10.
モオルダアは男が木の裏かどこかに隠れたのではないか、と思って辺りの木などを覗き込んでいた。すると、そうしているところをまた背後から呼びかけられて、またビクッとしなくてはならなかった。ただし、今度は聞き慣れた声だったので、変な悲鳴をあげるほどではなかった。
「ちょいと、何をやっているんですの?」
モオルダアに声をかけたのはもちろんスケアリーである。恐らく彼女もあの発光物体を追ってここにやって来たのだと思われるが、振り返ったモオルダアは別のところに驚いて言葉を失いかけていた。
「何なんですの?タヌキに化かされたような顔ですわね」
いろんな意味でそんな感じだ、とモオルダアは思っていたのだが、まず何から話すべきかちょっと考えてしまった。
「キミ、その格好どうしたの?」
そして、間違った事を聞いてしまったモオルダアである。しかし、モオルダアが気になるもの仕方がない。スケアリーはこの街に来る時に着ていたスーツではなくて、山ガールが好みそうなアウトドア・ウェアに身を包んでいた。
「どうしたも、ないですわ。あなたこそ、この森の中にスーツでやって来るなんて、どうかしていますわ!あたくしのように、臨機応変にその場にあった服装に着替えるのが一流のやり方ですのよ。ですから、いつ使うか解らないものはいつ使うか解りませんから、常に持ち歩いていなければいけませんのよ!」
スケアリーはどこかで聞いたことがあるような事を言っていた。そして、それはいくつか前のエピソードでモオルダアが言ったことだったに違いないが、それはどうでも良い。
スケアリーは自分の車のトランクにこういう時のための服装を用意していたのだろう。こんな事になると思っていなかったモオルダアはホテルに置いてある「優秀な捜査官セット」のカバンにもこういう場所用の服を用意していなかったので、どうにも悔しい気がしていた。というか、よく考えたら普通の着替えも持ってきていないのだが。この汗だくのシャツやスーツはどうするべきか?と考えたらちょっと憂鬱になってきた。
モオルダアは関係のないことばかり考えていて話が進まないようだったので、スケアリーが先に話題を変えた。
「あなたがここにいる理由はなんとなく解りますわ。そして、あたくしも恐らく同じ理由でここに来たんですのよ。でも、あたくし達が追っている物について、推測だけで話を進めるのは良くないと思いますのよ。ですから、お互いあの物体の痕跡や存在の証拠を見付けることだけに専念すべきだと思いますわ」
つまり、モオルダアが一言でも「UFO」とか「エイリアン」とか言ったらスケアリーはブチ切れますわよ!ということである。
「それは解っているよ。それに、ボクが見た限りでは、ここにアレの痕跡やなんかはないと思うよ」
「そうかも知れませんが、異なった視点で調べ直したら何が見つかるか解ったものではありませんわよ」
「まあ、キミがそうするなら、止めないけど。それよりも、ボクはまたあの男に会ったよ」
「あの男って、誰ですの?」
「ホテルにいたあの謎の男だよ」
そう聞いてスケアリーはちょっと心配になってきた。モオルダアがホテルで謎の男に会ったと言っている時にはふざけているのかとも思ったのだが、こんな場所でも謎の男に会ったなんて言い出すとは。もしかするとモオルダアは深刻な精神の病に冒されているのではないか?とも思ったりもした。
「それで、その方はどうしたんですの?」
「消えちゃったよ。消えたかどうかは解らないけどね。まあ、本当に悪魔ならそんなことは可能なのかも知れないけど、煙のように消えてしまったよ」
ますます怪しい。しかも昨日は「神様」と言っていたのに、今度は「悪魔」になっているのにもどことなく狂気を感じさせられる。
「ちょいと、モオルダア!しっかりしてくださいな。あなた食事はちゃんととったんですの?」
「まあ、おかげさまで」
「そう。それなら良いんですけれど。飢餓状態に陥ると幻覚を見たりすることもあるそうですのよ。でもそうでないとすれば、あなたは何か間違えていますわ。人が忽然と消えることはありませんですし、あたくしはここに来る時に誰ともすれ違いませんでしたのよ。ですから、そんな人はいないんじゃありませんこと?」
いなかったら、それはそれで気持ち悪い話だ、とモオルダアは思った。しかし、ここでは反論しても仕方がないし、またどうやって反論して良いのかも解らなかった。とにかく、もう一度二人で辺りを調べてみることにした。
そして二人して「この周辺を捜索するのと社長に依頼された事件の捜査が関係しているのか?」と疑問に思ったりもしたのだが、二人ともそれは特に言わないことにしていたようだ。
11. さっきの骨董屋
さっきの骨董屋ではFBLの二人が去った後、主人が店の裏にある倉庫にこもりきって何かを探していた。この骨董屋がいつからあるのか解らないが、先ほどの主人の話によると、少なくとも彼の父はこの場所で骨董屋をやっていたと思われる。
それだけに、この倉庫の奥の方には主人でも開けたことのない箱などが積み上げられていた。ただ、主人の父親も商売には熱心な人だったようで、箱の中には何が入っているのか良く解るようにラベル付きで整理されていた。売り物になるもの、ならないもの。そして、高く売れるものと、そうでもないものが一目で解るようになっていたのである。主人は今更ながら父親の仕事に感心していたが、彼が探しているものはそういう商売のためのものではなかった。
さらに、倉庫の中を探すと、主人はラベルに何も書かれていない箱を見付けた。その箱を手に取ると主人は中に入っているものを想像してニヤけそうになっていた。誰も見ていないのでニヤけても良かったが、中を確認するまでは冷静でいないと、箱を開けた時に望んでいないものが出てきたりするような気がしていたのだ。
主人はまず箱に積もっているホコリを吹き払ってから、もう一度確認した。やはりそこには何のラベルもない。しかし、他の箱と同じ厚紙の箱だったのだが、これは何かを入れるために特別に作られたようで、サイズも違う上にフタには模様付きの和紙が貼り付けられていた。
主人はゆっくりをフタを開けて、そしてやっとニヤけることができた。中には主人が期待していたものが入っていたようだ。主人は中に入っていた書物を取り出した。書物というか本なのだが。本というにはあまりにも古びているし、毛筆で直接書かれたような文字が書かれているので「本」よりは「書物」の方がその物の雰囲気にマッチしているのだ。
それはどうでもイイのだが、主人は慎重にその書物をめくって内容を確認していった。書物の見た目からすると江戸時代に書かれたもの、というような時代劇の小道具に使われそうな見た目だった。恐らく実際に相当古いものなのだろう。そして、古い毛筆の文字は普通ならなかなか読んで内容を理解することは出来ないのだが、さすがに骨董屋の主人だけあって彼には内容が解るようだ。
興奮を抑えるようにしながら最後まで読むと、主人はそれを大事にしまってからあるところへ電話をかけた。
「…もしもし。社長さんですか?私ですよ。骨董屋の。…ええ、このあいだはお世話様でした。ところで社長さん。あなた面白いものを買っていきましたねえ。あなたの状況は知っていますよ。…ええ、酷い話です。それで相談なんですがね…」
骨董屋の主人は何か新しい仕事に取りかかるようだ。