4. 引き続き高層マンションの上の方の部屋で---天井のカメラとか---
「それよりも、あれは一体なんですか?」
モオルダアはM刑事に聞いた。部屋の中程の天井付近にカメラが取り付けられ、反対側には写真スタジオにあるような大きなフラッシュが設置されていて、二つはコードでつながれていた。そこからさらにコードがのびて、血溜まりがある近くに置いてある良く解らない箱形の装置につながっていた。
「ええ、これがさらにこの事件の不可解なところなんですが…」
M刑事はそういって二つ目の「納得できない部分」の説明を始めた。
この説明をするには、超常現象に関連した用語を使わないと説明できなかったのだがM刑事はまともな人間としてなるべくそういう用語は使いたくなかったので、説明にはかなり苦労し、そして解りづらいものになってしまった。
M刑事の言ったことをまとめてみると、デジタルカメラにはメモリがいっぱいになるほどの写真が保存されていて、それが全て被害者が殺害されていく様子を写したものだった、ということである。
それなら、監視カメラには映っていなかった犯人がそこに写っているのではないか?という事になるのだが、おかしな事にどの写真を見てもそれらしき人物は写っていないということなのだ。
写真を撮影時間順に並べると、ほぼ1秒間に3回の間隔で撮影されている写真に写る被害者の体にはナイフで突き刺されたような傷が一枚ごとに増えていくのに、そのナイフのようなものを持っている人物はどこにも写っていないのである。
「それから、なんでそんな写真を撮影するのか?という事もおかしなところですけど」
説明の最後にM刑事がこう言うと、自分でもワケが解らなくなったような感じで口を閉じてしまった。
「あたくしはこう思うんですけれど…」
モオルダアがヘンな推理を始める前にスケアリーが話に入ってきた。
「この事件の被害者って、事件現場の写真とか遺体写真とかを専門に撮影して稼いでいた写真家でございましょ?そういう写真はけっこう高く売れるのかも知れませんが、そういう写真を撮る機会というのはなかなかございませんわね。ですから、この人は自作自演をやろうとして間違って死んでしまったんじゃないかと思うんですの」
そう言ったもののM刑事もモオルダアもあまり反応しなかったのでスケアリーはちょっと機嫌が悪くなった。
「そうだとしても、死んだ後にあそこの『ヒ』ってなってるところにどうやって遺体をぶら下げられるんだ?」
そうモオルダアに言われると自分の説が完全に間違っていた事に気付いてしまったスケアリーだが、簡単に間違いを認めるのもなんだかシャクだった。
「そんなものは、何かトリックがあるに違いありませんわ!」
そう言ったものの、そんなトリックはないと思っていたので、スケアリーはさっき言った自分の間違った仮説を二人が早く忘れてくれるように、と思っていた。
「それよりも、その機械は何なんですか?」
モオルダアはカメラとフラッシュにつながれている装置を指さして刑事に聞いた。
「まだちゃんとしたことは解ってないんですが、どうやら、その装置のスイッチを押すとカメラが自動的に撮影を始める仕掛けになっているみたいですよ」
刑事は釈然としない表情のままモオルダアに説明した。
「そんな機械がここにあって、しかも、ここは殺害現場で間違いない、っていう場所だし。やっぱり犯人は自分が襲われているところを記録したかったのかな?」
モオルダアがそう言ったものの、聞いていたスケアリーと刑事は特に言い返すこともなくただ黙ってモオルダアの言うことを聞いていただけだった。モオルダアも自分の言ったことは、目の前にある事実をまとめただけだったし、特に意味のあることは言っていなかったと思った。
「被害者は自分が襲われることを予知してこんな機械をこしらえたと思うしかないですな」
刑事は冗談半分のように言った。
「襲われることが解っていて、こんな装置を作るのならどうして殺されちゃったんだろうね?被害者は事件現場の写真を売って儲けていたんだし、自分が襲われる写真を撮ろうとして殺されちゃ意味がないよね。もしも予知能力を持っていたとしたら、何かを間違えて自分が殺されることに気付かなかったんだろうね」
モオルダアがこれ以上ヘンな推理を話そうとするのならスケアリーは話に割って入ろうと思っていたのだが、モオルダアはそれ以上話さずに、彼の持ってきたカバン(「緊急出動セット」と彼が呼んでいる)を開けると、何かを取りだして部屋の中をうろつき始めた。
モオルダアが手に持った小さな機械にはデジタル時計のような画面が付いていて、そこに数値が表示されているようだった。それを見ながら部屋の中をくまなく歩き回ると、モオルダアは不思議そうに見つめるスケアリーとM刑事の方を見た。二人があまりにも不思議そうにしているのが意外でモオルダアは言葉を詰まらせてしまったが、その隙にスケアリーが先に喋った。
「何なんですの、それ?」
スケアリーがモオルダアの持っている機械を指さして聞いた。横にいたM刑事も同じことが聞きたかったに違いない。聞かれたモオルダアはちょっと得意げに説明を始めた。
「ああ、これ?これがあれば『見えない殺人鬼』がここで何をしていたかすぐにわかってしまうと思うんだよね」
ある程度予想はしていたが、モオルダアの答えはスケアリーの聞きたいことと違っていた。
「ですから、それは何なんですの?」
「だから、これは電磁波を測定する器械なんだけど。このあいだエフ・ビー・エルの技術者のところに遊びに行ったら、新しいのを買ってこれは処分するとか言ってたから貰って来たんだけど。まだ動くのに処分するなんてモッタイナイからね」
「それで、何が解るんですか?」
たまりかねた感じでM刑事が聞いた。
「ボクが電磁波を測定した結果から判断すると、やはり犯人はあのベランダから入ってきて、真っ直ぐこの壁の前まで来て、被害者を殺害するとまたベランダから出ていったんだと思うんですよ。それ以外の場所に比べるとその二つの場所を結ぶ線上だけ電磁波が強いし」
モオルダアの説明を聞いてM刑事は心配そうにスケアリーの方を見たのだが、スケアリーはその視線に気付かないフリをしていた。ここでモオルダアに反論すればまたヘンな理論が返ってきて、余計にM刑事を心配させるだけに違いない。
モオルダアは手に持った測定器を見つめたままベランダに出た。そして彼は背の高い鉄格子のような柵に手をかけてそこから真下を覗き込んでみた。
(「こんな所まで登ってきて人を殺そうなんて、普通の人間じゃ考えないと思うけどね」)
そう言うはずだったのだが、モオルダアは柵から下を覗き見た瞬間にあまりの高さに一瞬気が遠くなった。そして、柵を掴んでいた両手を震えるほどに握りしめると、そのまま固まってしまった。
ベランダでほとんど腰を抜かして身動きのとれないモオルダアにM刑事はもう十分に心配になっていた。そしてこの二人に応援を頼んだことを後悔し始めていた。
「モオルダア捜査官はたまにああやってふざけるんですのよ。オホホホッ…」
スケアリーは何とかしてエフ・ビー・エルの面目を保とうと誤魔化している。
「それよりも、あたくしはそろそろ検死の方に行きたいのですけれど。現場の様子はだいたい解りましたし、モオルダア捜査官もこれから何かすべきことがあるに違いないですからね」
「あ、はあ…そうですか。それなら、どうぞ。ここは私達で処理しますから」
M刑事はエフ・ビー・エルの二人を本当に信頼して良いのか解らないような感じだったが、M刑事の返事を聞くとスケアリーはモオルダアの肩に手をかけて振り返らせた。
「さあ、モオルダア!ふざけてないで行きますわよ!」
そう言ってスケアリーはモオルダアを睨みつけた。本来ならそれだけでモオルダアは震え上がるのだが、いまだに呆然として半分パニック状態のモオルダアは重度の高所恐怖症のようだ。