「リヴェンガ」

19. F.B.L.ビルディング

 さっきの様子からするとスケアリーはあのビルを出たあとにそのまま帰ってしまったのかとも思われたのだが、ちゃんとF.B.L.ビルディングに戻ってきて捜査を続けていたらしい。モオルダアの言っていることには何の脈絡もないと思っていたのだが、このままではモオルダアがワケの解らないことを始めてまた面倒な事になりかねない。

 それで、何かしなければいけなかったのだが、何をすれば良いのか解らずに、結局モオルダアが言っていたあの出版社とアイダとの関係を調べることから始めていた。調べるといってもアイダに関する資料はそれほど多くないし、彼が命を落とした事件は発生後にすぐに解決しているのようだ。

 その事件がすぐに解決したのも、サキガ刑事の例の能力によって事件が発生するとほぼ同時にサキガが現場に到着していたからだったようだが。その時に第二の被害者も偶然に例の能力を発揮してアイダの写真を撮ることが出来たのだろう。

 しかし警察無線を傍受すれば、どこで事件が起きているのか知る事が出来る。たまたま近くに第二の被害者がいたのだとしたら、それは特殊な能力がなくても可能ではある。

 それだから、なんだって言うんですの?スケアリーは自分の考えが行き詰まってきたところで小さくつぶやいた。アイダの事件に二人が関わっていた事と、二人が最近になって惨殺された事にはどんな関わりがあるのかはまったく見えて来ない。そして、スケアリーが思わず事件の資料を投げ出してしまいそうになった時だった。

 部屋の明かりが消えて辺りは真っ暗になった。「ちょいと、なんなんですの?!」スケアリーはそう言いながら暗闇の中で辺りを見回していたが、暗闇なので何も見えなかった。少しするとスケアリーの目の前だけに明かりが灯った。スケアリーが携帯電話を取り出して操作すると画面の明かりがついたのだ。それからもう一度スケアリーは辺りを見回したが、まだ辺りは暗闇なので何も見えない。どうやらビルが停電のようだ。

「ちょいと停電ですのよ!」

スケアリーは廊下の方に向かって言ってみたが、誰も聞いているワケはない。しかし、本当は偶然通りかかった誰かがそこにいてくれたら少しは心強かったのかも知れない。毎日のように来ているこの部屋ではあったが、一人でいる時に停電になると少し気味が悪い。そして、そんな時に限ってモオルダアが話していた怪談話みたいなものを思い出してしまったりするのだ。

 スケアリーは持っていた携帯電話の画面の明かりだけでは心細くなって、その明かりを頼りに懐中電灯を探し始めた。この部屋のどこかに懐中電灯があるはずだった。それが書類棚の上だったかモオルダアの机の上だったか忘れた。記憶の中では確かにこの部屋に懐中電灯があったのだが、いざ必要な時にそういう物はなかなか見付からない。

 携帯電話の画面からのわずかな光ではほとんど手探りで探すしかなかったが、そうしながら部屋の中を探しまわっていると、機械が動き始める幽かな音が耳に入ってきた。それを聞いてスケアリーは少し安心した。この部屋のパソコンは停電後に自動的に電源が入るように設定してあるのだ。

 しかし、おかしな事にパソコンが動き出しても部屋の明かりが点かない。電気が戻ってきたらまず最初に部屋の蛍光灯が点きそうなものだが。スケアリーはもう一度機械の音を確認してみた。その音はパソコンの廃熱ファンの音に似ていたが、そうではないようだ。パソコンを見ても電源が入っていることを示すランプも点いていない。

 スケアリーは耳を澄まして音のする場所を探し当てた。そこには、この話の冒頭でモオルダアを大いに恐がらせたプロジェクターがあった。プロジェクターはまだスケアリーのノートパソコンに接続されたままである。このノートパソコンは今閉じられた状態だが、バッテリーで動くので停電中であっても開くとスリープが解除されて画面が表示されるはずである。

 ノートパソコンを開けばプロジェクターで画面が表示されて部屋は明るくなるはずだが、停電なのに動いているプロジェクターを動かしても良いものか?冷静に考えれば、プロジェクターが動いているのならそれは停電ではないのだが、スケアリーは今は少し冷静でなくなっている。

 勝手に動き出したプロジェクターの不気味さと、この暗闇の恐怖と、どちらが耐え難いのか?という事をしばらく考えたあげく、スケアリーは閉じていたノートパソコンを開いた。するとプロジェクターが壁際のスクリーンにパソコンの画面を映し出して、それと同時に部屋は辺りに何があるのかが解るぐらいに明るくなった。少し安心したスケアリーは画面の映っている壁の方を見て「キャァ!」という悲鳴をあげて倒れ込んでしまった。壁に映っていたのは血だらけのアイダの遺体写真だった。

 これではまるでモオルダアですわ、とスケアリーは思っていたのだが、手足に力が入らずになかなか立ち上がることが出来なかった。そうしていると部屋の明かりが点いた。ドアのところで部屋のスイッチを入れたモオルダアが倒れているスケアリーを心配そうに眺めている。それから壁に映されている遺体写真に気付いて「ウワッ」っとなってしまった。

「ど、どうしたの…?さっき悲鳴が聞こえたような気がしたんだけど」

「あの、転んだんですのよ。…オホホホホッ。だって停電だったでございましょ?」

スケアリーは明かりが点いて次第に冷静になっているようだったが、モオルダアはまだなんともいえない感じだった。

「停電って、いつのこと?」

「いつって、もう十分ぐらいになるかしら?」

「エェ?!ボクはもっと前にこのビルに戻ってきたけど、停電なんてなかったよ」

スケアリーはモオルダアの言うことを聞いて何かを考えてしまいそうになったが、それを考えるとまた恐ろしくなるだけのような気がしたので考えないようにした。

「それは、おかしいですわね。それよりも、もっと前に戻ってきていたのなら、どうしてすぐにここに戻って来なかったんですの?あたくしはいろいろと調べ物で大変でしたのよ!」

「いや。ボクだって他の場所でやることもあるからね」

なぜかスケアリーが怒り出しそうなのでモオルダアはちょっと焦ったが、良い具合に電話がかかってきた。


「はい、こちらペケファイル課。…ええ。…はい。…はあ。…ほお!…はい。…そうですか。それはありがたい。…ええ。それでは」

電話に出たモオルダアが何を話していたのか良く解らないが、とにかく少しは良いことがあったようだ。

「どなたからですの?」

「M刑事からだけどね。第二の被害者の家で押収したパソコンから世に出ていない新たな遺体写真が出てきたらしいんだよ。その中にアイダの写真も何枚もあったから送ったって言ってたけど。…あれ、もしかしてさっき壁に映ってたのってその写真?」

モオルダアは壁のスクリーンの方を見たが、さっきの遺体写真はもう映っていなかった。

「え!?…まあ、そんな感じかしら」

スケアリーはどうしてあの写真が壁に映されていたのか検討もついていなかった。あの写真は初めて見るものだったし、M刑事が送ってきたものだとしても、どうしてスケアリーのノートパソコンの画面に表示されているのか解らない。そう考えるとスケアリーは背筋が寒くなって身震いした。

 モオルダアは勝手にスケアリーのノートパソコンを操作し始めた。またスリープモードになって画面が消えていたので、プロジェクターの画面も消えていたようなのだが、モオルダアがパソコンを操作しても何もないデスクトップが表示されただけだった。

「ちょいと!勝手に人のパソコンをいじらないでくださるかしら!?」

「ああ、まあ、そうだけど…。さっきの写真は?」

「なんのことですの?」

「だから、あの、アイダの写真。そこに映ってたやつ」

「そんなの知りませんわ!」

「知らないって…、だって…」

「いいから、早くメールを受信して例の写真を見たらどうなんですの!」

このままだとなぜかスケアリーが怒り出しそうなので、モオルダアは言われたとおり部屋にあるパソコンでメールを受信してみた。するとM刑事に言われたとおり、写真が貼付されたメールが送られてきた。それらは全て血を流して倒れているアイダの写真だったが、パソコンの画面サイズで見る限り、モオルダアにも耐えられる内容だった。そして、中には先程壁に映されていたものと同じ写真があった。

「ねえ、この写真ってさっきそこの壁に映ってた…」

「それは何かの間違いだと思いますわよ。あたくしが見ていたのはなんでもないものでしたから」

「なんでもないもの?!」

なんでもないもの、ってなんなのか解らなかったが、そこは気にしても意味がなさそうなので、アイダの写真に集中することにした。

「アイダもナイフで刺されたんだな」

「そうですわね。メッタ刺しではないですけれど。運悪く通り魔事件に巻き込まれたって事ですのよ」

「へえ…」

モオルダアの気のない返事にスケアリーは少し腹が立ったが、それはモオルダアが何かに気を取られている証拠でもあった。モオルダアは立ち上がると、プロジェクターのところに行って部屋のパソコンとプロジェクターを繋ぐ作業を始めた。それが終わるとモオルダアは部屋の電気を消してプロジェクターのスイッチを入れた。

 壁のスクリーンに映されたのは先程スケアリーのノートパソコンで表示されていたものと全く同じだった。それを見たスケアリーは危うく「アッ」と声をあげるところだった。

「こ、この写真がなんだって言うんですの?」

「なんだか気になるんだけどね」

写真は倒れているアイダの全身を写したものだった。傷は数カ所にあるようだったが、腹部にある傷を押さえている手からは血が溢れ出していて、その様子はまだアイダに息があるようにさえ思えるものだった。

「これは、事件発生直後という感じがするよね?」

「そういわれてみるとそうですけれど。でもこの写真だけではなんとも言えませんわ」

「この事件現場に人はどれくらいいたんだろう?」

「さあ、夜の工業地帯ですから。ほとんどいなかったはずですわね」

「それじゃあ、これは誰だろう?」

モオルダアはそう言ってスクリーンに映る写真を指さした。その先には撮影者とは別に二つの影が映っていて人の影にも見える。それが人だとすると、写真を撮影した第二の被害者の他に二人そこにいたことになる。

「一人は犯人?もう一人はサキガ刑事?」

「まさか、そんなことはあり得ませんわ」

「これは何かありそうだね」

先程スケアリーが一人でいた時に勝手にスクリーンに映された写真と同じ写真の中に謎の人影が映っていることに気付いて、彼女は気味の悪さに今にも倒れそうだった。