「Curse」

04. 味わいのある街の普通のビジネスホテル

 二人は病院を出て車に乗った。これは事件と言えるのか?というところから考えないといけない話でもあったが、とりあえずは例の骨董屋に話を聞いて、あとは東京のFBLビルディングへ戻って何か関連しそうな事を調べるしかなさそうだった。

 モオルダアはそんなふうに思っていたのだが、スケアリーの運転する車は骨董屋ではなくてビジネスホテルの前に止まった。モオルダアが「えっ?!」という感じで運転席のスケアリーを見た。

「こういうことはしっかりと腰を据えて調べた方が良いと思いますのよ」

スケアリーはモオルダアが何も聞かないうちにモオルダアの「えっ?!」という表情に答えた。それだけで彼女が仕事そっちのけで、この綺麗で素敵な街をゆっくり楽しんでいきたいと思っていることがバレてしまっているようなものだった。

「だって、あれでございましょ?古くからありそうな街で、しかも外部とはちょっと隔離された感じがいたしますでしょ。なんというか、この街の独特な雰囲気ですのよ。ですから事件の鍵はこの街にあるに違いないんですのよ」

多少無理がある理屈なのだが、モオルダアも東京に戻って特に調べることのあてがあるのか?というとそれほどでもなかったので、スケアリーを説得してまで帰ることもないと思った。モオルダアがなんと思っていようと、スケアリーはすでに車を降りてフロントの方へ向かっていたのだが。


 突然やって来たFBLの二人にフロントの接客係は多少まごついていたようだったが、なんとか二人分の部屋は確保できたようだった。隣同士の部屋を取ることは出来なかったが、それは特に問題ないということで、二人はそれぞれの部屋へと向かった。

 一階の部屋に通されたモオルダアは、部屋に入ると窓のところに行きカーテンを開けて、いつものことを確認した。そして、いつもどおり窓の外には美しい景色ではなくて、隣にある建物の壁がそびえ立っているのを見た。モオルダアがゆっくりとカーテンを閉めて軽くため息をつくと、彼の携帯電話が鳴り始めた。それは別の部屋に通されたスケアリーからであった。

「ちょいと、モオルダア!もう外の景色はご覧になったの?素晴らしい景色ですのよ!森の向こうに見える海が夕日を受けて光り輝いていますのよ!ちょっとこれ写真を撮ってみんなにメールしますから、これで失礼いたしますわね。もう、こんなことならちゃんとしたカメラを持ってくるんでしたわ」

興奮しながらそれだけいうと、スケアリーは電話を切ったようで何も聞こえなくなった。そして、モオルダアはまたカーテンに手をかけて少しだけ開けると、そこからチラと外を覗いてみた。目の前の建物が何なのか解らないが、その向こうには綺麗な景色が広がっているということなのだろうか。少し見上げると、前の建物は一階建てで、一つでも上の階に行けばその景色が見られたということなのだが、モオルダアに見えるのはその建物の壁と、その上に細長く見えている薄暗い空だけだった。

「何か見えますかね?」

それはあまりにも突然だったので、モオルダアは変な悲鳴をあげる間もなく、いろんな驚きを通り越して普通に振り返ってしまった。自分以外には誰もいないはずの部屋で後ろから声がしたら誰だって驚くに違いない。

 モオルダアが振り向くと、そこには中年の男が立っていた。或いは相当な歳だが若く見える人とか、若いのに老けている人とか、そんな感じもする。そして、これといった特徴のない男でもあった。含み笑いをしているような男の表情からは危険な人物であるとは思えなかったが、モオルダアとしてはそれがどことなく不気味に思えた。

「な、なんですか?」

確かにそんな感じだったが、焦っているモオルダアの質問は彼の理想とする「優秀な捜査官」的な発言からはかけ離れていた。

「空に何か見えますかね?」

男が言ったが、そういうことではない!とモオルダアは思っていた。

「このホテルの従業員か何かですか?」

モオルダアは少し冷静さを取り戻して、こう聞き直した。ただし、どう見ても普段着の男が従業員とは思えなかった。着ている服は恐らくユニ○ロのシャツのであろう。そんなことはどうでも良いが、モオルダアの質問に男はちょっとニヤついた感じで首を振った。

「あなたに用があって来たんですよ。この状況はかなり厄介だ。なんとかして欲しいんですよ。本当に厄介なんだ」

「すると、つまりあなたはあの社長の関係者ですか?」

モオルダアが聞いたが、男はまた首を振った。(そういえば、あの社長は何て名前なんだろう?とモオルダアはちょっと思ってしまった。どうでも良いが。)

「あの男も酷い目に遭っているよね。だが、それは特に関係はないんだ」

「それよりも、人の部屋に入る時にはノックぐらいはしてくれないと…」

「ああ、いつも忘れるんだ。入る前にノック。入る前にノックね」

男は独り言のように二回繰り返して言った。この男は一体何をしにやって来たのだろうか?

「それで、あなたは一体何者なんですか?」

「まあ、何て言いますか。人知を越えた力を持つ人、と言いましょうか。私はそんな感じです」

「言っていることが良く解りませんが」

「理解しやすいように言えば、あなた方の考えているような神様とか、そういう存在ですね」

これはややこしいことになってきた。モオルダアの前に突然現れた男は自分の事を神様だと言い始めた。ユ○クロのシャツを着たこの男が神様と言っている。モオルダアはその発言にちょっとした狂気を感じて怖ろしくなった。

 きっとこの男はイカれているに違いない。そして、それは多分、突然暴れ出したり、ナイフを持ち出して襲いかかってきたり、そういう感じのイカれ方なのだ。理由もなく誰かを殺したりするタイプなんだ。良く解らないが、モオルダアは頭の中で男が暴れ出す光景を思い浮かべてしまった。

 モオルダアは自分の着ていた上着の掛けてあるハンガーの方に目を向けた。上着の下にはホルスターに入ったモデルガンがあるのだが、あれを使えばなんとかなるではないか?と思ったのだ。モデルガンであっても見た目は本物みたいに見えるし、もしこの男がモオルダアがFBLの捜査官であることを知っているのならさらに効果があるだろう。でも、逆にモデルガンを見たら逆上したりする可能性もあるのか?どちらにしろ、今はモデルガンが近くにないと落ち着いていられない。しかし、上着は部屋のドアのところに掛けてある。それは彼が今いる窓際から一番遠い場所だった。

「ああ、あまり気にしないで。慣れてないんですよ、何て言うか、人と喋るのが」

モオルダアが怯えていることを察したのか、男が言った。そう言われてモオルダアの不安は多少和らいだように思えた。この男がイカれているとうのは考えすぎで、本当に喋るのが苦手なのかも知れない。そういう人の話す内容は情報が欠けていたりして誤解を招くようなこともあるのだし。

「ああ、そうですか。それで、私に何の用なんですか」

モオルダアは多少引きつった笑顔で答えた。

「あなたの調べている事件だがね。あれは厄介なんだ。それはきっとあなたが思っている以上に厄介なんだよ。だからそれを伝えるためにやって来たんだよ」

男の言っていることには中身がないように思えた。

「それで、私にどうしろと?」

「それが解れば苦労はないんだがね。今の私には何もすることが出来ないんだよ。それなのに私はあの男を酷い目に遭わせないといけないのだし」

「それは、どういうことですか?まさかあなたが、あの社長に怪我をさせているのですか?」

「そこが厄介なのだよ。言ったように、あなたが思っている以上に厄介なんですよ、この問題は。たとえば、あなたがさっきしていたようにもう一度空を見てみなさい。そこには雲が垂れ込めているでしょう?手を伸ばせばそれをつかんで丸められそうなあの灰色の雲も、実際にはそうすることは出来ない。そうでしょう?そういう感じなんですよ」

モオルダアは話を聞きながら、男に言われたとおりに窓の外に目をやった。前の建物の壁とホテルの壁の間に見える細長い空には雲が垂れ込めていたが、それが掴めそうなほど低い場所にあるようには見えなかった。まあ、物の喩えということだからそこを気にしても仕方がないのだが。

 そう思ってモオルダアがまた部屋の中に視線を戻したのだが、また驚きで言葉を失ってしまった。さっきまで目の前にいた男の姿が消えていたのである。

 モオルダアは辺りを見回したあとにドアの方に行って、まずは洗面とユニットバスのある部屋を覗いて、さらにハンガーに掛けてあるモデルガンを取り出すと、ドアを開けて廊下を確認した。それから、さらにはベッドの下なども確認したのだが男の姿はどこにもなかった。

 モオルダアは携帯電話を取り出すとスケアリーに電話をかけた。

「スケアリー。もしかするとキミのところにも変な男がいくかも知れないから、気をつけて」

「何なんですの、それ?」

「いや、良く解らないんだが。もしかすると危険な人物かも知れないんだ。恐らくこのホテルの部屋の合い鍵か何かを持っているに違いないから。銃はいつでも手の届く場所に置いておくんだ」

「ちょいと、突然何を言うんですの?あなたのところで何かあったんですの?」

「まあ、あった感じなんだけど。もしかすると隠し扉とか、そういうものかも知れないし。とにかく気をつけるんだ。ユニク○っぽいシャツを着ている、中年か、或いは初老か、青年ふうの男なんだ。それから、その人は神様なんだよ」

説明すればするほど怪しくなるモオルダアの話である。

「ご忠告ありがたいですわ。ところで、モオルダア。あなた最近疲れていたりするんじゃないんですの?十分な睡眠を取るのが良いと思いますけれど、もし眠れないようなら、睡眠薬を飲んだ方が良いですわ」

「あの、そういうことじゃないんだけど。とにかく気をつけるんだ」

どうも調子が出ない感じのモオルダアだが、部屋にいるのも何となく落ち着かないので上着を着て部屋を出ることにした。