21. FBLビルディング
FBLビルディングに着いてモオルダアが向かったのはペケファイル課の部屋ではなくて技術者のいる部屋だった。ただ今度は暇つぶしに来たワケではなく、ちゃんと調べることがあるのだ。
技術者はいつものようにパソコンを使って色々と調べている。その横でモオルダアもなにやら調べているが、こっちの方は少し緊張感に欠けた様子だった。
「ホントにイタであってるんだよね?」
「それはそうに決まってますよ。警察の名簿にちゃんと書いてあったんですから」
技術者の作業が一段落したところでモオルダアが聞いたのだが。どうやらモオルダアはまだイタオタバタ刑事の名字と名前がどこで区切られているのか確信が持てないようだ。
「でも他の刑事からイタオとかイタオタとか呼ばれてんだよ」
「それは冗談なんじゃないですか?それに、ずっと一緒にいるのなら直接聞いたら良いじゃないですか」
「それはそうなんだけどさ。こういう事って一度タイミングを逃すとスゴく聞きづらくなるしさ」
「それなら名簿を信じるしかないですよ。そんなことより、良いんですか、こんなこと話してて?」
「全然良くないよ。というか、もう解ったの?」
「解りましたよ」
モオルダアは技術者に何かを調べてもらうように頼んだようだが、思ったよりも早く解ったようである。
「どうやら偶然聞き出せた情報により色々と明らかになってきたようですよ」
「そんな風に盛り上げなくて良いから、簡潔に説明してくれたまえ」
「ああ、そうですね。梅木の妻とされている人物のことから話しましょうか。これが他の事にも関連してくるんですが。梅木はこの女性と一緒に住んでいたということですが、法律上は結婚していなかったんです」
「籍は入れてない、ってやつ?」
「そうですね。どんな理由があったか知りませんが、梅木の本性を考えたら良かったかも知れませんよね。それはともかく、あの家を借りていたのが梅木とその親戚だけということが解らなかったのは、そこにも関係しているのですが。あの家を最初に借りたのは梅木じゃなくて梅木の妻、というか内縁の妻というやつですね。なので記録だけを見るとあの家はこれまで三人に貸し出されているように見えて、実はずっと梅木に関係する人が借りていたって事になるんです。まあそれはあなたが聞いてきた話が本当なら、ということですが」
「へえ、そうなのか。まあ、あのおばちゃんは嘘は言わないと思うよ。多少大げさな所はあるけど。というか、その妻は今どうしてるの?」
「そこまでは解りませんよ。ボクに調べられるのは記録として公式に残っているものだけですからね。一個人の生活の記録とか、そんなところまで調べるのはいくらFBLでも無理ですよ」
「まあ、そうだよね。もしかして梅木に殺されてるかもね」
「それ、本気で言ってるんですか?」
「いや、なんていうか。あんな写真とか見たらさ。関わった人はみんな殺されるんじゃないか?って思っちゃうしさ」
相手がスケアリーだったら、こんな話し方をしたらきっとイライラするに違いない、とモオルダアが考えると、彼は少し切ない気分になるのだった。今回の事件がきっかけで、もうスケアリーと一緒に捜査をすることがなくなるんじゃないか?という気がしてモオルダアは少し不安になっていた。彼女がいたらいたで上手くいかないことも出てくるのだが、一体どうしてそう思うのかはモオルダアにも解らなかった。
「なんか、ホントに酷いヤツなんですね。梅木って」
モオルダアの顔色が悪くなっているのに気付いて技術者が言った。
「そうだよね。でもボクらがそんなところをいちいち気にしていたらいけないんだけどさ。一応FBLなんだし」
モオルダアにそう言われた技術者は頷いていたが、自分がFBLの一員という自覚はあまりなかったりする。彼はホントにバイト気分のバイトのようだ。
「それよりも、その内縁の妻って人は何て名前なの?」
一人でしんみりしそうになっていたモオルダアが、これではいけない、と思ったようで姿勢を正しながら聞いた。
「名前ですか?えーと。徳久吉月(トクヒサ・ヨシツキ)って読むんですかね?これ」
モオルダアは変な名前だと思ったがペケファイル課の捜査で変な名前には慣れているのでそれほど違和感は感じない。どこまでが名字でどこからが名前かハッキリしているのならそれはそれで良いのだ。
それはともかく、モオルダアは徳久という名前を聞いて何か心に引っかかる物を感じていた。
「今、トクヒサって言った?」
「ええ」
ここに来て色んな事が明らかになってきたので、この名前に関して何が気になるのかすぐには気付かなかったのだが、ふとあの人形を思い出して「あっ!」と声を漏らした。
「ちょっと、そのトクヒサって名前の人形メーカーがあるか調べてくれる?多分小さな会社だと思うんだけど」
モオルダアが言うと技術者はすぐにパソコンに向かって作業を始めた。これは「インターネットで検索」するだけなので、わざわざ技術者がやらなくても済むことなのだが、技術者がやった方がサマになるのでこれで良いのである。
「ありましたよ。人形の徳久ホームページ。『人形は顔より心』だって」
思わず声に出して読みたくなるキャッチフレーズなのは否めない。モオルダアも密かに思っていたのだが、そんなことは気にしているヒマはない。よく考えたら梅木を殺した犯人というのはまだ誰だか解っていないのだし、犯人像も解っていないのだ。場合によっては第二、第三の被害者が出る可能性だってある。そう考えるとモオルダアは余計なところでニヤニヤしている場合ではないと、少し焦り始めていた。
「それ、会社の場所はどこになってる?」
「えーと、埼玉ですね。従業員の数からしてもかなり小さな会社ですし。生産も他の仕事も全部同じ場所でやってる感じじゃないですかね。というか、なんでこんな会社のことを知りたがるんですか?」
「どうやらバラバラだった色んな事が繋がり始めて来た気がするんだよね。そこって電車で行ける?」
「まあ、ダイジョブだと思いますよ。もしかして、このトクヒサっていうのは、梅木の妻だった人の…?」
「どうもそんな気がするよね」
何を思ったのか詳しくは解らないがモオルダアは急に目を輝かせながらその会社のある場所へ向かうようだった。