「Curse」

12. 海辺の茶屋

 泥まみれで所々ほつれてしまったボロボロのスーツのままモオルダアは茶屋の窓際のに座って海を眺めていた。何か気に入らないことがあるのか、或いは難しい事を考えているのか、彼の表情は険しかった。もしかすると海に反射する日差しが眩しかっただけかも知れない。晴れた日の穏やかな海を見ていると時々感じるウンザリするような疲労感というものだろうか。

 そこへアウトドアウェアからスーツに着替えたスケアリーがやって来た。持っているバッグには恐らくこれまで着ていたアウトドアウェアが入っているのだろう。この茶屋のトイレを借りて着替えたという事に違いない。その前になぜ二人がこんなところにいるのかというと、謎の発光物体を目撃する前にスケアリーが気付いた事について話し合うつもりなのである。喫茶店ではなくて日本風家屋の茶屋なのは、スケアリーの行きたい場所リストにここが含まれていたからに他ならない。新聞を広げて二人で意見を出し合える場所ならどこでも良いのだが、せっかくなのでスケアリーの行きたい場所リストはなるべく消化したい、という事のようだ。

「それでは始めますのよ。なんだかおかしな事に回り道してしまいましたけれど、あたくしが天才捜査官の直感と推理によって発見した興味深い事柄について説明いたしますわね」

この味わいのある海辺の街を堪能しているスケアリーはかなり上機嫌なのか、時々モオルダアのやるような得意げな口調で話している。

「ここにあるのは最近一週間分の新聞なのですけれど、あたくしはあることに気付きましたのよ」

そう言いながらスケアリーは「あること」に気付いた記事が見えるように新聞を広げながら机の上に並べていった。

「わかりますかしら?偶然にしては出来過ぎじゃございませんこと?」

スケアリーが見せたのはいくつかの事故に関する記事だった。恐らく全国紙なら載らないような事故だったが、地方紙なら十分に価値のある記事でもあった。

 それらの記事によると、事故で大ケガを負った被害者は全てこの地域の出身者か、この地域で事業を展開している会社の人間であった。それも全員が社長や会長など、その会社の重要人物であった。

「きっとあたくし達に捜査を依頼されたあの社長も同じ事件の被害者に違いありませんわ」

スケアリーはこの新聞で記事になっている社長や会長達はただの事故にあったのではなくて、それらは何ものかによって仕組まれたものだと考えているようだ。そして、病院にいたあの社長も同様の犯人に襲われたという事なのだろう。

 モオルダアも興味深く思って記事を見ていたのだが、いつものとおり彼はちょっと違う意見だった。しかし、この記事の発見は何か重要なものに違いないとも思っていた。

「ただし、ボクらに調査を依頼した社長だけは何度も事故にあっているよね。ここに書いてある人達は一度の事故で大ケガをしているけど」

確かにそうだが、こういう話し方をするモオルダアはこれからおかしな事を言うに違いない。そう思うとスケアリーは少しずつ表情を曇らせていった。

「つまりどういうことですの?」

「人に呪いをかけたら、呪いをかけた人もそれなりの報いを受ける、っていうのがあるでしょ」

あるでしょ、と言われてもそんな迷信のような事は捜査に関係がありませんわ!とスケアリーは思った。

「何を言っているのか解りませんわ」

「あの社長の怪我の回数と同じだけ、ほかの社長や会長が大ケガをしているかも知れないよ」

スケアリーはそんなことがあり得るワケないと思っていたのだが、モオルダアの言うこともなんとなく筋が通っているように思えるのが気に入らなかった。何かを言い返そうと考えていたのだが、そこへ料理を持った店員が二人の席にやって来た。

「とにかく、この事故の被害者達については調べないといけませんのよ!」

そう言ってスケアリーは新聞を片付け始めた。

 困惑気味だった店員は新聞がどけられて出来たスペースに料理を置いていった。モオルダアの前には海鮮丼。スケアリーの前には海鮮定食が置かれた。茶屋と言ってもお茶だけを飲むような茶屋などあまりないので、利用するにはそれなりのものを注文しないといけないのだが、まだ夕方にさしかかったばかりの時間だがそれなりの料理を食べることになったようだ。

 もしかすると、先ほどモオルダアが険しい表情だったのは、変なタイミングで食事を取らなければいけない羽目になったからだったりするのかも知れない。ただし美味しそうなので実際に料理が出された今となっては、ここに来たのも間違いではないと思っていた。

13. また夜

 スケアリーは街の観光を、モオルダアは道に迷っているうちに一日の半分ぐらいが終わってしまったのだが、一応は新聞から手がかりのような記事も見つかって、全く無駄な一日ということでもなかった。

 ただ、夜になってしまうと出来ることもなくなってしまうので、FBLの二人は再び昨日のビジネスホテルへと戻ってきた。もしもこれが東京の都心だったりしたら、もっとやるべき事があるような気分になるのかも知れないが、日が沈むとヒッソリと静まりかえってしまうこの街では、どこに行っても何も得られないような気分になるようだ。

 昨日の失敗を繰り返さないために、モオルダアはビジネスホテルに戻る途中にコンビニで車を止めてもらった。その時にスケアリーも一緒に買い物をしたのだが、彼女はモオルダアの目が気になって大量の食料を買い込めずに、眠気を覚ますためのガムとペットボトルの紅茶だけを買っていた。

 それからホテルに戻ってきたのだが、今スケアリーはこっそり部屋を抜け出してまたコンビニに買い物に出かけている。


 モオルダアは昼間にスケアリーから聞いた一連の事故に関して何か情報がないかと思ってスマートフォンを使って調べていた。調べると言っても、事故にあった社長や会長の会社の名前でインターネット検索するぐらいしか出来ないのだが。特に何も情報が得られないまま、モオルダアはスマートフォンを机の上に投げ出すようにして置いた。

 やっぱりこういう時のためにノートパソコンがあったら良いのに、と思いながらモオルダアは細かい文字を読んで疲れた両目をまぶたの上から親指と人差し指でつまむようにして押さえていた。それから机の上に置いてあったコーラのペットボトルのフタを開けて三口ほど飲み込んだ。

 一度開けた後なので、フタを締めてあっても炭酸がかなり抜けていた。それでも一気に飲み干すのはなかなか難しい。というか、そんなことはどうでもイイのだが、モオルダアはどうして普段は飲まないコーラもこういう場所だと買ってしまうのだろう?とさらにどうでも良いことを疑問に思ったりしていた。

 それから、テレビを点けると普段は滅多に見ないバラエティ番組をテレビで見てから、まだ同じような事を疑問に思って、再びスマートフォンに手を伸ばした。

 今度はモオルダアが気になっているもう一つの事を調べるつもりらしい。それは、社長や会長が呪いによって事故にあったのではないか?という事だったのだが。ただし、そういうことをインターネットで調べたところでまともな情報が得られる可能性はかなり低いと言って良い。宗教的な儀式としての呪いというのもあるのかも知れないが、一般的にそういう話は全てエンターテインメントのカテゴリーに当てはまるものである。或いはカルト宗教の脅しの手段だったり。

 とにかく、モオルダアは知りたい情報を見付けられなかったようだ。そしてもう一度スマートフォンを投げ出すと、また目頭を押さえた。さらに、またコーラの残りを飲むとまたスマートフォンを取った。

 このままでは埒があかないので、さっきインターネットで見付けた「真後(まうしろ)心霊科学研究所」というところに質問メールを送ることにしたようである。


「初めまして。私は科学では解明できない事件や事故を捜査しているFBLのモオルダアと申します。質問があるのですが『人を呪わば穴二つ』というのは本当のことなのでしょうか?」


 スマートフォンの打ちづらいタッチパネルのキーボードで入力したので、まともに書いたつもりが良く解らない質問になってしまっているのだが。とにかくモオルダアはこの内容を「真後心霊科学研究所」に送信した。どんな返事が返ってくるのかは謎であるが。


 その頃、入り江の近くのあの森の中の神社のような所では…。


 ここは道路の街灯の灯りも届かないような場所。こんな真っ暗で人気のない場所で夜になって何かが起こるなんてことは考えられないのだが、そういう場所で何かが起こるのが超常的であり、the Peke-Filesなのである。

 夜も更けて深夜に近くなってくると、人が通るような道はこの神社から遠く離れた国道ぐらいしかない。そして、ここからすぐ近くの静かな入り江も夕方に釣り船や漁の船が帰ってきた後は人がやってくることはなかった。それはつまり、ここで何かが起きていてもそれに気付く人はほとんどいないということでもある。

 そして、この神社にある社のような建物でちょうど今何かが起きているのである。社の格子状になった扉から光が漏れてきている。その光り方はまさしく昼間にモオルダアとスケアリーが見たあの発光物体そのものという感じだった。明るく眩しいのだが熱の感じられない光り。

 その光りの漏れている社に近づく人影があった。その人物は社から光りが漏れている事に驚くようなそぶりも見せずに扉を開けた。扉を開けると光りが強まってその人物の顔をはっきりと照らし出した。そこにいたのは、今回の捜査でモオルダアを何度も驚かせているあのユニク○を着た男だった。

 扉を開けた男は黙って光りを見つめていた。男が見つめていると光りは不規則に明滅しているようだった。光りの中心に何があるのか解らなかったが、そこに何かがあるのは間違いない。そこに何もないのなら何が光っているか?ということだし。

 それはどうでも良いのだが、男は自分の両手を胸の前にあわせて祈るような仕草をしていた。そう見えるのはこの場所が神社っぽいからかも知れないが、男は真剣な眼差しで光りの方を見つめていた。光りが何度か明滅した後で男は話し始めた。

「私にはもう耐えられません。こうして人間達の姿を見ることも試練のうちという事なのですか?これはあまりにも酷すぎる」

男が光りに話すと、また光りは明滅した。光りが男の言葉に答えているようにも見える。

「それは解っています。この務めを終わらせるには。そして助言にしたがってFBLの男にも会いました。しかし本当に大丈夫なんでしょうか」

また光りが明滅した。

「そうですね。それはあなたに聞いても意味のないことでした」

男はうなだれると静かに社の扉を閉めた。すると中から漏れていた光もゆっくりと消えていき、辺りはいつもの真っ暗な夜の森に戻った。