17.
新聞社を出たモオルダアと記者だが、新聞社の前でいったん立ち止まって妙な間を作ることになった。
「どこですか?」
記者が聞いた。どこ、と言われてもモオルダアにはなんのことか解らなかった。
「いや、キミが案内するんだろ?」
確かに彼の同級生の家を知っているのは記者なのだが、おそらく記者のいっている「どこ」はそれとは違うようだ。
「キミはバイクかなにか?」
こんどはモオルダアが聞いた。
「いや?」
記者は否定にハテナを付けて答えた。
「車ならちょうど良い。早く行こう」
「いや?」
まだ二人の会話はかみ合っていないようだった。
記者はモオルダアが車でここにやって来ていると思い込んでいて、その車で目的地まで行くと思っていたのだ。一方のモオルダアは出来ればこの新聞社の車が使えるか、この記者が車を持っていれば都合が良いな、と思っていた。
こういう場所で電車とバスが移動手段の捜査官というのもなかなかいないと思うのだが。とにかく妙なやりとりの間に二人とも状況が飲み込めてきたようで、別の移動手段を探すことにした。
「じゃあ、自転車を借りましょうか」
自転車とはあまりにも優秀な捜査官のイメージからかけ離れているのだが、どうやら車はなさそうだし、歩くのは無理そうだし。かといってタクシーを呼んでもモオルダアの財布にはあまりお金が入っていないのはいつものことである。ここで見た目を気にしてもしかたないので記者の言うとおり自転車で行くことにした。
「これって新聞配達用の?」
「そうですよ。この近所に配達するのに別の営業所経由じゃもったいないですし。なんせうちはローカルな感じですからね。全国規模の大きな新聞社が本社から配達してたら面白いですけどね。それよりも、早く帰ってこないと夕刊の配達に間に合わないですから急ぎましょう」
「じゃあ、そうしようか」
モオルダアは初めて乗る新聞配達用の自転車にちょっと感激しそうになっていたのだが、優秀な捜査官としてはそんな事ではいけないので平然を装って自転車をこいでいた。ただし、新聞配達用の自転車自体が優秀な捜査官のイメージとはかけ離れているのはどうすればいいのか。それは考えてもどうにもならないので、出来るだけ格好良く見えるように自転車をこぐことにしたモオルダアであった。
記者の後について自転車をこぎながら、モオルダアはそろそろ見慣れてきた海辺の道を抜けていった。海のすぐそばの潮風が当たる道や、少し内陸に入った木々に囲まれた道を通っていくと、これまでとは少し違った雰囲気の住宅街に出た。少し違うといっても、モオルダアからすれば、ここに自分の住むボロアパートがあってもおかしくないような、普通の住宅街なのだが。ただし大きなマンションのような建物がない分だけ、広々とした印象があった。
モオルダアはこういうところにくると必ず陥る緊張感の欠如というか、そういうものに捕らわれ始めていた。住宅街は平凡な日常の象徴。モオルダアの望むような怪現象などとは縁のないそんな雰囲気に包まれてしまうようだ。
しかし、こういう場所にこそダレにも気づかれないようなミステリーが潜んでいることもある、とモオルダアはなんとか捜査に対する熱意を取り戻そうと努めていた。とはいっても、新聞配達用の自転車に乗っている自分の姿を思うと、なんとなく情けなくて、やる気も萎えてきそうなのだが。
そんなことを考えているうちに、前を走っていた記者がある一軒家の前で止まった。
「ここですよ」
そういって、その家を指さした。新しくもなければ古くもないし、大きくもなければ小さくもない、普通の一軒家だった。
「呼んでみましょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
なんとなく緊張感のないやりとりの後で、記者が呼び鈴のボタンを押した。
もしもここに青年がいて呪いの品を持っていたとしても、なんと言えばよいのだろうか?持っていたとしても彼は隠すだろうし、そうじゃなくてもそれだけで逮捕することもできない。もしかすると、いきなり呼び出したりするのはマズかったのかとも思っていた。しかし、止めるわけにもいかないのでモオルダアは記者を見守っていたが、その時ポケットの中でマナーモードにしてあった電話がブルブルし始めてモオルダアは一瞬ビクッとしてから電話に出た。だいたい予想はついたが、それはスケアリーからの電話だった。