「監視」

19. 路地

 イタオタバタ刑事は同じ所に何度も来たりするのがそろそろ面倒だ、と思い始めていた。それはここへ来ようと言い出したモオルダアも実は同じだったりする。迷路のような路地にもだいぶ慣れて、地図を見なくてもほとんど道を間違えることはなくなったのだが、それがかえってこの路地を退屈なものにしてしまう。

 しかし、ここにはまだ何かがある。モオルダアの少女的第六感がそう告げているのか。あるいは今回に関してはどうしても梅木を殺した犯人を見つけないといけない、という彼にしては珍しい責任感が彼の中に芽生えているからそう感じるのかも知れない。

 とはいっても、あの家に入って何をしたら良いのか、歩きながらずっと考えていたのだがモオルダアには特に思い当たる所もなかった。ところが、梅木の家が見えてくる場所まで来た時にモオルダアは忘れていたあることを思い出した。

「そういえば、あの事件の時に警察が来たんだけど、あれ通報した人って…」

「ああ、あれですか。でもあれは、実はモオルダアさんが二階から家に侵入したのを泥棒と勘違いして通報したって事が解ったんで、特になにもなかったんですけど」

「じゃあ、その人から話は聞いてないってこと」

「ええ、一応確認だけはしたんですけど。特に問題は無いようでしたから。その人が何か?」

「詮索好きのおばちゃんはボロい監視カメラよりも優秀な時もあるんだよ」

イタオタバタはモオルダアに言われても良く解らなかったが、どうしておばちゃんが通報した、という事を知っているのか?というところも疑問だった。

 モオルダアも最初から知っていたワケではなかったのだが、この道に来た時にすぐに解ったようだ。彼らのいる場所から梅木の家を少し通り過ぎた辺りに例のおばちゃんがいる。彼女はFBLの二人が梅木に話を聞きにやって来た時にモオルダアに色々と話していったおばちゃんである。

 今彼女は箒を持って自分の足下を見ながら掃いているのだが、モオルダアが彼女を見つけるまで、彼女は明らかにモオルダア達の方を見ていたのだ。おばちゃんはいつもこうやって、この路地で何が起きるか見張っているのかも知れない。家の中にいてもきっと外の見える窓のそばで様子を窺っていたりするに違いない。

 おばちゃんは地面を掃きならがもチラチラとモオルダア達が近づいてくるのを確かめていた。しかし、モオルダアがそばまで来て声をかけるまで気付かないようなそぶりを見せていた。一応ここでおきた事件などには興味が無いというような所を見せておきたいのだろう。

「どうも、ご苦労様です」

モオルダアがFBLの身分証を見せながらおばちゃんに話しかけた。

「あら、なんなの?またあなた達?!」

おばちゃんは驚いたような事を言っているが驚いたような様子は全くない。

「先日はお騒がせしました」

「そうよまったく。ビックリするじゃないのよ、ホントに。二階から人が入っていったからホントに泥棒かと思ったのよ。そしたら、後から警察がたくさん来て、殺人事件だって言うじゃないの。やっぱりアレだったのよ、あの人。ホントに恐いわねえ…!」

黙って聞いているとおばちゃんは何を話しているのか解らなくなるので、モオルダアは会話になっていなくても聞きたいことを聞かないといけない。

「あの、あなたが二階から人が入るのを見る前の事ですけど、何か変わったことはありませんでしたか?」

「さあ、どうだかねえ。あの日はずっと家にいたんだけどねえ。うちからこの通りはよく見えんのよ。だから何かいつもと違うことがあったら解るはずなんだけどねえ。そうよ、あの女の人。あの人が玄関のところで何か探してたのよ。それから梅木さんが帰ってきてそれから二人で中に入っていったのよ。でもそれから何もなかったんだから、あの女が犯人に違いないわね」

「それは違うんですよ。詳しいことは言えませんけど。彼女には無理だったんです。だから、その後に誰かがこの家に入っていったとか、誰かが出てきたとか、そういうことがあったかどうか聞きたいんです」

「あら、そうなの?でも、それじゃあオカシイでしょ?犯人はずっと家に隠れてたって事なの?それに今でもずっと隠れてるってことなの?あなたそれじゃあんまりアレじゃないの?ホントにもう…」

アレとはなんだか解らないが、おばちゃんの言っていることはけっこう正しかったりするのだ。事件後に調べたところによると、モオルダアが駆けつけた時に開いていたあの窓以外に鍵の開いた窓や扉は無かったのだ。もしも誰かが出入り出来るとしたらそこしかない。それに、外から鍵のかけられる出入り口はおばちゃんの家からもよく見えるあの玄関しかない。

 このおばちゃんの話し方からすると、サスペンスドラマをよく見ているタイプのおばちゃんだとモオルダアは分析した。そんなおばちゃんにこんなことを話したら大変な事になるので、現場がほぼ密室状態だった、ということは話すわけにはいかない。

「それじゃあ、オバケでも出たんですかね…」

話をはぐらかすのにオバケはどうなのか、という感じもしたが、モオルダアの何気ない一言から思いがけない情報が手に入ることになった。

「なんなのよオバケって。ああ、でも知ってる?」

「なにをですか?」

「あの家ね。オバケが出るってウワサもあるのよ!」

ここまで来て後ろにいたイタオタバタはそろそろ終わりにすべきなのではないか?と思っていたが、モオルダアは少し顔色が変わって目が輝き始めていた。

「オバケですか?」

「そうなのよ。でもそれもずいぶん前の話なんだけどね。この家ってちょっとアレでしょ?なんでそうなのか?っていうと元がアレだから事情が複雑なのよね。それで前に住んでいた人がね、もう恐いから早く出て行きたい、なんて言うのよ!」

「あの、落ち着いて話してくれませんか?それじゃあ、ボクには何にも解りません」

「あら、そうなの?警察なのに理解がないんだからもう。要するにね、この家って元々の持ち主が亡くなった時に親族が相続したんだけどね。ここに住むわけにもいかないし、かといってアパートなんかに建て替える資金もない、ってことで仕方なく借家にしたのよね」

どうも長い話になりそうだが、大丈夫なのだろうか?モオルダアは少し不安になったが面白そうなので聞くことにした。

「それで最初に借りたのがあの梅木さんだったのよ」

「最初に、ってことは一度引っ越したんですか?」

「そうなのよ。それもあなた、アレなのよ。最初に来た時にはね奥さんと一緒だったのよ。ホントに何が起きるか解ったもんじゃないわよねえ。それがしばらくしたらどうなったと思う?」

「さあ…?というか、梅木は結婚してたんですか?」

「そうよ。それがアレなのよ。梅木さん、奥さんに逃げられちゃったのよ。ホントに気の毒になっちゃったわよ。あの人それからしばらくずっと顔色悪かったものねえ。それでおかしくなっちゃったんじゃないかしらねえ。あんなにハンサムだったのにねえ。性格がアレだったもんだから仕方ないわよねえ、ホントにもう」

「それで、オバケっていうのは?」

「なに、オバケって?…あらやだ、そうだったわね。すっかり忘れてたわよ。それでね、奥さんがいなくなったら、この家で一人で住むのは広すぎるでしょ?それでね、梅木さんの親戚って人に家を又貸ししたのよ。梅木さんよりも人当たりは良かったし、私もいつも挨拶してたわよ。でもちょっと変わってる人でね。あの家の周りの変なのあるでしょ?それはその人が作ったのよ」

「何のために?」

「そんなの知るわけないじゃないの。でも日曜大工が趣味って言ったから、アレよ。あんな物が無かったら立派な家なのにねえ、もったいない」

「それで、オバケっていうのは?」

「そうなのよ。それがね、その親戚の人がこの家から引っ越したいから誰か借りる人はいないか?なんて言うからね、どうして引っ越したいのか?って聞いてみたのよ。そしたらね、最初は言いづらそうにしてたんだけど、そういうことだって言うじゃない」

「つまりオバケが出ると?」

「そりゃ、オバケとは言ってなかったわよ。でも自分以外に誰もいないはずの家で別の部屋から音がするとか、そういうのが気味が悪いって言ってたのよ。それから変なウワサが広まって、みんながオバケ屋敷って呼ぶようになったりしてね」

どうでも良いことだが、そのウワサを広めたのはこのおばちゃんに違いない。

「そんなことがあってから、すぐに梅木が戻ってきたのよ。奥さんとは別れたままだったけど、この近くで仕事を始めるってことで。例のオバケの件もあったし丁度良かったわよねえ」

「ずいぶんと詳しいんですね」

「当たり前じゃないの。あたしの住んでる家はそこ。それで実家は三軒となりのあそこ」

「ええ…」

「あら、解らないの?もうホントにダメなんだから。あたしがあそこの実家にいた時にずっとあこがれてた三軒となりの男の子が今のあたしの旦那なのよ!もうちょっと、照れるじゃないのよ、ホントにもう」

なんだか知らないが、余計なことを勝手に喋っておばちゃんがちょっと赤くなっている。とにかくこのおばちゃんは子供の頃からずっとこの通りにいるのだし、何でも知っているに違いない。聞けば何十年も前に起きたことも知ることが出来るかも知れないが、そんなことには意味がないので聞かない。

 ずいぶん長い話だったが、まとめると梅木には以前妻がいてここに住んでいたことがあって、そのあとにオバケが恐いと言っていた彼の親戚がこの家に住んで、さらにその後に独り身の梅木が戻ってきたということだ。しかし、梅木に妻がいたとは、だれも気付いていなかったのだが、どういう事なのだろうか。