「Curse」

02. 味わいのある街

 渋滞がなければ東京から一時間ほどでたどりつく海沿いの街にモオルダアとスケアリーがやって来た。ある事件の被害者から直接指名されて呼び出された二人だったが、どんな事件が起きたのかも知らされず、この街で誰が彼らを待っているのか見当も付かなかった。こんな謎めいた呼び出しならモオルダアはさぞかし盛り上がっているのだろうが、スケアリーは機嫌が良くないに違いない。

 というよりも、車を運転しているスケアリーの様子からして彼女の機嫌が良くないことは明らかだった。FBLビルディングを出発した直後は盛り上がって、あることないこと話していたモオルダアだったが、しばらくするとスケアリーに睨まれていることに気づいて黙っているしかなくなった。

 しかし、この小さな海沿いの街にやって来ると、スケアリーは妙に機嫌が良くなっていたようだった。あまり知られていない街だが近くには高級な別荘地があったり、そのためなのか海の方には漁港だけでなくヨットハーバーのような、お金をたくさん持っている人が遊ぶための施設があったりもした。そして開発されすぎずに、程良く残された自然の中に古くからある洋館が点在していたりもする。こういう、昔ながらの「ハイソ」な感じのする場所をスケアリーが嫌いなワケはない。

「ステキな街ですわね」

午後の陽を受けてキラキラしている遠くの海を眺めながらスケアリーが言った。彼女を刺激しないように黙っていたモオルダアはこの予想外に機嫌の良い口調に「あぁ」と気のない返事をするしかなかった。

「あなたにはこの良さは解りませんわね」

モオルダアの変な反応にガッカリしたようなスケアリーだったが、とにかく彼女の機嫌が良いということはモオルダアにとっても都合が良いので、モオルダアはただ「まあね」と答えた。何が「まあね」なのかは良く解らないが。


 モオルダアとスケアリーは二人を呼び出した被害者のいる病院へやって来た。古い建物だったが、この病院も明治時代の洋館を連想させるような味わいのある病院だった。本当に明治時代に建てられたワケではないと思うが、ハイカラな白い洋館風の病院だった。

 受付で事情を説明すると二人はある病室へ案内された。その病室のベットにいたのは、体の至る所に包帯が巻かれたりギプスをはめられたりした男性だった。この見るからに「大ケガ」という状態の男性を見てスケアリーは思わず「まあ…!」と声をあげてしまった。

 近づいてよく見ると、男はかなり年老いているようだった。

「わざわざ来ていただいてすまないね。何しろこんな状態なもんでね」

そう言って老人は身振りで「こんな状態」を伝えようとしたのだが、指先まで包帯を巻かれた手とギプスをはめた反対の手を不自然に動かしてもいまいち伝わらなかった。

「どうやら、そうとう酷い目に遭ったようですね。しかし、警察は刑事事件として捜査をしていないようですが、一体何があったと言うんですか?」

この老人の姿に盛り上がってしまったモオルダアがいきなり話の本題に入ってしまったようだ。ただ老人としてもそうなるのはある程度予想はしていたようで、冷静に話を始めた。

「まあそうだな。もしも私が警察に被害届を出しても相手にされなかっただろうな。このままこの地獄のような状態を耐えるしかないとも思っていたのだが、知り合いにおかしな人間がいてね。と言っても世間的にはまともで、いくつも会社を経営してるようなヤツなんだが、その男が趣味というかなんというか、オカルトとか超常現象に興味があってね。それで彼が見舞いに来てくれた時にFBLに相談してはどうか?ってことを助言してくれてね」

「つまり我々がどういう類の事件を扱っているかを知った上で捜査を依頼したということですね」

「まあ、そういうことだ」

モオルダアと老人が話している間に、スケアリーはベッドの横にあったクリップボードを眺めていた。そこにはこの老人にここでどのような治療がなされたのかが書かれていたのだが、スケアリーはそれがおかしすぎることに気付いたようだった。

「これは一体どういうことですの?」

スケアリーが誰に聞くでもなく聞いた。モオルダアは「何が?」と言いながら振り返るとスケアリーがどういうことか解らない状況というのを説明した。

「ここに書いてあることによると、この病院であなたに施された医療行為は頭部の縫合となっていますけれど。これはどういうことですの?他の傷はどうなさったんですの?」

「どうと言ってもね。それは書いてあるとおりだと思うがね」

老人が答えた。

「それじゃあ、その体中の包帯は一体…?」

誰でも思うことを思ったモオルダアが聞いた。

「まあ、普通は不思議に思うだろうね。人がこんな状態になるというのは大きな事故か何かに巻き込まれでもしない限りあり得ないからね」

「そうじゃないとおっしゃるんですの?」

「そうなんだよ。始めはこの左手の火傷から始まったんだが。これらの体中の怪我は全て一つずつ別の時に負ったものなんだよ。毎日一つずつという感じでね」

にわかには信じられない老人の話にスケアリーは口を半分開いたままモオルダアの様子を伺ったが、モオルダアも良く解らないような顔をしてスケアリーの方を見たところだった。

「こんなふうに立て続けに酷い怪我をしていたら、人は誰でも呪われていると思うだろ?」

本当にそんな感じで次々に怪我をしていたら呪われていると思っても仕方がないし、どんな人間でも藁をもすがるという状況になるのかもしれない。何しろ、この老人にはもう怪我をする場所が残っているのか解らないほど体中がギブスや包帯だらけなのだから。この次に何かあるとしたら命が危ないとも思うのが普通かも知れない。

「それで我々に連絡をしたんですの?その前にやはり警察に連絡するのが普通じゃないかしら?誰かがあなたの命を狙っているとか、呪いよりもそっちの線を疑うのが普通だとも思いますわ」

呪いとかいう言葉が出てくると反射的に反論してしまうスケアリーだったが、それを聞いた老人に笑われると少し迂闊だったと後悔した。

「これだけ殺害に失敗するとは、たいした殺し屋だな。ハッハッ…」

老人が笑ったときにどこかが痛んだらしく、もっと「ハッ」を続けて笑いたいのに笑えなくなったようだった。笑う前に少し明るくなった老人の顔はまた曇っていったように思えた。顔にも包帯が巻かれて表情も良く解らなかったのだが。

「それよりも、キミ達を呼んだのにはちゃんと根拠があるんだよ。根拠と言ってもそれは私の想像でしかないんだが」

笑った拍子にどこかが痛くなったと思われる老人の話し方はさっきまでよりも弱々しかった。こんな状態の怪我人を見ていると二人とも同情しないわけにはいかなかった。

「良いですよ。話してください」

モオルダアが言うと、老人は黙って頷いた。