32. 翌日
翌朝、例のビジネスホテルのロビーにやって来たスケアリーはいつもの元気を取り戻していたようだった。FBLの二人は帰途につく前に行く場所があった。
二人があの病院に行き社長のいる病室に入ると、社長は包帯の隙間から覗かせている瞳を輝かせて二人を迎えた。モオルダアから事件はもう解決したと伝えられたが、それはもうどうでも良かったようで、早く本題に入らないか?という感じで報告には適当な返事をしていた。その本題とはモオルダアからあの彫像を買い取ることだった。
その前にはスケアリーの持ち物だったのだが、昨日の騒動の後に彼女はそれを持っているのが恐ろしくなったので、モオルダアが100円で買い取ったのである。
その彫像を社長は言い値で買い取ると言ってきたので、モオルダアは思い切って120万円で売ると言った。横で聞いていたスケアリーはどうしてそんなビミョーな金額にするのか?と疑問に思っていたが、モオルダアも言った後に「もっと高い値段で売れば良かった」と後悔していたようだ。こういう事に関しては全く才能のないモオルダアなので仕方がないが、とにかくこれでやっかいな呪いの話も全て片付いたところで二人は帰途につくことになった。
社長がそれだけの代金を払って彫像を買うのにはもちろん理由がある。あの骨董屋の主人から彫像の不思議な力の事を聞かされて、それで色々と楽しもうと思っているのだ。もし本当にそんなことが出来るのなら120万円と骨董屋に支払うちょっとした金額など安いものなのである。
病院の駐車場から車を発車させたスケアリーだったが、何となく納得がいかない部分もあった。
「本当にあの彫像を売って良かったんですの?ああいうものに関する迷信を信じてまた誰かが問題を起こしたり、そんなことがあるかも知れませんのよ」
「ボクはお金に目が眩んでそういう危険な物を売ったりはしないよ。でも、あの彫像にはもう呪いの力はないからね。もうアレで何をやっても何も起きないよ」
「どうしてそんなことが言い切れるんですの?」
「ん?!…まあ、なんて言うか。あのホテルにはそういうことを教えてくれる人が現れたりするんだよね。彼が言うなら大丈夫だよ」
「そうなんですの…」
スケアリーは呪いとかそういう話はやはり認めたくないのだが、昨日のことを思い出すのがイヤだったので、それだけ言って黙っていた。
海沿いの道から見える海は昼前の日差しを受けて最初に見た時と同じように綺麗に輝いていた。昨日のことが嘘のように思えるほど、穏やかに静かに輝いている。そんな海を横に見ながら車を走らせるスケアリーは何か言うべき事があったのではないか?と心に何かがつかえているような気分になっていた。そして、しばらく考えても何であるか明確には解らなかったがスケアリーは黙っていられなくなって口を開いた。
「ねえ、モオルダア。あたくし思うんですけれど。…そのあなたが昨日あたくしにしたことですけれど。あなたのすることや、考えることって、その…常に正しいとは思いませんけれど。あの時の判断としては…間違っていなかったのですけれど」
モオルダアは彼女が何を言っているのか解らなかったので「ん?!」としか答えられなかった。スケアリーもこれでは何だか解らないと思ったようで、もう一度頭を整理して素直な言葉で話してみることにした。
「昨日しくれた事ですけれど。ちょっと乱暴でしたけど、助けてくれて感謝していますわ」
「えっ?!…ああ。まあね」
モオルダアにとっては思いがけないところで思いがけない感謝の言葉を聞かされたので、おかしな返事をしてしまった。それを聞いたスケアリーの顔には笑みがこぼれていた。その表情が何を物語っているのかモオルダアには解らなかったが、優秀な捜査官としては「当たり前のことをしたまでさ」と答えるべきだったと気づいて、少し悔しがっていた。でもスケアリーの機嫌が良さそうなので、モオルダアも微笑んでみた。
このまま二人は東京に返って、モオルダアがスキヤナー副長官に呪いとかそういうことが満載の報告書を提出してこの話は終わると思いきや、その前にちょっとした出来事があった。
二人の乗った車がこの味わいのある街を抜ける場所にさしかかった時に道端にあの男の姿を見つけたのである。二人ともほぼ同時に彼に気づいて「あっ」と小さく声をだしていた。そして、男の近くに車を止めた。
これまでと違って男はユニ○ロのシャツではなくて黒っぽいスーツを着ていた。ただし、それほど高級な感じはなく、コ○カなどで売ってそうな感じだった。
車を止めて助手席側の窓を開けると、男が少し前屈みになって中を覗き込む体勢で話し始めた。
「いや、今回はお疲れ様でした。これでやっと私もここを去ることができます。あなた方は良くやってくれました」
「それはどういうことですの?」
「あなた方が呪いのアイテムとかそういうふうに呼んでいるアレですけどね。ああいうのの後始末をするのは本当に面倒なんですよ。ほとんど罰ゲームみたいに嫌々やらされる作業なんですけど。まあ、私も向こうでちょっとやらかしてしまいまして、ここに送られてきたわけですけど。あれは本当は人を傷つけるための物ではないんですよね。我々が繁栄したのもアレのおかげですし、その昔に我々がこの星にやって来た時にも色々と役立っていたんですけど。ところがその時にこの星に来ていた連中にいい加減な輩が多かったようで、各地にアレを置き忘れていったってワケですよ。それで、偶然にもそれを見つけた人間が悪さをするんですよね。そうやってアレの力を使うことで我々の所にも情報が送られてくるから、我々もアレが悪用されていることに気づくんですけど。それでこうして処理しに来ないといけないワケなんですが」
モオルダアとスケアリーはどう反応して良いのか解らないまま黙って話を聞いていた。男はさらに続けた。
「今回は契約上の持ち主と、実際の持ち主が違っていて大変でした。だから私には契約上の持ち主の事しか解らなかった。実際にはアイテムの方はそれほど重要じゃないんですけどね。それから変な儀式なんかも本当は必要ないんですが。持ち主がどこにいるか解ったらその辺の事を教えてあげたかったですよ。まあ、その持ち主の事はあなた方が解決してくれたわけですね。人間のやることはどうにも理解できなくて。私には実際の持ち主がどこにいるのか見当も付きませんでしたよ。しかも途中で契約上の持ち主まで変わってしまうとは驚きましたけど。アレの作用がそれまでと違ったのは持ち主の持っている力というか、そういうものが原因でもあるんですけど。あなたにはそういう能力があるのかも知れませんね。それとアレの力はもう無効化してあるから大丈夫ですよ。あなたは心配しているみたいですがね」
最後の方はスケアリーに言ったようだった。しかし、この男はどうしてこんなにいろんな事を話すのだろうか?
「あなたの言っている事によると、あなたはこの星の人間ではないということになりますが?」
モオルダアは少し盛り上がっていたが、本当の宇宙人がこんなふうにペラペラと自分のことを話すものなのか?とも思っていた。
「本当はこんなことは話したりしないんですけどね。あなた方には感謝していますし、他にお礼も出来ないから真実を話すことにしたんです。ただし、記憶に残されてしまうと都合が悪いんでね。そういうところの対策があればこその話なんですけど」
モオルダアとスケアリーは何だかワケがわからなくなってお互いに目を合わせたのだが、二人ともワケがわからない時の変な顔をしていた。
「どういうことですか?」
「いやね。知り合いにClA(真ん中はアイじゃなくて小文字のエル)の人がいましてね。彼からこのニューラライザーというのを借りることが出来まして。我々の間では『MIBデバイス』とも呼ばれているんですけど。これですよ、ホラ」
そう言うと男はスーツの胸ポケットから太めのペンのようなものを取り出した。モオルダアとスケアリーは「何だろう?/なにかしら?」と思ってそのペンのようなものを見たが、その瞬間にそれの先がピカッと光った。
二人がハッと気づいた時には男の姿はなく、さらにそれまでの記憶はなくなっていた。ただ、どうしてこんなところで車を止めているのか?と考えるのに必死になっていた。
「ちょいと!何なんですの!?」
「何って?着いたの?なんか居眠りしてたのかな?」
「何を言っているんですの?ここはいったいどこなんですの?」
「そんなこと言われても。キミが運転してきたんだろ?」
「そうですけれど。知らないものは知りませんわ!どうでも良いですけれど、帰りますわよ。何なんですのまったく!」
二人はワケがわからないまま帰ることになったようだ。
その後モオルダアは「スケアリーの車が瞬間移動したことに関する報告」と題された報告書をスキヤナー副長官に提出して「なんだこれは?」と言われたり、彼の口座に謎の120万円が振り込まれていることに喜びながらも気持ち悪いと思ったり、それから「真後心霊科学研究所」から呪いに関する説明のメールが届いて困惑したり、その後には研究所の会員にならないか?という勧誘にウンザリしたり、そんなことがあったようだ。
ちなみに、モオルダアが考えた「瞬間移動による影響」によると、瞬間移動をすると衣服が汗臭くなって汚れていたり、体中が筋肉痛になったりアザが出来ていたりする、とのことだ。瞬間移動にはそのようなリスクが伴うので、我々は普通の手段で移動すべきだとまとめられていたようだ。
とにかく、いろんな事が起きて、いろんな事がなかったことになってしまった。そして、その後に起きたどうでも良いことさえも、モオルダアが120万円を使い切るころには忘れられてしまうのだろう。