「Curse」

21.

 モオルダアは急いで斜面を降りてスケアリーの車の止めてある場所へと向かった。斜面を降りながらスケアリーが社の扉を叩く音が聞こえてくると、一抹の不安を感じなくもなかった。果たして大丈夫なのだろうか?それは、あの場所でスケアリーが安全なのかどうか?という「大丈夫」と、もしも彼の考えが全て間違っていて、呪いも呪いの彫像も無かったなんてことになった時に、解放された彼女に対してモオルダアは「大丈夫」なのか?という意味もあった。とにかく今はこれからやることだけを考えて車へと急ぐしかなかった。

 草木の茂る斜面を降りて舗装された道に出た時、モオルダアは立ち止まった。道端にあの男の姿を見つけたからだった。あの男とは、今回何度かモオルダアを驚かせたあのユニク○のシャツの男である。ただし、今回のモオルダアは驚かなかった。なぜか知らないが、そこに彼がいるのが自然であるようにも思えたのだ。

「こんなことになるとは思わなかったが、なかなか良い選択ですよ」

男は立ち止まったモオルダアに向かって言った。男が何を言いたいのか大体わかったし、詳しく意味を確認する時間もあまりなかった。

「それで、ボクはどうすれば?」

モオルダアが聞くと、男は少しニヤけて言った。

「それを教えることが出来ないのはもう知っているでしょう?私には見守ることしか出来ません」

そう言われると、モオルダアは「確かにそうだ」という感じで頷くと、すぐに自分がすべきことを思い出してスケアリーの車の方へと向かおうとした。走り出そうとするモオルダアを一度男が呼び止めた。

「武器は必要ないんですか?」

そう言うと男は手を挙げてその手に持っていた塩ビのパイプをモオルダアに見せた。それは解りやすく言えば、簡易の水道管などに使うプラスチック製のパイプなのだが、それのどこが武器なのか?と思って、モオルダアは首をかしげてしまった。確かに彼の持っているモデルガンよりは頼りになる武器かも知れないが、それでもそのパイプで人にダメージを与えるには苦労しそうだ。それに、いざとなればスケアリーの銃が使えるということもモオルダアには解っている。その塩ビのパイプになんの意味があるのか解らなかったが、モオルダアはそのまま振り返って車の方へと急いだ。


 モオルダアはスケアリーから預かった電子鍵を使って車に乗り込んだ。預かったというよりは騙し取ったという感じなのだが。それはどうでも良い。とにかく磁場がどうの、という嘘をついたのが功を奏してそれなりの知識のあるスケアリーが頼んでいないのに鍵までモオルダアに渡したのは幸運と言えた。

 車に乗り込んだモオルダアはまず記者に電話をかけた。

「キミ、見つかった?」

焦っているモオルダアはイロイロと省略しすぎの質問をしたが、記者の方も状況が解っているのでそれで理解したようである。

「それが、まだ見つけていないんですけど。彼のアパートがちょっと大変にな事になっているんですよ。もしかすると手がかりが見つかるかも知れないんですが、ボクがあんまり調べたりするとアレですし、ここはあなたみたいな捜査官が調べないといけないと思うんですが…」

「解った。すぐに行くから待っていてくれ」

ということで、モオルダアはあの青年が借りているというアパートへと向かった。

 時計を見ると午後の7時を少し過ぎた所だった。まだ時間はある、とモオルダアは自分を落ち着かせようとした。恐らく、こんな早い時間に呪いの儀式はしないだろうし、するのならもっと深夜の時間帯に違いない。それに、今日その儀式が行われるとは限らないのだ。それよりも、早くあの青年を見つけて呪いの彫像を手に入れないといけない。


 青年のアパートに着くと建物の前で記者が待っていた。そして、その横にいるおじさんは誰だろう?と思ったのだが、それはこのアパートの管理人だった。アパートに来て青年がいるかいないかを確かめるだけのつもりで来た記者だったのだが、詮索好きな彼は上手いこと管理人を説得して鍵を開けてもらったということである。管理人としても、何日も部屋に人がいる様子が無く、実家にも連絡が無いとなると鍵を開けて中を確認せざるを得ないという事でもあったが。

 とにかく部屋に入ってみると、そこはちょっと異様な光景が広がっていた。ただし人によってはそれがそれほど異様には思えないかも知れないのだが、部屋の中は荒れ放題になっていたのである。ガラクタのようなものや、衣服や書類などが散乱していたが、特にモオルダアの目についたのはオカルト関連の書物だった。それはただ散らかっているだけではなさそうだった。恐らく青年はそういう本を読みながらあらゆる事を試していたのだろう。たとえば魔術のようなことなど。この部屋にあるガラクタはそのために使われたに違いない。

 そんなことを推理しても青年の居場所が解るわけではなかった。モオルダアは散らかり放題の部屋の中を呆然として眺めている管理人に聞いた。

「彼はいつ頃から帰ってないか解りますか?」

「うーん、どうだろうねえ。私もこの部屋だけを見ているわけではないからねえ。でも、言われてみると一ヶ月ぐらい前から、夜になっても明かりがついてなかったような気もするなあ」

どうやらこの管理人の話は当てに出来そうにない。しかし、一ヶ月前となると今回の件に関する全てがその間に起きたことは確かである。だが、期間が長すぎて曖昧すぎるのだが。とにかく、青年が呪いのために何かの儀式を実際にしたのはここではないという事かも知れない。強力な呪いのアイテムを手に入れてたので、この部屋でまじないじみた事をすることはなくなったのだろう。そして、強力なアイテムにはそれなりに雰囲気のある場所が必要だと思ったに違いない。すると、いま青年はどこにいるのだろうか?そして、この部屋にある手掛かりから居場所がつかめるのだろうか?モオルダアは少し不安になっていたところで記者がつぶやいた。

「彼はいったい何をしようとしていたんですかね?」

記者にとってこの光景は見れば見るほど異様に思えたようだった。まさか本当に人に呪いをかけたりとか、そういうことを試みる人がいるとは。

「これって、ここで呪いの儀式とかしてた跡なんですかね?」

記者は散らかった部屋を見回しながらモオルダアに聞いた。

「まあ、見た感じはそうみたいだけどね。ただし、ここには足りないものが多すぎたみたいだよ」

「足りないもの?」

「一つは本物の呪いのアイテム」

「それから?」

「もう一つはそれらしい雰囲気だよ」

モオルダアが得意になって話しているのを記者は多少の興味を持って聞いていた。管理人は少し離れた所でポカンとしていたが、彼は関係ないのでどうでも良い。

「雰囲気ですか?」

「そうだね。雰囲気というか、そういう力が集まる場所とでもいうか」

記者は半信半疑のようだが、モオルダアは大真面目である。

「キミ、この辺でそういう心霊スポットみたいな場所ってある?もしも、そういう場所があるのなら彼もそこに行くかも知れない」

「心霊スポットですか?この辺じゃ何でもかんでも心霊スポットですからね。なんていうか、遊ぶ場所が少ないから学生の頃は何でも良いから幽霊話をでっち上げて、そこら中を心霊スポットにして肝試しに行ってましたし。まあ、いくつかホントに出そうなトンネルとかありましたけど」

「トンネルじゃダメだな。もっとなんて言うか室内って感じの…。廃墟とかはあった?」

「廃墟は…なかったですねえ」

「そうか」

もしも廃墟があったとして、そこに行けば本当に青年はいるのだろうか?かなり怪しい感じではあるが、これがモオルダアの捜査方法なのだから仕方がない。しかし、廃墟がないとなるとまた最初から考え直さないといけない。モオルダアは部屋の中を見回して考え込んでいた。それを見た記者も何か心当たりがないか考え始めた。記者としてはせっかく盛り上がって来たので、ここでオシマイというのはもったいないような気がしたのだろう。今回の場合は彼のローカルネタの知識が大いに役立っている。そして、ここでもその知識が話を先に進めるきっかけとなったようだった。

「あっ、そうだ」

記者がふと何かを思い出して言った。

「ちょうど良い場所がありますよ」

「ホントか?!」

モオルダアが目を輝かせて記者の方を向いた。

「ええ、なんて言うかボクらの頃は心霊スポットじゃなかった場所なんですけど。山の中にあるリゾート施設になるはずの建物だった場所で。しかもそこは御恵来会が出資して建設されてたって事ですけど」

「それならバッチリじゃないか。ネガティブな呪いのパワーを引き出すには最適な場所だよ」

モオルダアの言う最適とはどういうことなのだろうか?彼の想像で言っているだけなのか、或いは、この部屋に散乱しているオカルトの本にはそういう事が書いてあるのだろうか?まあ、どうでも良いが、記者はその場所の説明を続けた。

「遊園地と最近よくあるスーパー銭湯みたいなのとプールとか、最初の計画では相当大ききな施設になるはずだったんですけど、住民の反対があったり、不況のあおりをうけて規模はどんどん小さくなって、事務所になる建物を建てた時点で工事は中断して、完成する前に廃墟同然になってるって話ですけど」

「そこって遠いの?」

「いや、車なら1時間ちょっとでいけるはずです」

「よし。それじゃあ行くしかないな」

雰囲気があるから。それだけの理由で本当にその廃墟に青年がいるのだろうか?モオルダアにそんなところを疑問に思っている暇はなさそうだった。社に置き去りにしてきたスケアリーがいろんな意味で心配でしかたないし、何となく今日に限って早めに呪いの儀式が始まったりするのではないか?と変な胸騒ぎがするのも確かだったのだ。とにかく、スケアリーの車が使えるというのは好都合である。移動手段があれば何とかなりそうだ、とモオルダアはそんな気分にもなっていた。