「リヴェンガ」

7. さっきとは別の都内某所にある家の一室

 御来上 恵多蔵(ミライガミ・エタゾウ)は自分の部屋で次回作の編集をしていた。彼は若者と言うには覇気のない感じの若者であった。自分の作品をドキュメンタリー映画と呼んでいたが、これまでどうしても人の心に訴えかけられるような作品を作る事が出来なかった。どうしてそうなるのか?と考える時にミライガミはいつでも「素材が悪いからだ」と頭の中でつぶやいていた。

 ビデオカメラを持ち歩いて衝撃的なシーンをカメラに収めようと、常日頃から街をぶらついているのだが、そんなことで良い素材が手にはいるわけはない。だいたい、最終的に何を作るのかも解らずに街を歩いていて、良いシーンが撮影できるわけもない。

 そんな感じでミライガミの最新ドキュメンタリー映画も、また彼が満足できるような内容にはならないだろう。

 ミライガミは今回の作品の一番の見どころである野良猫のケンカのシーンを出来る限り大げさに、そして迫力のある映像にしようと作業を続けて、これはイケてる!と思って作業を中断すると出来上がったシーンを再生していた。

 出来上がった映像は、どう見てもホームビデオで撮影した野良猫のケンカに他ならないのだが、ミライガミはなかなか面白い作品に仕上がったと満足げであった。

 先程作成したシーンの再生が終わって、ミライガミがある種独特の達成感のようなものを楽しんでいると突然背後から声が聞こえてきた。

「もっと刺激的なものを撮りたくはないかな?」

家には誰もいないはずだったので、ミライガミは飛び上がるほど、或いはホントに飛び上がりながら驚いて、振り返った。そこには彼がまったく知らない男がいて、妙にギラギラと輝く大きな瞳で彼を見つめていた。

「誰ですか、あなたは?」

ミライガミが言うと男はちょっと人をバカにしたような笑みを浮かべた。

「最初はみんなそう言うんだよ」

ミライガミは男の言っていることが理解できなかったが、無断で人の家に入ってくるような男に警戒心を解くワケにはいかない。この男が何をしにここに入ってきたのかを知るためにミライガミは男をじっと見つめていた。それから、万が一のために、何か武器になるようなものが手近になかったか?という事を考えていた。

 男はミライガミが恐怖と緊張感で震えそうになっているのは少しも気にせずに、少し笑みを含んだような表情で話を続けた。

「キミの感性は実に面白い。スズメのケンカ。カラスのケンカ。酔っ払いのケンカ。そして野良猫のケンカ。暴力はいつの時代もエンターテイメントだからね」

ミライガミはこれまで彼の作ってきた最新作の内容を男が知っていることに少し驚いた。この男はいったいいつから自分を監視していたのだろうか?そう思って男に何かを聞こうと思ったのだが、それよりも先に男が話し始めた。

「ただ、そんなものは誰かが見て喜ぶのかな?下等な生き物は往々にして暴力に頼るものだが、そんなものはキミが見せなくても、そこら中にあふれているよね。そんなものはなかなかエンターテイメントにはなり得ない」

ここまで男のペースだったのだが、ここでたまらずミライガミが口を挟んだ。

「違いますよ!エンターテイメントじゃなくてドキュメンタリーです!」

そうは言ったものの、男はまったく気にしていなかったようだし、そういう男の態度を見ていたら、言った本人も自分の作っているものがドキュメンタリーなのかエンターテイメントなのか、或いはなんの価値のないゴミのようなものなのか解らなくなって瞬間にして自信を失っていく感じだった。

「気にすることはない。私はキミの感性は気に入っているんだよ。ただ、キミは何を表現して良いのか解っていないだけだ。人々は何を求めていると思うんだ?暴力はエンターテイメントかも知れないが、そこらで簡単に見られるものをあらためて見たって喜ばないだろう?彼らが求めているのは見てはいけないもの。見るべきではないもの。そういうたぐいの暴力なのだよ。暴走するトラックが信号を渡る歩行者に加える暴力。常軌を逸したものが罪のない人間にナイフで加える暴力。或いは、絶望した人間が高いところから飛び降りてアスファルトに叩きつけられるような、そんな暴力も魅力的だよねえ」

男の言うことを聞いてミライガミは少し恐ろしくなった。一体彼は何をしにここへやって来たのだろうか?

「だから、あなたは誰なんですか?」

そういうと男はまた先程と同じような笑みを浮かべた。

「そう。みんな二回同じ事を聞くんだよね。だがキミは私に選ばれたことに感謝するようになるだろう」

ミライガミは少し恐ろしくなって男を見つめていたが、男は笑っているような笑っていないような不思議な表情を変えることなく話し続けた。

「とにかく、キミはカメラを持って出かけるべきだな。どこに行けば良いかはすぐにわかる。良い作品が作れると思うんだがね。ただし忘れるんじゃないぞ。これからキミに起こることは私の能力によるもので、キミが特別な人間になったのではないと言うことを。それを忘れたらキミはどうなっても知らないぞ。それだけは注意しておくんだな。では、私は帰るとしよう」

男が言い終わると、ミライガミはハッとして目を覚ました。目の前には編集を終えたばかりのドキュメンタリー映画の画面を写すモニターがあった。辺りを見回してもそこに自分以外の人間がいた形跡はなさそうだ。

 夢だったのか?多分夢に違いないのだが、あまりにもリアルなさっきの夢は何かの意味があるように思えて仕方がなかった。