「Curse」

07. 海岸沿いの海鮮料理屋

 スケアリーは昨晩iPhoneを使って調べたこの街の名所をいくつか巡った後に、これまたiPhoneを使って調べた美味しい海鮮料理の店に少し早めのランチをとりにやってきていた。特に観光シーズンでもなかったために店内に客は多くなく、海の見える窓辺の席に通されたスケアリーは上機嫌であった。

 しかし、窓から見える海の景色というのもそう長く見ていられるものではない。朝日が昇ってきたり夕日が沈んだりしていればそれなりに楽しめるのだが、昼間の海はただキラキラしている。始めは綺麗に見えてもその輝きになれてしまえば、ただキラキラしているだけになってくるものである。

 スケアリーは少しウンザリした気分になったところでモオルダアの事を思い出した。自分の楽しみのために骨董屋の前に置き去りにしてしまったが、今は何をしているのか。自分だけが楽しんでいるようでスケアリーは多少の罪悪感を感じないわけでもなかったが「あの人はこういう事件を捜査するのが趣味みたいなものですから、きっと彼は彼で楽しんでいるに違いないですわ」と考えた。

 そうは言っても、なんとなく気が引けるので、スケアリーはカバンの中からホテルでもらった最近の新聞を一部取り出して読み始めた。そこに事件の手がかりがあるとは思えなかったが、こうしていれば多少は罪悪感が薄れるのだし、食事が運ばれてくるまでの暇つぶしにもなって一石二鳥でもあった。

 持ってきた新聞はローカルネタを多く扱っている地方紙だった。普段は読まないような内容の記事を読むとこれまで気にしなかった新しい事を発見できて素晴らしいですわね。とスケアリーは思っていた。その発見に何か意味があるのか?というと特に無いというのが恐らく正解である。しかし、日常生活のなかで毎日同じような事を見聞きしている脳を活性化させるのには、それはちょうど良い刺激でもあった。

 ちょうど一週間前の新聞を読み終わって、その次の日の新聞を読んだ。そしてさらに次の日の新聞を読んでいる途中にスケアリーは「おや?」と思う事があった。何かが気になるので、スケアリーはもう一度前に読んだ新聞を読み直した。そして「これはどういうことかしら?」と思っていた。

 しかし、そうしている間に食事が運ばれてきてしまったので、スケアリーの頭に湧き上がってきた疑問の答えを見付けるのは一時中断された。

08. 昼下がり

 スケアリーが朝のホテルで言っていたとおり、午後になるとこの味わいのある海沿いの街は穏やかに晴れ上がっていた。モオルダアは食堂で空腹を満たした後、食堂の店員にバス停の場所を教えてもらってそこから移動する予定だったのだが、そのバス停というのがどこにも見当たらなかった。大きな道を歩いていればそのうち見つかると思ったのもいけなかったのかも知れないが、バスが通りそうな大きな道も歩いているうちに次第に細くなって港の入り口についてしまったりした。何度も引き返して別の道を試したりもしたのだが、結局バス停は見つからなかった。もうすでにバスに乗ることはあきらめたモオルダアは、歩いているうちに景色の良い入り江に辿り着いたので、そこで一休みすることにした。

 この入り江と外海との境には左右から山がせり出していて海水の出入り口を狭めていた。それが天然の堤防のようになっていてここでは波がほとんど立っていない。海なのだが湖を見ているような感覚だった。そのためか特にこんな風のない日は時間までもほとんど動いていないかのように静かだった。空気が淀んでいるといえば悪い表現かも知れないが、その淀みの中に忘れかけていた懐かしい思い出が見つかりそうな、そんな柔らかい空気の流れる場所だった。

 こんな場所にいると「自分は何をやっているのか?」と考えてしまうものだが、モオルダアも例外ではなかった。一体ここで自分は何をやっているのか。これが優秀な捜査官のやる事なのか?モオルダアは自分に問いかけ、そしてもちろんそれを否定する予定だったのだが、この居心地の良い入り江に座っていると「たまにはこんなのもアリかな」と思って、しばらく石に腰掛けて海を眺めてみることにした。

 海面はかすかに揺らめいているのだが、遠目にはほとんど動いていないも同然だった。静かだ。そして穏やかだ。きっとここでは何も動いていないし、動くべきでもないのだ。こういうところに来たら、しばし難解な事件のことは忘れて心と体、そして優秀な頭脳は休ませるべきなのだ。そう。何も動いてはいけない。

 モオルダアは頭の中でおかしな事を考え始めていたが、確かにこの場所には動くのが億劫になるような居心地の良さがあった。時はゆっくりと、ゆっくりと流れる。まるで全てが静止しているかのように…。

 と思った瞬間、少し遠くの水面にキラリと光るものが見えた。魚が撥ねてその体に日光が反射したようだ。そして、一瞬遅れてモオルダアの耳にチャッポンという水の音が聞こえた。動いているものは動いている。

 それが合図だったわけではないが、モオルダアの上着のポケットの中で携帯電話がブルブル振動し始めた。例によってビクッとなったモオルダアが電話を確認すると、かけてきたのはスケアリーだった。

「ちょいと、モオルダア!あなたどこにいるんですの?」

「どこ、って言われても知らないけど」

確かに知るわけもないが、実はこの時スケアリーはモオルダアのいる入り江のすぐ近くある海岸にいたのだった。彼女が波の音を聞きながらのんびりしていた場所から見える小山の向こうの入り江がモオルダアのいる場所だった。

「それで、なにか用なの?ボクは何かが起こるような気がしてならないんだけど」

こんなところでモオルダアの少女的第六感が働き出したのだろうか?ほとんどバカンス気分のスケアリーなら何かに気付かなければ電話をかけてくるワケもないので、誰でも思う事なのかも知れないが。

「あなたが何をやっていたのか知りませんが、あたくしはスゴい発見をいたしましたのよ。捜査というのはこうやってやるものなんですのよ。あなたにも少しは見習ってもらいたいですわね」

なぜか得意げなスケアリーである。

「それで、なにが解ったの?」

「あたくしがホテルの方からいただいた新聞があったでございましょう?それを調べていたら、気になる事があったんですのよ。どうやらこの地域でお金持ちの方々が相次いで…。ちょいと…なんですの…」

突然スケアリーが話すのをやめてしまった。

「スケアリー、どうしたんだ?」

「な、何でもありませんわよ…。ただ、何と言うんですの…」

何かに驚いて言葉が出ないような喋り方だったが、スケアリーは何に驚いているのだろうか?その答えはすぐにモオルダアにも解った。

 スケアリーなら真っ先に否定したくなるもの。あるいはそのものが何であるかについては絶対にモオルダアと同じ意見にならないもの。

 モオルダアのいる入り江の入り口の狭くなった山の間に宙に浮かぶ発光物体が現れたのである。それは上空20メートルあたりの高さを音もなく静かに動いている。その物体自身が発光しているのか、発光している何かに包まれているようにも見えるが、光が強くてはっきりとその物体を見ることは出来なかった。

 その光は強まったり元に戻ったりを繰り返しているので、遠くから見るとフワフワしているようにも見えた。実際には一定の速度で動いているのだが。

「スケアリー。キミに説明してもらうまでもなさそうだよ…」

興奮のあまり手が震えそうになっているモオルダアの斜め上を発光物体が通り過ぎていった。携帯電話を耳に当てたままタダ見つめるモオルダアの前を通り過ぎた発光物体は入り江の奥にある山の中腹の木の茂っている中へと吸い込まれるようにして入って行った。そこで発光をやめたのか、あるいは木々の間に隠れて見えなくなっただけなのか。いずれにしても辺りは元の静かな入り江に戻っていた。

「モオルダア。…あの、あとでかけ直しますわね」

混乱した様子のスケアリーだったが、しばらく気持ちを落ち着けるための時間が必要だったのだろう。モオルダアはモオルダアで盛り上がっていたので、スケアリーが偶然近くにいたとか、そういうことはそっちのけで、頭の中はさっきの発光物体でいっぱいになっていた。そして、スケアリーが電話を切って何も聞こえなくなるとやっと自分の携帯電話を耳から離した。そこでやっと、この携帯電話に付いているカメラで写真を撮ることが出来た、という事に気付いて猛烈に後悔していた。(ムギュ〜…!)