「リヴェンガ」

17. まだ同じビル

 モオルダアが曖昧すぎる理論を展開し始めてそれ以上話が進まない感じになってきたので、とりあえずM刑事は「警察のやり方」で捜査を進めるべく警察署に戻っていった。ミライガミはもう少しこの話に関わっていたい感じだったのだが、そろそろ彼の役割は終わっている感じもする。彼は「また何かあったら連絡します」と言って帰っていったが、その表情は少し寂しげだった。

 モオルダアは二人が帰った後にもう一度屋上を調べると言って整備用のハッチから屋上へと出た、スケアリーはそんなことに付き合うのは面倒だったのだが、先程モオルダアが屋上から落ちそうになっている光景を思い出すと心配になってモオルダアの後を追って屋上に出た。

「ここに何があるって言うんですの?」

モオルダアの後に屋上に出てきたスケアリーが聞いた。モオルダアは屋上の真ん中から辺りを見回していた。絶対にビルの下が見えるような端の方へは行かないという雰囲気だった。

「さあね。でもアイダは絶対にボクをここに連れてきたかったんだよ。ボクが追いかけている時だって、もっと速く走れば上手く逃げられたはずだし。それに、わざわざ逃げ場の少ない屋上に来ることもないしね」

「でも見てのとおり、この屋上には何もありませんわよ。もしかしてあの貯水タンクに何かあるとか言うのかしら?」

「そんな映画があった気がするけど、ここはマンションや団地の屋上じゃないからね。それに普通の人はこの屋上には出てこられないんでしょ。あのハッチは普段は鍵がかかってるはずだし」

「だったら、ここに何があるんですの?」

「さあね」

モオルダアは先程からずっと真ん中辺りからこの屋上を隅々まで眺めていたが、何か重要な手掛かりがあるような場所はどこにもなかった。それに、さっきは警官達がこの屋上をくまなく調べているのだし、おかしなところがあればそれに気付いていたに違いない。

 スケアリーはモオルダアのような重度の高所恐怖症ではないので、この屋上のあちこちを調べてまわっている。柵のない屋上の端の方を歩いているスケアリーの姿を見るだけで、モオルダアは足下から背中の方へとムズムズしたものが登ってくる嫌な感じを覚えていた。

 そんなムズムズに耐えかねたモオルダアは一度この屋上から目を離して少し遠くの方を眺めてみた。自分が高いところにいるということに変わりがないので、それほど簡単にムズムズはなくならないのだが、遠くに目をやると少しは気分が落ち着いた。

 この辺りは古くから栄えていたのだが、再開発のような事はまだ行われていないのであまり背の高いビルはない。二人が今いるビルよりも高いのは隣のビルぐらいだ。傾きかけた太陽が次第に街を赤く染め始めようかという風景にモオルダアはなんとなく不安な気持ちになるのだった。なぜそうなるのか知らないが、乾燥した空気に色の薄い空と町並みとが、あまり居心地の良くない夢の中にいるような気持ちにさせるのかも知れない。或いは、それとは関係なく彼の少女的第六感がモオルダアに何かを訴えていたのかも知れない。

 モオルダアがボーッと眺めていた先は、数ブロック離れた場所にあるビルの屋上の看板だった。あの看板には見覚えがある。というよりも、モオルダアは二日前にあのビルにいたのだ。あのビルで二人目の被害者の撮影したむごたらしい遺体の写真を何枚も見せられて大変な思いをしたのだった。モオルダアは何かが気になって少し遠くにいるスケアリーを大声で呼んだ。

「スケアリー!」

「何なんですの急に?もっと近くに来ればそんなに大きな声で話さなくても良いのに」

「そうだけども。でもここにはもう用はないみたいだよ」

モオルダアが言うとスケアリーは少しムッとした感じでモオルダアの方へやって来た。

「それって、結局何もなかったってことじゃございませんこと?」

「まあ、ここにはね。でもボクらはまだ何かを見落としてるはずだよ」

例のビルを見ながらモオルダアが言うので、スケアリーもモオルダアが見ている方を見た。

「あの出版社はたしか…」

「あそこにボクらの気付いていない何かがあるのかも知れないね」

本当にそうなのかは怪しい感じだったが、スケアリーは次第に寒くなるこの屋上にいるのが嫌になってきたので「そうですわね」と答えてハッチからビルの中へ戻って行った。