「リヴェンガ」

5. 現場近くの病院

 スケアリーが病院に到着した時には新たな被害者の検死解剖はほとんど終わっていた。最初の被害者サキガ刑事の時と同様に体中に刃物で刺された跡があり、スケアリー風にいうのなら死因は「ナイフによるメッタ刺し」で間違いない。その傷のどれが致命傷になったのか、正確に調べたらわかるのかも知れないが、これだけ刺されれば生きている方がおかしいという遺体の状況だったので、ここにいた医師はそれほど厳密な解剖はしていないようだった。

 スケアリーは横たわる傷だらけの遺体を見て、怒りとも悲しみともつかない複雑な感情がどこからともなく沸き上がってくるのを感じでいた。人は意外と簡単に死ぬというのは少しだけ知識があれば解るものだが、体中が穴だらけになるほどにナイフを振り下ろした犯人は、どれだけの憎しみをこの被害者に対して抱いていたのであろうか。或いは、体中の傷は何か別の目的のためにつけられたのかも知れない。

「これはヒドイですわ」

スケアリーは横たわる遺体を見て言った。どこから見ても「ナイフによるメッタ刺し」な遺体を前にしてそれ以上の説明は必要がないぐらいに、その様子は犯行の様子を物語っていたのだが、スケアリーもせっかくここまで来たのだし、エフ・ビー・エルの優秀な捜査官として何もせずに帰るわけにもいかない。

「この遺体になにか異常な点などございませんでしたかしら?」

スケアリーがこの部屋にいた医師に聞くと、医師は少しうろたえたようにかけていたメガネのフレームに人差し指を当ててメガネの位置を直してからスケアリーの方を見た。

「まあ、見てのとおり、これだけ刺されたら生きているのは難しいですが。その…なんというか、不可解な点もないこともないような…」

この医師の曖昧な言い回しはスケアリーを苛立たせるだけではなく、彼女を少し不安な気分にもさせていた。司法解剖をするような医師はモオルダアとは違い、それなりの能力と技術と経験があるに違いないのだが、そういう医師がそんな曖昧な喋り方をするのには何か意味があるに違いない。

「常識的でないことでも、なんでもおっしゃっていただいて結構ですのよ。あたくし達はそのために捜査をしているのですから。全ての物事は科学的に説明できるはずですわ!」

スケアリーに言われると医師は少し安心したように話し始めた。

「どうして、こうなるのか解らないのですけどね、この無数にある傷口は全て熱傷による組織変化が起きているんですよね。恐らくこれは高圧の電流によるものだと思うのですが」

そう言われるとスケアリーは遺体の傷口を注意深く観察した。確かにそこは火傷の跡のように皮膚の組織が変化していた。

「それは一体どういうことですの?」

スケアリーが聞いたが、医師はそれが解らないので、さっきからうやむやな感じで話しているのであって、そこを聞いても意味がなかった。

 スケアリーは被害者を殺したナイフが電気のようなものを帯びてあの映画の「ライトセーバー」のように光っているとか、そんなことを考えてしまったが、すぐにそれはモオルダアのような人間が考えることだということに気付いて、頭の中からそういった考えを消し去ろうとして首を横に振った。とにかく、犯人の使った凶器は何か特殊な物だった可能性がありそうだ。

「前の被害者はどうだったのかしら?」

スケアリーは半分独り言のように言った。そこにいた医師は「前の被害者」のことなど知らないので「はぁ…」という肯定でも否定でもないうやむやな返事をしただけだった。その前にスケアリーは返事を期待していなかったので、このうやむやな返事は彼女の耳には入っていなかったのだが。

「どうやら、前の事件から調べ直した方が良さそうですわね。それではあたくしは警察の方へ向かいますわ」

スケアリーが言うと、また医師はなんと返事をして良いのか解らずに少し焦ったのだが、彼女はまた返事など期待していなかったので、医師がどんな反応をしようと関係なく部屋から出ていってしまった。

 こんな感じだと医師は自分がまともに仕事をしたのに、その仕事がまったく認められていないようなそんな気持ちになってしまった。自分がやったことを非難されたり否定されたワケではないのだが、どこかに納得のいかない何かがあって、医師は今夜は飲みに行くしかないな、と思って検死解剖を終わらせることにした。