06. 翌日
モオルダアはスケアリーからの電話で起こされた。時計を見るとまだ朝の七時だったが、こんな時間から何をするのか?と思いながらモオルダアは支度を調えるとロビーへ向かった。疲れ切ってやつれている感じのモオルダアだったが、昨日はコンビニに行くことが出来ずに結局何も食べていないのでそうなるのも仕方がない。
「ちょいと、モオルダア大丈夫なんですの?」
あまりにも不健康そうなモオルダアを見てスケアリーが聞いた。
「まあ、何か食べるものがあればそれで大丈夫なんだけど。キミ、昨日イロイロと買い込んでいたみたいだけど、何か余ってない?」
「あることはありますけれど…。食事だったらちゃんとしたものを食べないと体に良くありませんわよ」
と言ったスケアリーだったが、実は昨日のうちに買ってきたものはほぼ食べてしまっていたのだった。最近お気に入りのブルボンのアルフォートだけはちょっとずつ食べる事にしているので残っていたのだが、モオルダアにあげるのはもったいないと思っているようだ。
「とにかく急いで捜査に出かけますわよ。午後からは快晴になるって予報ですし。細かいことは早いうちに済ませてしまわないといけませんわよ」
スケアリーの言っていることが良く理解できなかったモオルダアだったが、恐らく午後になったら海辺を散歩したりそういうことをするつもりなのだろう。そのためだけに早く起こされたモオルダアはさすがに不平を言いたくもなったのだが、彼女の車がないとどこに行くのにも不便であることは昨日の夜に実証済みでもあったので何も言わずに捜査へ出かけることにした。
二人は老人が謎の品を買ったという骨董屋にやって来た。やって来たのは良いものの、こんな朝早くから開いている骨董屋などありそうにない。もちろんこの骨董屋も例外ではなく、店のシャッターは降ろされていた。
周囲には商店も多く、そろそろ店を開ける準備をしているところもあったので、しばらくすればこの骨董屋も開きそうな気配ではある。モオルダアはどうしようか考えてみたものの、この骨董屋で話を聞かないことには何も先に進まないので、ここで待つしかなさそうだった。しかし、早く捜査を一段落させて海辺で遊ぼうとしているスケアリーは納得しないかも知れない、と思うとこれは面倒な状況でもあった。
「仕方ありませんわね。少し待ちましょうか」
しかしモオルダアが何も言わないうちにスケアリーから意外な提案があった。
「まあ、そうしようか」
なぜかモオルダアの方が乗り気ではないような返事だったが、とにかく店が開くまで待つようだった。
張り込みをしているワケでもないので、モオルダアは車を降りて近くにあった自動販売機で飲み物を買って来た。普段なら甘すぎて飲みたくないような缶コーヒーを買ったのだが、昨日から何も食べていないモオルダアにとっては、何にも勝るごちそうのように思えた。
空腹というのは素晴らしい。或いは苦労や不自由も同じなのかも知れないが。こういうちょっとしたことがこの上ない幸せに感じられるのだから、人はもっといろんなことに苦しんだ方が良いのだろうか?その方が人間として幸せになれるのだろうか?
あまりにもコーヒーが美味しかったのでモオルダアはどうでも良いことを考えていたが、この糖分たっぷりのコーヒーのおかげで捜査中に目眩がするとかいう事態に陥ることはなさそうだ。
幸せ気分で車のところに戻ってきたモオルダアだったが、スケアリーがいないのに気付いた。おや?と思ってモオルダアが辺りを見回すと、少し離れたところにスケアリーを見付けた。どうやらその場所から見える漁港の景色を写真に撮っているようだ。しかも携帯電話のカメラではなくて、単体のデジカメを持っていた。
スケアリーが文句も言わずに開店まで待つと行ったのにはそういう目的があったからのようだ。満足げに撮影した写真をデジカメのモニタで確認しているスケアリーであったが、彼女は彼女でまた幸せそうな感じである。
しばらく待つと骨董屋から店主らしき男が出てきてシャッターを開け始めた。そこへモオルダアとスケアリーがやって来て店主に声をかけた。開店早々に客がやってくるなんてことはほぼ無いことなので店主はちょっと驚いていたようだったが、二人が客でないと解るとさりげない落胆を一瞬漂わせてから二人を店の中へ案内した。
FBLの二人は依頼主の社長と、例の呪いの品について骨董屋に話した。そして、その品をリクエストした青年について何か知っていないか、と尋ねた。すると骨董屋は「あ〜、あれ」と、意外だとかホッとしたとでも言うような変な返事をした。骨董屋としてはスーツを着た捜査官がやって来て、扱っている商品に問題があるとか、もっと面倒な事を聞かれるのだとでも思っていたようだ。
「覚えてますよ。こんな店に珍しく若いのが来たりしてね。結局買ったのはあの社長さんだったがね」
「あなたはあの社長をご存知なんですの?」
「知り合い、って程でもないですがね。うちが何でこの街で骨董屋なんかやっているか、っていうとね、ここに休暇にやって来る金持ち連中が商品を高く買ってくれるからなんですよ。ああ、もちろんそれなりの価値のある商品ですよ。それでうちの方でもお客さんになってくれそうな人がいないか調べたりするもんでね。でもせっかく来たのにあの社長が買ってくれたのはオンボロの彫像でね」
「その彫像というのは何か特別なものだったりしませんでしたか?」
「特別かどうかは解らないがね。何しろ先代のころから置いてある商品だったし、捨てるわけにもいかないし、観光客が興味を持って買ってくれたらちょうど良いと思っていたんだがね」
「何か特別なところはなかったですか?刻印とかそういうのはありませんでしたか?」
その辺は熱心に聞きたがるモオルダアである。
「いや、特に興味をそそられるようなところはなかったかな。それにそういうものは専門外なのでね。ああ、そういえばあの若者もあの彫像に関してはイロイロと聞いてきて困ったよ」
「それはつまり、その若者は彫像が何であるのかだいたい解っていたという事でもありますね」
「そうではなくて、たまたま興味を持っただけかも知れませんわよ」
モオルダアが少し興奮気味になっていたので、スケアリーが遮るように言った。
「どっちにしろかなり気になっていた事は確かだな。実際に買いに来る前に何度かここに来て彫像の事を聞いてたしね。こっちはそこそこ古いものだという事以外に何も知らないんだし、良い迷惑だったがね。最後には買ってくれたんだし、少し高く買ってくれて小遣い稼ぎにはなったがな」
「その青年はどんな人でしたの?なにか特徴はありませんでしたの?」
「うーん…。そうねえ。…まあ、普通の人だったよ。服装とかはね。でっかいマスクしてたから顔はどうだったか。でも、まあ、普通の人だったな。先に言っておいてくれたらちゃんと顔も覚えてたんだがな」
冗談で言ったのか本気なのか解らないような言い方だったが、そんなことは出来るわけはない。しかし、ここまで話を聞いてみたところで何がどうなっているのかさっぱり解らない。青年が欲しがっていた彫像を社長がお金を出して買った。それはこれまでも解っていたことだし。その彫像についての情報は特に聞き出せていない。
「ところで、その彫像はいくらで売ったんですか?」
「ん?!確か、2万円ぐらいだったが。ちゃんと調べたほうが良いかね?」
「いや、別に。正確な値段はイイですよ」
なんとなく値段を聞いてしまったモオルダアだったが、捜査に関係があると思って聞いたわけではなかった。でもそれで彫像に関する情報がひとつでも増えたのだからそれでも良かった。
スケアリーは2万円という値段を聞いて「なんだか中途半端ですわ」と思っていた。
結局ほとんど収穫のないまま二人は骨董屋を出ることになった。モオルダアは彫像や呪いのことについてイロイロと考えていたので、スケアリーがすでに仕事を終えたような顔になっているのに気付いていなかった。
「それじゃあ、モオルダア。あたくしはちょっと行くところがありますから、あなたはバスを使ってくださいな」
考え事をしていたモオルダアが不意を突かれた感じで顔を上げたのだが、スケアリーは早くも車に乗り込んでいてエンジンをかけると中からモオルダアに軽く手を振ってから車を発車させた。なんだかスゴく楽しそうだ。
バスを使えと言われても、どこに行くかも決まっていない。だいたいバス停がどこにあるのかも解らないのだが。その前にそろそろ空腹に耐えられそうにないので、モオルダアは近くに食堂を探して遅めの朝食を、あるいは遅すぎる昨日の夕食を食べることにした。