25. また暗闇
暗闇の中の社では、ひとしきり涙を流した後に少し元気を取り戻したスケアリーが針金でロックされた扉を何とかしようと押したり引いたりしていた。ただ、内側には取っ手がなく、そこへさらに外の取っ手には針金がグルグルと巻き付けてあるので、どうやっても開きそうになかった。
この扉は本当に木製なのか?とか。この建物は一軒古く見えるのだが、どうしてこんなに頑丈になっているのか?そんな疑問も湧いてきた。それほど扉は堅く閉ざされているのである。扉を押すと少しは動くのだが、すぐにガンッという音を立てて何かにぶつかる。恐らく針金と取っ手がぶつかる音なのだろう。その音を聞くたびにスケアリーはモオルダアへの怒りがこみ上げてくるのを感じていた。しかし、今は冷静にならないといけませんわ、と彼女は思っていた。それでなくてもこの狭い空間に閉じ込められて正気を保つのが困難なのだから。
スケアリーは扉の格子状の隙間から外を眺めてみた。暗くて何も見えないが、この高台の向こうに見える夜空の手前に木々と草むらがあって、それが真っ黒い影になっているのが解った。
「あの中に変態で性犯罪者のモオルダアが隠れているのかしら。きっとあたくしが落ち着いていることに驚いて慌てているに違いありませんわ。あたくしは必ずここを抜け出してあなたを逮捕してみせますわよ。そして、世の中の女性達のために、あなたを刑務所送りにして一生出られなくして差し上げますからね」
スケアリーは心の中でそうつぶやいた。そうすることによって、少しは希望や勇気といったものが湧いてくるような感じもした。しかし、その時目の前に誰かが通ったような気がして、スケアリーは思わずひるんで後ろへ一歩引き下がった。
「何なんですの?!」
あれはモオルダアだったのだろうか?それとも違う誰かなのか?しかし、夜中にこのような場所に誰がやってくるというのだろうか?やはりモオルダアなのか。だとしたら彼は次に何をするのか。どこから何が襲ってきても対応できるようにスケアリーは身構えていたが、そこにいるのは女性が素手で立ち向かえるような相手なのだろうか?それがたとえモオルダアだとしても、今はどうしても彼女が不利なのは明らかである。
するとその時、突然静かだった森の中に風が吹き荒れ、社の外で枝や枯れ葉がぶつかり合って派手な音を立てた。スケアリーは突然の出来事に思わずギャッと悲鳴を上げてしまった。
26. カントリーパーク(仮)・事務所
部屋を閉め切ってさらにカーテンで窓を覆った部屋には青年が座っていた。もう何度も唱えたために何も見ずに暗唱できるようになった謎の言語による呪文を唱え終わって、今は精神統一をしているといった様子だった。そして、これから本格的な儀式が始まるようだ。
まず、青年はロウソクに火をともし始めた。机の上にいくつも並べられたロウソクに火を付けていくと、部屋の中が次第に明るくなった。明るくなると、この部屋がこの青年によって見事に改装されていることが解った。改装というよりも飾り付けのような感じだが、神社で見られそうな御札のようなものが貼ってあったり、幾何学的な紋章が描かれたタペストリーのようなものが壁に掛けられたりしていた。いろんな宗教をゴチャ混ぜという感じでもあったが、このある種の狂った空間にはそれがかえって相応しいものにも思えてくる。
そして、机の上には御恵来会の会長の写真が置いてあった。彼が今夜呪いにかけられるという事なのであろう。彼を呪い殺すことによって青年の目的は達成される。そして、その代償はなぜか呪いのアイテムの持ち主になってしまったスケアリーが払わなければいけない。ということはやはりスケアリーは大ピンチに違いないのだが。
そんなことは知る由もないし、知っていたとしても、この復讐心に狂う青年にはどうでも良いことに違いない。彼は静かに意味の解らない言葉で呪文を唱え始めた。そして、目の前に例の呪いの彫像を掲げた。
その時、モオルダアと記者は事務所の周りを調べて割れた窓を見つけると、ようやく事務所の中に入ったところだった。記者は急いで二階に上る階段を探そうと歩き出したのだが、モオルダアが慌てて後ろから記者の腕を掴んだ。記者は驚いてモオルダアの方へ振り返った。
「何ですか?」
「慌てたら危険だよ。こんな場所に隠れているぐらいだから、人が近づけないように罠がないとも限らない」
暗闇の中の緊張感が良い具合にモオルダアに作用して、かれは優秀な捜査官っぽい事を言っている。それを聞いて、やっぱりこの人はちゃんとした人だ、と記者は思った。そして、モオルダアの後について慎重に、かつ急いで階段を探し始めた。
広い建物であったが、構造は単純であったために階段はすぐに見つかった。そして、二人は物音を立てないようにしながら二階に上ると、外から光が見えた部屋の方へと向かって行った。すると、廊下の先に幽かな光の漏れてくる部屋が見えた。二人は一度ゴクリと唾を飲み込んでからそっちへと向かっていった。幸いここまで来る間に罠はなかったのだが、その後にモオルダアは少し後悔することになった。
モオルダアは部屋の前まで来て、その明かりの漏れてくる隙間から中を覗いてみた。するとそこでは青年の行っている儀式がかなり盛り上がっていたのである。早く止めないと儀式が終了して取り返しのつかないことになってしまう。モオルダアは思わず部屋の壁を叩いて叫き始めた。
「おい!やめろ。そんなことをしたって何にもならないぞ!」
すると中で儀式を中断させられた青年は怒りをあらわにしてドアの方に振り返った。