「Curse」

03. 病室の続き

 スケアリーはふと老人のいるベットの向こうにある窓の方に目をやった。西に傾き始めた太陽が静かに波打つ海に反射して外は更に明るく見えていた。外の明るさに目が慣れてくると海面に揺らめく光の粒の中を一艘のボートがゆっくりと通り過ぎていった。

 そんな外の光が窓から差し込んできて、落ち着いた白い病室を斜めに光と影の部分に分けていた。この古い建物の中で見るそんな光景は悠久の時という少し大げさなものを感じさせるものであった。それは同時に平和で穏やかな陰影でもあった。スケアリーはそんなところに絵画的な美を見いだして、なんとなく晴れやかな気分になっていた。この街が彼女が言うところの「ステキ」な街なのはそんなところに理由があるのだろうとも思っていた。


 スケアリーがステキな気分になっていることは知るよしもなく、他の二人は先ほどの話を続けた。

「私がこの状況を呪いだと思うのに根拠がないわけではないんだよ。まあ、私もいくつも会社を経営して財を成してきた者として多少はあくどいこともしたかも知れないがな。ただしそんなことが原因だとしたら世界中から金持ちはほとんどいなくなるだろうな」

そんな前置きはどうでも良かったが、この老人ってそういう感じのお金持ちだったのか、とモオルダアとスケアリーはここでやっと知ったようだ。それはともかく二人は黙って話を聞いていた。

「ただし、何かの理由で私が呪いの品を手に入れたとしたら、これは呪われてもしかたがない、ということになるだろ?」

「呪いの品ですか?!」

モオルダアの目がちょっと輝いてきた。古い建物が多かったり、それなりの自然も残っているこの街にはそんな呪いのアイテムがあってもおかしくない。というよりも、ここはそういう謎めいたアイテムが似合う場所でもある。そういうものは大都会よりもこういう場所の方が雰囲気が出て良いものだとモオルダアは勝手に思っている。

「つまりその呪いの品にどんな力があるか調べれば良いのですね。それは一体どういう物ですか?宗教的なシンボルがあったりしますか?それとも何か人形のようなものとか?」

「まあ、そう焦ってはいかんよ」

いきなり盛り上がって来たモオルダアに老人は少し驚いた様子だった。

「その品というのは私の手元にないんだよ」

老人が言うとFBLの二人は拍子抜けした感じがした。

「それはどういうことですの?呪いの品を持っていないのだったら呪われることはありませんわ」

「そうなんだが、これは最初から順を追って話した方が良いだろうな」

要領を得ない話にスケアリーは多少苛ついてきたようだったが、それほど単純な話でもないようだった。

「実は一年ほど前に結婚したんだが。何度失敗しても、時には傍に誰かがいないと寂しくなるものでね。その新しい妻の様子が最近ちょっと変だということで、調べることにしたんだが」

「その前に、その奥様はどのような方なんですの?あの…なんて言いますか、その…あなたのようなお歳の方だと…」

スケアリーは金持ちの老人の結婚と聞くと「昔から良くあるパターン」を想像してしまう。さらにその想像を膨らませると、老人の怪我の原因も解るような気もしたのだが。その前に本当に老人の妻がスケアリーの思ったとおりの人物かどうかを確認する必要があった。老人にもそれが解っていたのか、包帯の下に見える目で不敵な笑みを表現したような目つきになった。

「あんたが言いたいことも解るがな。妻とは40近く年が離れているよ。まあ、私もこの歳になってもそっちの方は衰えているワケでもないし、理由が何であれ若い女が嫁に来てくれるのなら拒む理由もないだろう」

そう言う老人の目は更に輝いているようにも見えた。モオルダアは体中に包帯を巻かれた老人からギラギラした男の欲望というか、そういうものを感じるというのはあまり心地の良いものではないとも思っていたが、それは気にすることでもない。老人は先を続けた。

「とは言ってもあいつも時にはこんな老人では満足出来ないという事なんだろうな。どうもあの女は外に男を作っているらしいんだな」

ここまではありがちな話だとスケアリーは思っていた。そして、もしかするとその妻とその不倫相手が何かを企んで老人に怪我を負わせたのでは?とも考えていたが、それを考えるにはまだ早過ぎるとも思っていたので、さらに老人の話を聞いた。

「こういう問題は疑っているばかりでは何も解決しないし、状況は悪化するばかりだからね。私はある人間を雇って妻の事を調べてもらったんだよ。すると私の思ったとおり、あいつは若い男と出来ていたんだよ」

「それはつまり、疑うべきはやはりあなたの奥様なんじゃございませんこと?」

「まあ、そんなに焦ることはない。もしもあんたの思っているような事をあいつがしたとしても、真っ先に疑われるのはあいつじゃないのかね?あんたは妻が遺産目当てに私を殺そうとしてると思っているんだろ?事故かなんかに見せかける、っていうのはいかにもな話だな」

老人が半分笑っているような口調で言うのでスケアリーはムッとしたのだが、グッとこらえて黙って頷いた。

「この話にはまだ先があるんだよ。私が妻の事を調べさせた男だけど、彼は私立探偵とかそういう類の人間ではなくてね。どうにも私は探偵みたいなのは信用できないような気がして、個人的に求人広告をだして、いわゆる素人を募集したんだよ。最近は便利な世の中になったよねえ。インターネットがあればそういうことは簡単にできてしまう。昔みたいに新聞に広告を出すなんて面倒で危険なやり方は必要なくなったんだから」

「それで、誰が応募してきたんですか?」

老人がもったいぶったような口調になってきたので、早く先を知りたいモオルダアが聞いた。

「まあ、普通の男というか。特に特徴もない若い男だったがね。素行調査には目立たないのが一番だろ?それはどうでも良いんだが、その男が妻の不倫に関する証拠を持ってきて契約どおりの働きをしたってことでな。約束した料金を支払おうとしたんだが、その男が変な事を言い出してね。料金はいらないから、あるものを自分に買って欲しいと言い出したんだよ」

老人の口調が多少大げさなのでスケアリーは面倒なことになってきましたわ!と思っていた。

「それは一体どういうことですか?」

モオルダアが聞いた。

「あの男は私にある品物を買って自分に渡せと言い出したんだ。しかもその品物は私が払うと約束した賃金の一割にもみたないガラクタみたいなものだったんだが。どうして自分で買わないのか?と聞いてもイロイロと理由を付けてお茶を濁すような始末で。私としては、その男にいくら払おうとどうって事はなかったんだが、あんまりしつこいもんで、しかたなく男に言われた品物を買うことになったんだよ」

「それがつまり、呪いの品ということですね」

「あんたはなかなか話がわかるようだね」

老人はモオルダアの方に目を向けた。

「どうも、そんな気がするんだよね。今考えるとそれ以外に私がこんな目に遭う原因があるとは思えないんだよ」

「それはどんな物でしたか?」

「なんというか、彫像のようなものだったな。特に興味はなかったから、私は金だけ払ってすぐに男に渡してしまったしな。買ったのはこの街にある骨董屋だがね」

話が怪しくなってきてモオルダアの目は輝きだして、スケアリーはどことなく苛ついたような表情なのはいつもどおりであった。

「一つお聞きいたしますけれど、あなたは奥様に対してどう思っているんですの?あなたの身に起こった事が呪いによるものかどうかを判断するのにも関連していますから、答えていただきますかしら?」

スケアリーはそう言ったが、本当はワイドショー的な好奇心で聞いただけだった。

「まあ、ホントのことを言うと、私を愛していてくれたのなら嬉しかったけどね。私も始めからそこまで期待していなかった、というのが正直なところだし。それなら私も私のやりたいようにやるまでだよ。キミ達には解らんだろうが、この世の中はある程度まではお金で全部出来てしまうんだよ。ただし、この体をもう少し長持ちさせないとせっかくお金があっても楽しむことが出来ないからね。キミ達には早いところこの呪いを解いてもらいたいものだね」

老人の話はだいたいこんな感じで終わりになったのだが、この話を聞いたために味わいのある街の素敵な雰囲気が一気に台無しになったとスケアリーは薄暗い気分になっていた。

 モオルダアは先ほどの話に出てきた骨董屋の場所などを老人から聞いていたのだが、スケアリーはいち早く病室を出て廊下の窓から外を眺めていた。そこからは海とは反対側の森の風景が広がっていて、これはこれでまた素敵な風景であった。そして、緑に輝く森を見て薄暗くなっていたスケアリーの気持ちにも多少の光が差してくるような気がした。

 そして、人間って悲しい生き物なんですわね、と心の中でつぶやいた。