入した痕跡がなかったし、それを幽霊のようなものの仕業とするかどうかは自由ですけど、それだけの事が出来るのに、三人目の殺害事件はまだ起きてません。それは殺害が困難な場所にこの三人目の人物がいるからだと思うんですが」

モオルダアが何を言っているのか解らなくなってきたのでスケアリーが割って入った。

「モオルダア。それは少しヘンじゃございませんこと?なぜアイダが殺されたのか解りませんけれど、三人が共謀していて、そのウチの二人が殺されたら残りの一人を疑うのが当然だと思いませんこと?」

「そうかも知れないけど、この三人目の人物にとって残りの二人は生きていた方が都合が良かったはずなんだけどね」

「何だか、あなたは三人目の人物の事を知っているような話し方だが」

M刑事に言われるとモオルダアは得意げな表情をM刑事に向けた。


 アイダが殺された現場にはこれまでに惨殺された二人に加えてもう一人の人物がいて、そこにいた三人目も狙われているとモオルダアは言っている。これまで姿の見えない犯人はどう考えても侵入不可能な場所から被害者の部屋に入って、ほとんど証拠を残さずに消えている。そんなことが出来るのは幽霊しかいないとモオルダアは始めから思っていた。スケアリーやM刑事はそんなことはあるわけないと思いながら、本当にそんなことにならないように願っていた。

 とにかく、犯人が幽霊なら、これまでと同様に三人目も簡単にメッタ刺しに出来るはずなのだが、それをしないのは何故なのだろうか?スケアリーはそこに犯人が幽霊などではないという証拠を見いだそうとしていたが、モオルダアそうは思っていないようだ。それよりも、三人目の人物とは誰なのだろうか。

「ボクはどうもあの出版社の社長が怪しいと思うんだよね。出来ればすぐにあの出版社を捜査できるように令状が欲しいんだけど」

「いきなり言われても、無理ですよ」

M刑事は驚いて答えた。確かにそのとおりだと、モオルダアは焦りすぎたことを後悔して「もう少し詳しく説明することにした。

「ボクはあの出版社に聞き込みに行ったあとに何かが気になって、社長の事を調べてみたんだけど。あの出版社は人が死んでる写真とかを載せた雑誌とかを発行して、それで、そういう死体の写真とかは遺族の許可なく載せていたり、そんな感じであの社長はいろんな人の怨みを買うような事ばかりで、滅多に外に出られないということなんだよ。いつどこで誰に襲われるか解らないとかで」

「そんなこと、どこで調べたんですの?」

「F.B.L.の技術者に調べてもらったんだけど。ネットワークを駆使してググったって言ってたけど」

先程モオルダアがF.B.L.ビルディングに戻っていたのにペケファイル課の部屋にいなかったのはそのせいに違いない。それはどうでもいいが、モオルダアが先を続けた。

「その滅多なことで外出しない社長がね、今日ボクが行った時にはランナウェイだったって言うんだよ」

「ランナウェイってなんですか?」

「さあ、愛人がどうのこうの、って事でしたけど」

そう言いながら、モオルダアはなんとなく熱海の温泉旅館を想像していた。M刑事はなんとなく夜の池袋を想像した。スケアリーはバカなことを考え始める前に、モオルダアに先を続けるように目で促した。それに気付いてモオルダアが先を続けた。

「そこで、あの出版社には何かがあるに違いないと思って、もう少し細かいところまで調べてみたんだけど…。それでは、こちらをご覧ください!」

そう言って、モオルダアはカバンの中から技術者のところで作ってきた資料を取りだした。

「まず、これがあの出版社の創業時からの売り上げの推移をグラフにしたものですが。高度成長期、オカルトブーム、バブル期と順調に売り上げは伸びていますが、バブル崩壊後、次第に売り上げは落ちて、さらに全体的なネタ切れ感も手伝って、15年ほど前からはほとんど売れてない状態になっています。ところが7年前を境に徐々に盛り返してきてまた以前のような売り上げに戻っているのです」

「7年前というと、アレですな」

M刑事はモオルダアに聞いた。

「そうなんです。アイダが亡くなったのもちょうど7年前。そして、ここからが興味深い点なのです。では続いて、こちらをご覧ください!」

モオルダアはこれまで見せていたグラフの上に、透明のフィルムに印刷されたグラフを重ねた。(スケアリーは「なんでモオルダアはヘンな話し方で説明するのかしら?」と思っていたが、特に口にすることはなかった。)

「こちらはF.B.L.が総力をあげて調査したサキガ刑事の活躍度グラフです。刑事になってからほとんど活躍出来なかったサキガ刑事ですが、7年前からの出版社の売り上げとほぼ同じように活躍しているのが良く解ると思います。そして、続いてこちらがフリーカメラマンである第二の被害者の納税額をグラフにしたものです」

そう言って、また別の透明フィルムを先程のグラフの上に重ねた。その折れ線グラフが一番最初の出版社の売り上げの棒グラフの線と重なるような描き方になっているのは、なんとなく意図的な部分があるような気もしてしまうが、その納税額も7年前から増えているようだ。しかも、それ以前はほとんど収入がないといっても良いような感じだった。

「さて、これらの調査結果から導き出される結論はなんだと思いますか?」

このモオルダアの質問で彼が何を言いたいのかだいたい解っていたスケアリーだったが、なんとなくモオルダアのヘンな話し方が気に入らないので答えたくなかった。しかしM刑事はなんとなく何も話し始めそうにない雰囲気なのでスケアリーは何か言うしかなかった。

「つまり、三人が協力関係にあったということですの?サキガ刑事が事件や事故の現場で写真を撮らせたりして、見返りに賄賂を受け取っていたのなら、解りますけれど…。でも、それでは何か…」

「そうだよね。ここでミライガミくんの事を思い出してもらうけど。彼はアイダらしき人物が現れて自分にこれから起こることを教えてくれたとか言ってたよね。それに、サキガ刑事にも第二の被害者にも情報を教えてくれる誰かがいたということだったし」

「ということは、つまり…。どういう事だ?」

M刑事は何か解ったような気がして話し始めたが、ひらめいたことがすぐに消え失せてしまって、何だかヘンな感じで口をつぐんでしまった。今ここで話している内容が曖昧すぎるので、そうなるのも無理はない。

「恐らく、三人にとってはアイダが死んだらそれで良かったんだと思うんだよ」

「それはどういう事ですの?」

モオルダアの突拍子もない考えにスケアリーは少し慌てていた。

「どういう事か解らないけど、アイダを殺すことによって三人はそれぞれ特をするような状況にあったということだと思うけど」

モオルダアの説明を聞いてM刑事は頭を抱えていた。

「ウーン…。何だか興味深い話なんだが、それだけで令状が出るとは思えないんだなぁ。なんか、もうちょっと、こう決定的なものが出てこないと」

モオルダアはせっかく作ってきた資料が思っていたほど役に立たなかったので少しガッカリしたが、元々が雲をつかむような話なので、そこまでは期待しても仕方がないと諦めた。と、その時である。三人のいた部屋の扉が勢いよく開いて刑事らしき人物が入ってきた。

「ちょっと失礼します!ちょっとM刑事!ちょっと大変です!ちょっとこちらへ!」

そう言ってM刑事の上着の裾を掴んで引っぱって外に連れて入った。

「ああ、じゃあちょっと失礼するよ」

モオルダアとスケアリーはそう言って出ていくM刑事の後ろ姿をちょっと見つめてしまったが、すぐに考えを事件に集中させようと我に返った。

「どうしてアイダを殺すと三人が得をする思うんですの?」

「さあね。まあ少なくともカメラマンと出版社には死体写真は稼ぎのネタになるからね」

モオルダアの答えが意外と普通だったのでスケアリーは少し拍子抜けな感じがした。するとその時、M刑事が大慌てで部屋に戻ってきた。

「行きましょう!決定的なものが出たかも知れませんよ」

何が出たのか良く解らなかったが、三人は急いで出版社へと向かった。