「リヴェンガ」

16. さっきのビルの最上階

 何がどのように事件なのか解らない感じではあったが、さっきアイダが消えたビルの屋上は事件現場ということになって数人の警官がやって来ていた。やって来た警官も何をすれば良いのか解らないようだったが、屋上をくまなく探してアイダがいないことを確認すると屋上から降りて帰っていった。


「するとあなた達は三人ともアイダの姿をみたという事ですのね」

「ええ、まあ。でも我々二人は遠くから見ただけなので、ホントにアイダだったかどうかはわからんのです」

M刑事がスケアリーに説明した。この後のことはモオルダアが話すのだろうと思っていたがモオルダアは黙って何かを考えているようだった。彼の少女的第六感が彼に伝えようとしている何かの答えを探しているようでもあった。

「それにしてもおかしいですわ。本当にアイダがこのビルの屋上にいたのなら、あそこの整備用ハッチから中に入る以外に行く場所はないでございましょ?最初にいたビル以外は他に飛び移れるようなビルもありませんし。それにあたくしがあのハッチから外に出たのも、アイダがこのビルに飛び移ったのと同じ頃のはずですし」

スケアリーがいうとM刑事は黙って頷いていた。ミライガミもここにいたが、彼は捜査をしている人間ではないのでM刑事のようにうなずいて良いのか解らずにじっとしていたが、心の中では同様に頷いていた。

「普通の人間なら無理だけどね」

まともな考え方が行き詰まると、モオルダアのような人間が口を開く。スケアリー達にはモオルダアの言いたいことは良く解っていた。

「確かに、アイダはすでに亡くなっていますわね。でもあたくし達が一度も会ったことのない人ですのよ。少し似ている人なら間違えるかも知れませんわ」

「その、アイダにそっくりな人間はビルの屋上から忽然と姿を消すことが出来る能力があるっていうの?」

「それは知りませんわよ。あたくしはあなたの言うような幽霊話みたいなのはバカげていると思っているだけですのよ」

スケアリーがちょっと苛立ってきたようなのでモオルダアはスケアリーに反論せずにミライガミに話しかけた。

「ミライガミくん。キミはどう思ってる?ボクの考えではキミはアイダから未来に起きる事件や事故のことを教えてもらっていたはずだけど?」

ミライガミは頷いたが、それはモオルダアの言っていることを完全に肯定している感じではなかった。

「確かに、そんな気はするんですけど。彼がボクに話している間にボクが起きている状態かどうか解らないんです。それは夢か現実か解らない状態ですし」

「でもキミがさっき交差点で見たのは夢じゃないよね」

「そうですが…」

「ちょいとモオルダア!一体何が言いたいんですの?」

モオルダアとミライガミのやりとりを聞いてスケアリーはさらに苛ついたようだった。

「ここはアイダがいるのかいないのか?ということを考えずにボクの考えを聞いてくれないかな」

スケアリーはあまり気が進まなかったが、そうする以外に話を進める方法がなさそうなので聞くことにした。

「タクシーとかヒッチハイクの怪談話ってあるでしょ?客やヒッチハイカーを車に乗せると、その人がミョーに顔色が悪くて、なんかヘンだなぁ…って思ってるけど、特に気にしないで車を走らせる。運転しながら客とかヒッチハイカーに話しかけてみるんだけど、黙ったままで何だか気持ち悪いなぁ…って思いながら車を走らせる。そしてある場所をその車が通った時に、さっきまでいたはずの客とかヒッチハイカーの姿が突然消えてしまうとか。この先の話はタクシーかヒッチハイカーかで変わってくるんだけどね。ヒッチハイカーの場合はその場所のすぐ近くで以前に殺されたヒッチハイカーの遺体が見付かるとか。タクシーの場合は驚いた運転手が車を止めて外に出ると、すぐ近くで葬儀が行われていて、ふと目に入ってきた遺影はさっきまでタクシーに乗っていた客の顔と同じ…」

「ちょいと、モオルダア!」

スケアリーが突然大声を出したので話していたモオルダアが少しビビってしまったが、この手の話が苦手なスケアリーから今にもモオルダアに殴りかかって来そうな雰囲気を感じて、話をそらしすぎたことを少し反省した。

「つまりね、さっきまでいたはずの人の姿が見えなくなるというのには、何か理由があるはずなんだよね」

「それだったら、余計な話はしなくても良かったんじゃございませんこと?」

「まったくそのとおりだ」

スケアリーに賛同しているM刑事もモオルダアの話がちょっと恐かったのだろうか?

「それで、どんな理由があるっていうんですの?」

「そこなんだけどね…」

モオルダアは一度M刑事の方へ顔を向けた。

「M刑事。結局、今日あの交差点で事件や事故は起こってませんよね」

「まあ、そうだな。今のところ何の連絡もないがな。こんな事が起きて付近には警官もパトカーも増えてるから無茶な運転をするヤツも減るだろうしな」

「そうなんですよね。アイダは事件や事故が起きることをボクらに教えたんじゃないと思うんです。ミライガミくんを通じてボクらをここに連れてくることが目的だったんじゃないかとも思うんですけどね」

モオルダアはそういったが、それだけでは何のことだか解らずにスケアリーもM刑事も先の説明を期待しているようだった。どう説明したら伝わるのかモオルダアはちょっと考え込みそうだったが、ここでミライガミが良い具合に話に口を挟んできてくれた。

「でも、これまで彼はボクに実際に起きる事件や事故を教えてくれましたよ。ホントにそんなことが起きてボクは恐ろしくてたまらなかったんですけど」

これを聞いてモオルダアの少女的第六感が彼に伝えていた曖昧なヒントが明確になったような気がした。

「そうだね。きっとそこなんだと思うよ。ボクはキミを初めて見た時に、なんて雰囲気のない予知能力者なんだ、と思ったんだけどね。それだからこそ、アイダはキミを選んだんだよ。キミが人の死んでいる姿を撮影して作品を作ることに耐えられるほど卑怯で残酷な人間でないからこそ、キミが選ばれたんだ。アイダはキミがいつかボクらに情報をもらすことを解っていて、それでキミのところに来たんだよ。始めはボクらや警察にキミを近づけるために本当に事件や事故のことを教えていたけど、最終的にはボクらをここに呼び寄せるためにウソの未来を教えたんだ。だから今日はあの交差点で事件も事故も起きなかったんだよ」

モオルダアは盛り上がっていたが、他の三人はいまいち納得できない感じだった。

「仮にアイダが…なんていうか幽霊のような状態で現れたとしたなら、そんな遠回しなやり方じゃなくて直接私らの前に現れたらいいと思うんだが」

M刑事に言われるとモオルダアも「確かにそうかも知れない」と思ってしまいそうだったが、そう思えない理由もなくもなかった。

「でもM刑事は夢か現実かどうか解らない状況で以来の事件や事故の事を教えてもらっても信じますか?」

「ウーン…。それはわからないなぁ…」

モオルダアはこのM刑事の返事の仕方がちょっとカワイイとか思ってしまったが、そこを気にしても仕方がないので気にしないことにした。

「とにかく今回の一連の殺人事件とアイダとこのビルは何か関わりがあると思うんだよ」

一同、釈然としないながらもモオルダア言っていることがなんとなく正しいような気もしていた。とにかく、モオルダアの追いかけたアイダらしき人物が存在して、それが本当にアイダなのかというところが解らないと話にならない状態なのだからどうにもならない。