「Curse」

01. 雰囲気

 呪術や宗教的な儀式を行う時にはそれなりの雰囲気がないといけない。そうしないとその行為に効果がないように思えるからなのかは知らないが、誰だってそうすべきだと思っている。昼よりは夜の方が効果的であるような気がするし、夜ならば明かりは蛍光灯や懐中電灯ではなくて松明やローソクが良いだろう。

 そして、謎めいていて、意味が解るようで支離滅裂な文章を読み上げたり、あるいはまったく意味不明な文字を並べた呪文を唱えたり。一人でやるにしても複数でやるにしても、そうして雰囲気を出せば何か不思議な力であり得ない事が起きるような気がして、精神的に高揚していくのである。

 結局何も起きないとしても、ただ精神が高揚したという事だけでも何かが起きた証拠と思えたりもするので、何かの儀式には雰囲気は大切なのである。


 いきなり何を書いているのか、と思うかも知れないがちょうど今この家の中の部屋はそんな雰囲気に包まれている。深夜の二時を過ぎて外からの光はまったく入ってこない場所にあるこの家の電灯は全て消され、テーブルの上にいくつも置かれた燭台に火が灯されていた。

 ローソクの明かりに照らされた男が一人部屋にいて先ほどからなにやらブツブツと呪文のようなものを唱えている。片手には人形のようなものを持ち、もう片方の手は先ほどからコップに注がれた水の中に入ったり、ローソクの火にかざされたりしていた。そして、その手には裁縫針のような細い棒が握られていた。

 男ははっきりとした言葉は発していなかったが、口の中でもごもごと呪文を唱える音が次第に大きく、そして早口になってきた。この雰囲気に酔いしれているのか、あるいは自分にこの世のものではない未知の力が備わった感覚を味わっているのか、男は次第に集中力を高めているようだった。そして、偶然なのか知らないが、それと同時に何本ものローソクの火が一斉に揺らめき始めた。男が呪文を唱える声はさらに大きくなり、そして最後には呪文ではなくて「うぁぁああ」という呻き声のような音を発し始めた。そして集中や感情が一気に高まっていった時、男は持っていた針を反対の手にある人形の頭に突き刺した。

 針を根本まで突き刺すと、男は静かになった。まだ息が荒いが、一つの重要な仕事を終えたような感じで憔悴していた。男はそのまま椅子に深く埋もれてしばらく身動きしなかったが、口元には不気味な笑みを浮かべていた。


 翌朝。ある企業の社長は新築される支社ビルの工事現場へとやって来た。工事は計画どおり進んでいるし社長が来ても特に意味はないのだが、たまにはこういうこともしておかないと社長という感じがしないので、なんとなくやって来たのである。

 社長は現場の責任者を捕まえて工事についていくつか質問していた。工事についての詳しいことは知っても意味はないのだが、そういうこともしておかないとこれまた社長という感じがしないので、なんでも良いから質問しているのである。

 しかし、こんな何でもないことが災難を招く原因になったりすることもある。完成間近のビルの外壁の周囲には足場が組まれていて、さらに外側には囲いがあって周囲の安全は確保されていたはずなのだ。だが社長が社長という感じのことをしようと思うようなそんな時には、いろんな偶然が重なって悪いことが起きたりするのだ。

 もうすぐ完成するビルに足場はいらなくなるので、取り払う作業が始まっていた。それはいつもどおりの事だったのだが、なぜか誰がが足場にレンチを置き忘れていたらしい。高い所の足場はまとめてクレーンで下ろされるのだが、その途中で誰にも気付かれなかったレンチは足場から滑り落ちて行った。敷地の入り口と建築中のビルとの間にある場所。いつもならそこに人がいることはあまりなかったのだが、今日はなぜか社長がいた。

 現場の責任者の話を聞きながら解っていないのに解ったように頷いている社長の頭の上に、十数メートル上からレンチが落ちてきたのである。レンチが頭に当たった時、社長は何が起きたのか解らぬまま気を失った。そしてそのまま現場の責任者の方へと倒れ込んできた。責任者もまだ何が起きたのか割らぬまま、慌てて社長を抱きかかえた。すると社長の頭から血が噴き出してきて、責任者の顔を赤く染めていった。

 責任者はまだ何が起きているのか解らないような状態だったが、とにかく悲鳴をあげてみた。そして、その間に理解した色々なヤバい状況を思ってもう一度悲鳴をあげた。

 朝の建築現場から血みどろのニュースが、昼時から午後にかけての一部のネタ切れワイドショーのネタとして提供されたのである。