「Curse」

30. カントリーパーク(仮)・外壁

 モオルダアはパイプをつたってやっとの事で二階の高さまで登ることができた。手のひらが熱くなっていて、マメが出来ているようだったが、そんなことは気にせずに次の困難に立ち向かわないといけなかった。青年が儀式を行っている部屋はここから一部屋分離れていて、そこまで窓の下のちょっとした出っ張りに沿って行かないといけなかった。

 モオルダアは一度下を覗き込んだ。そして二階なら大丈夫と自分に言い聞かせた。実際にそれほど高いところにいる恐怖は感じなかった。モオルダアの高所恐怖症がひどくなるのは三階からのようだ。しかし、もしもバランスを失って落ちたりしたら、再び登ってくるまでに儀式は完了してしまうに違いない。それが一番恐ろしい事でもあった。

 壁にへばりついて少しずつ進んでいく。走るまでもなく歩いても二秒ほどで到達する距離なのだが、部屋に近づくのに数十秒もかかってしまった。そして、儀式の行われている部屋の外に辿り着くと、モオルダアは窓の一部から明かりの漏れている場所を見つけてそこから中を覗き込んだ。

 モオルダアは先ほど廊下から部屋の中を覗き込んだ時にこの窓を見つけたのである。鉄板で補強されているドアは破れなくても、この窓ガラスなら何とかなりそうだと思ったのである。

 部屋の中では青年の行っている儀式が盛り上がっていて、片手に彫像を、そして片手にはナイフをもってその両手を大きく上に掲げていた。窓が閉まっていてあまり聞こえないが、見た感じだと大声で何かを唱えているような感じだった。

 記者のクラスのマドンナのネタが失敗だったと気づいてモオルダアは慌ててポケットの中を探った。ポケットから出てきた手にはスケアリーの銃が握られていた。これで窓を撃ったらどうなるのか?と思ったがやめておいた。こんな至近距離でガラスを撃ったら何となく危ないような気がしたし、彼の理想とする優秀な捜査官もそんなことはしないはずだった。

 モオルダアは銃の銃身の部分を掴んでハンマーのようにしてグリップの部分で思い切り窓を叩きつけた。最初は効果がないように思えたが、何度も叩いていると次第に窓ガラスにヒビが入り、やがてパリンという音を立てて割れた。窓ガラスが割れると中から青年が大声で唱える呪文が聞こえてきた。意味のある言葉なのか滅茶苦茶なのか解らない言葉を熱心に唱えていたが、あまりに夢中になっているためにガラスが割れたのには気づいていなかった。モオルダアはさらに窓を叩いて割れた部分を大きくしていった。しかし、まだ問題がある。窓の内側には板が打ち付けてある。隙間があるのは外に光を漏らしていたその一部分だけだったのだ。これではせっかく窓を割ったのに中に入ることが出来ない。

 中では儀式がクライマックスを迎えようとしていた。「モルテン、ペコロス…、モルテン、ペコロス…」そんなようなことを何度も繰り返して唱えながら、片手に持った彫像と、もう片方の手に持ったナイフを次第に近づけていく。そして、両手が近づくとナイフは彫像に刺されて、それで儀式は終了という感じがする。もうあと数センチしか残っていない。このままでは儀式が完了してしまう。

 すると、その時である。窓の方からすっと何かが伸びてきて同時に「フッ」という音がした。そして、部屋にあったロウソクの一つが消えた。一つが消えるとまた「フッ」という音がして、またロウソクが消える。青年は異変に気づいて呪文を唱えるのをやめて何が起きているのか確認しようとした。しかし、その時にはすでに手遅れだったようだ。

「何をするんだ!あぁぁぁあああ、ヤメロオォ!」

青年は怒り狂って何を言っているか解らないような発音で怒鳴っていた。しかし、そうしている間にもロウソクは一本ずつ消えて行き、あっという間に部屋は真っ暗になってしまった。

「キサマァ…」

部屋が暗くなると同時に青年は気を失って倒れてしまった。そして、部屋の向こうの廊下の方からかなりくぐもった感じであったが「ヤッタァ!やりましたね!」という記者の声が聞こえてきた。

 モオルダアもそんな感じで喜びたかったが、ギリギリの緊張感と、そこから解放されたある種の虚脱感でしばらくは言葉も出そうになかった。

 モオルダアの手には塩ビのパイプが握られていた。それは記者が持っていたもう一本とつなぎ合わされて長くなっていたのだが、それを窓の隙間から差し込んでロウソクに近づけると息を吹き込んでロウソクを消していったのである。始めからこうするつもりでパイプを持っていったわけではなかったのだが、そこには何か不思議な力が働いたような気がしなくもなかった。それに、一本のパイプにはパイプ同士をつなぎ合わせるための部品がついていた事も幸運だった。もしかすると社のある山の下であった男は始めからこうなることを見越していたのかもしれない。

 それはともかく、どうしてロウソクを消すと儀式は失敗したのだろうか?

 モオルダアは窓の外から中の板をはがしてやっとの事で中に侵入した。そして、ドアのところの鉄板をどかして記者を中に入れた。その記者もどうしてロウソクを消したら彼が気を失ったのかが気になったようでモオルダアに聞いてきた。

 聞かれたモオルダアも特に理由はわからなかった。ただそうすれば儀式が失敗するような気がしただけなのである。理由があるとすればロウソクが消えて「雰囲気が台無しになったから」ということだろう。そうモオルダアが説明したが、記者には全然理解できなかった。

 モオルダアは気を失っている青年に手錠をかけて、それから床に転がっている呪いの彫像を手にとって。そして「これは持ち主に返すぞ」と青年に向かって言った。それから、まだやることが残っている事にも気づいた。スケアリーはいったいどうなっているのか。呪いの儀式は中断されたのだが、本当にスケアリーが安全になっているのかどうかはまだ解らない。

「ここは警察に任せて、早く行こう」

「行くって、どこへですか?」

記者はスケアリーの事など知らないので、何のことだか解っていない。

「まあ、行けば解るから」

「それと、警察に任せるって、なんですか?」

確かにそうだった。今時他人に呪いをかけたから逮捕なんてことは有り得ないのだが。まあ、この部屋にいるのは不法侵入とかに出来そうだし、彫像を手に入れた今となっては、とりあえずこの青年を見ていてくれる人がいれば良いということなのだ。モオルダアが警察に連絡した後で二人はスケアリーの所へ向かった。

31. みたび暗闇

 スケアリーの閉じ込められた社の周辺は再び夜の静寂に包まれていた。あれから謎の光はしばらくこの社に突進してきたのだが、突然その光が消え辺りは何事もなかったかのように静かになったのであった。それが儀式の中断した時刻と同時なのかは誰にも解らない。とにかくスケアリーはひとまず助かったのだと確信すると意識が遠のいていって倒れてしまった。

 短い間だったが深海のような深い重たい眠りの中で遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてスケアリーは目を覚まして、ゆっくりと起き上がった。

「スケアリー。大丈夫か?」

格子状の隙間の向こうに針金と格闘するモオルダアの姿があった。取っ手に何重にも巻いた針金はどういうワケか所々でちぎれかかっていて、また取っ手の周辺には無数の傷が付いている。

 針金をはずす時にそのちぎれかかった部分から針金が切れて、それで針金どうしが絡み合ってしまいすんなりはずすことが出来なかったのだが、やっとのことではずして扉を開けることができた。その頃にはスケアリーはだいぶ意識がはっきりしてきていたのだが、まだこれまでに起こったことが理解できずにボンヤリとモオルダアのしている事を眺めている感じだった。

「怪我はないか?」

モオルダアに聞かれたスケアリーは多分怪我はしていないだろうと思って「大丈夫ですわ」と答えた。厳密には扉を叩いたり、この狭い社の中で体をぶつけたりしたので、鈍い痛みが体中にあることは確かだったが。

「モオルダア、いったい何が起こったんですの?」

軽いショック状態にあるスケアリーはこれまでに起こったことを順に思い出すのも困難だった。もしかするとモオルダアに怒りをぶつけなければいけないんじゃないか?とも思ったのだが、それは違うような気がした。

「もう大丈夫だよ」

モオルダアが社に入ってきて手を差し出すとスケアリーはそれにつかまって立ち上がった。足下がふらついて少しよろめいたせいもあったが、スケアリーはモオルダアに抱きつきたい気分だった。しかし、そうするよりも前に彼女はモオルダアの後ろに記者の姿を見つけて自重した。

「大丈夫ですわ。何ともありませんわ」

そう言うと彼女は自分の足でこの恐怖の社から外に出た。外は相変わらず静かな真っ暗な夜だった。