01. 手紙
怖い話をします。私が学校で同級生から聞いた話です。ある家に人形がありました。でもそこの家の人は人形があまり好きではないので困っていました。なぜなら、捨ててしまうのは可哀想だからです。それでその人は誰かに人形を引き取ってもらうことに決めたのです。
その人は家の前に「ご自由にお持ちください」というメモを貼り付けて人形をガラスケースに入れて置いておきました。その人形は高級そうな日本人形だったので、まもなく誰かが持って行ってくれたようでした。その人はホッとしていたのですが、それから恐ろしいことが起きたのです。
人形を誰かが持って行った次の日の朝のことです。その人が起きると誰かが持って行ったはずの人形が部屋に置いてあったのです。その人はビックリして怖くなったのですが、すぐに落ち着いて「これは誰かのいたずらかも知れない」と思いました。そして誰がいたずらをしたのか調べることにしました。
その人は家の前にまた同じように「ご自由にお持ちください」というメモを貼り付けた人形のケースを置いておきました。そして、家の中から誰がそれを持って行くのか見張っていました。しかし、その日は誰も人形を持って行きませんでした。その人は仕方なく人形を玄関において次の日にまた調べようと思っていました。でも次の日にまたおかしなことが起きました。
次の日の朝、昨日玄関に置いてあったはずの人形がまた部屋の中にあったのです。その人は今度こそ恐ろしくなりました。そして思い切って人形を捨てることにしたのです。ゴミ置き場に人形を捨てて、それをゴミの収集車が回収していくのを確認してその人はやっと落ち着きました。でもそれで終わりではありませんでした。
また次の日起きてみると、人形は部屋にあったのです。
その人は恐ろしくてとうとうその家から引っ越してしまいました。その家にいるとずっと人形がやってくると思ったからです。
これが私が同級生に聞いた怖い話です。でもこんな話を知らせるためにわざわざ手紙に書いて送ることはしません。手紙を書いたのは他に理由があります。
なんと、私はその人形のある家を見つけたのです。本当にその家かどうかは解りませんが、その家の前を通ると、いつも「ご自由にお持ちください」と書かれた人形のケースが置いてあるのです。そして、その中の人形は話に出てくるのと同じ日本人形です。予想と違って男の子の人形でしたが、私はこの人形が怖い話の人形と同じだと思いました。
ペケ・ファイルの人たちは怖い話などを調べていると聞いたので、この手紙を書きました。この家と人形のことを調べてくれたら嬉しいと思います。是非調べてみてください。よろしくお願いします。
四年 P. スズキより
02. 路地
モオルダアはメモに書かれた住所と、周辺の家の入り口のプレートに書かれた住所を交互に見ながらゆっくりと路地を歩いてきた。その後ろからどうにも気に入らない表情のスケアリーがついてくる。この辺りは戦後新たに計画的に作られたような住宅街とは違って、いくつもの蛇行した路地が複雑に入り組んでいる。なんでこんなに道が複雑なのかというと詳しい事は解らないのだが、昔からある道なので地形や小川のようなものに沿うように道や家が作られて、それが今まで続いているのだろうと考えると納得がいく。とにかく迷子になりやすい住宅街である。
彼らも目的地に着くまでに何度も道を間違えて、時には袋小路にハマったりしていたのだが、ようやく近くまでやってこられたようだった。
「ちょいと、モオルダア?こんなところまで来て、これって何か意味があるんですの?」
「それは調べてみないと解らないけどさ」
「けどさ、って何なんですの?だいたいなんでそんな子供の考えた怪談話みたいなもののために、あたくし達が動かないといけないんですの?」
「そんなこと言ってもさ、最近あまり登場できてないスキヤナーがさ。まあ、結局登場できてないんだけどさ。でも、これを調べろって直接指示を出してきたんだし、やらないワケにはいかないしさ。なんでも、この手紙の送り主っていうのは、スキヤナー副長官の甥っ子の同級生らしいけどね」
「どうでも良いですけど、その『さ』っていうのやめてくれませんこと?なんだかイライラしますわ」
「そんなことを言われても仕方ないけどさ」
モオルダアがわざと「さ」を付けたのが解ってスケアリーはブチッとなりそうだったが、こういう時は黙ってモオルダアを睨み付ければ彼はおとなしくなる。
おとなしくなったモオルダアは、何事もなかったかのようにまたメモに書いてある住所の家を探し始めた。ただ、探すまでもなく彼らはすでにその家の前に来ていたようだった。
「ここみたいだね」
「そうですわね」
二人は目的の家の前で何とも言えない気分になっていた。ここに来て、そんな人形など存在しないことを確認して、それで今回の捜査はオシマイのはずだった。色んな事を信じてしまいがちなモオルダアにしても、子供の考えた怪談話に付き合うほどではなかったのだ。
しかし、その家の前には人形の入ったガラスケースが置いてあったのだ。午前中のまだ弱い日差しのせいで道路に置かれた人形ケースはある種の古びた味わいを漂わせていた。あるいは薄汚れたガラスのせいで古く見えているだけかも知れない。手紙に書いてあったとおり、それは男の子の人形だった。マルマルとして肉付きの良い大きな瞳の男の子の日本人形。端午の節句の時にこんな人形が家に飾ってあった、とモオルダアは思っていた。(当時のモオルダアとしては人形なんかよりも、あの兜を自分でかぶりたくて仕方なかったので人形の記憶は曖昧だが。)
「これが呪いの人形ってことかな」
モオルダアはケースに貼り付けられた「ご自由にお持ちください」と書かれた紙を確認しながらスケアリーに言った。
「呪いだなんて、簡単に言わないでくださるかしら?それよりも、この人形が人知れず部屋に戻ってくるのかどうか、この家の方に聞いてみたらどうなんですの」
「まあ、そうだよね。でも、この家って…」
モオルダアが家の方を見て黙り込んだので、スケアリーもつられてそっちを見つめてしまった。これまで人形に気をとられていたので気づかなかったが、普通の人が見たら人形よりもこの家の方が少し異様だった。
この家も始めは普通の家だったはずである。20坪もないこの辺りにしては平均的な大きさな家なのだが、ミョーにゴタゴタしているのだ。なにがゴタゴタなのかというと、小さな門と玄関の扉の間にあるわずかな前庭のようなスペースに自前の部屋のようなものが作られているのだ。
ベニヤ板の壁と波板の屋根で作られたそれが何のためのものなのかは解らない。増築というには少々みすぼらしすぎるし、しかし仮に作られた建物としては手が込みすぎていると思われた。玄関の前に作られたその建物だが、門から玄関までは人が通れるようにトンネルのような感じに空間が作られている。
「これって、ダイジョブなのかなあ?」
モオルダアが言ったのは、法的にこの建造物がどうなのか?という意味だったが、スケアリーはそんな事はどうでも良いので適当に答えて早くこの家の主人に事情を聞いて帰りたかった。
ベニヤ板のトンネルの向こうの玄関のところに呼び鈴のボタンが見えたので、モオルダアは門を開けて少し慎重に身をかがめるようにして中に入っていった。
モオルダアが呼び鈴を押すと、しばらくして中から男性が出てきた。中年だがこぎれいな身なりで若々しい青年らしさを多分に残した感じの良い男性だった。スケアリーはモオルダアの後ろで少し「あらイヤだ…!」となってしまいそうだったが、あまり盛り上がらずに捜査に集中するように自分自身をコントロールできたのは、この玄関の異様なゴタゴタのせいかもしれない。
それはともかく、モオルダアとスケアリーはFBLの身分証を男に見せた。
「私はエフ・ビー・エルのモオルダア。こちらはスケアリー捜査官だ」
FBLと言われて誰もがそうするように、この男も困惑した様子だった。いったいFBLとはどういう組織なのか。モオルダアとスケアリーでさえも細かい事は良く知らないので、いきなりFBLと言われて困惑するのも無理はない。
「あの、警察の関係ですか?」
男が聞いたが、モオルダアはモオルダアでこう聞かれる度に少しウンザリした気分になる。しかし、ここでFBLがいかに重要で、さらに自分がその中でさらに重要な優秀な捜査官である、という事を細かく説明するヒマはないし、それが本当の事であるかどうかは自分自身にも解らないのだし。それでモオルダアもいつもこういう時には「まあ、そんなものです」と答えるのだ。
「あの、あたくし達は表に置いてあるお人形のことで話を聞きにやって来たのですけれど」
モオルダアが何となく落ち込んだ表情だったので、スケアリーが後ろか言った。
「アレは、あなたの持ち物でございますの?」
「ああ、あれですか。なんて言うか、多分私のものだと思うのですけどね。この家に越してきた時からずっとあったものなんで。…でも、あれに何か問題でもあるんですか?勝手に人にあげたりしたら法的にマズい事になるとか?」
法的にマズいといったらこの建物だ、とモオルダアは思ったがそれは関係ないので黙っていた。
「そんなことはありませんけれど。あの人形におかしなところとかありませんでしたかしら?」
「おかしなこと?…さあ、特にないと思いますが。私はあんまりああいう人形には興味が無いもので。かといって捨てるのもちょっと後ろめたいでしょ、人形って。それでああして置いてあるんですけど」
「家の前に人形を置くのはコレが初めてですか?」
あんまり話していても意味がないと思い始めたモオルダアが聞いた。男は何を聞かれているのかと思っているようだったが、ただ「ええ」と答えた。
「それじゃあ、今のところ用はないかな。もしもあの人形の事で何かあったらFBLに連絡をください」
モオルダアはそう言うと玄関の前から立ち去ろうとした。
「ちょいと、モオルダア…?!」
スケアリーはモオルダアが思っていたほどこの捜査に乗り気でないのが少しおかしいとも思ったが、確かにこれ以上聞く事はないようなので、最後にこの感じの良い男性に彼女も感じの良い笑顔を向けて礼を言ってから家を後にした。本音を言うとスケアリーはもう少しこの男性と話を続けたかった、という事でもある。何しろ素敵な方だから。