「監視」

26.

「良いんですよ。解りました。私の言っていることが本当だという事を証明してみせますよ。良いですね、モオルダアさん?」

モオルダアは何で自分に確認するのか?と思っていたのだが、その理由はすぐにわかった。

「あなたがあの人形を家に持ち帰った日のことですが、私は全てを見ていたんですよ。きっとこういうことになると解っていたから、ヨシツキが全てを教えてくれたに違いないですね」

全て、ってどこまでだろう?とモオルダアは思っていた。程度によってはちょっと良くないのだが、モオルダアの了解など最初から得る気はなかったようでキネツキが続けた。

「あなたは最初人形を詳しく調べていたようですね。いつからそうしていたのか解りませんが、私が見たのはそこからでした。そして、人形を調べ終わるとテレビをつけました。でも特に見る番組もなかったようで、一通りチャンネルを回すとすぐにテレビを消して次にパソコンでインターネットを始めましたね」

モオルダアは黙って頷いていた。

「最初に見ていたのはキャッホーというサイトのニュース一覧。それからキャッホースポーツ」

「だいたいそうですね。解りましたよ。あなたが見ていたのは現実の事だと思いますよ」

モオルダアが言ったが、そこですかさずイタ刑事が割って入った。

「ちょっと、モオルダアさん。そんなんで良いんですか?ボクは警察として、そういう呪術めいた話を簡単に信じるわけにはいかないんですよ。それに、今キネツキさんが言った内容ですけど、人形を調べたところ以外はボクにだって当てはまるかも知れない、普通の行動じゃありませんか?」

イタ刑事は少し熱くなって話している。キネツキはそれに反して冷静に彼の言うことを聞いていた。

「そう言ってますけど、どうですか?モオルダアさん」

「ダメですよ、モオルダアさん。もっと決定的な証拠がないと、ボクは信じませんよ」

モオルダアが黙っているので、イタ刑事が代わりに答えた。

「そうですか。それじゃあ、その後の事も話しましょうか。その後にモオルダアさんが見たのは『グラビアアイドル見放題!』そのあとは『大好き!レースクイーン』それから…」

「アハハハ!」

そこでモオルダアが乾いた笑い声を上げて話を遮った。

「ご、誤解されたら困るんだけどねえ。あ、あれだよ…その。そういうところって、著作権とかそういうのの問題がクリアになってない場合があるだろうしね。そういうのを調べるのもボクらFBLの仕事だって、…多分キネツキさんは知らないと思うけどね。アハハハ!これ、変なふうにとられると困るんだよね…」

モオルダアはイタ刑事の冷たい視線を横から感じながら苦しい言い訳をしていた。それからさっきからキネツキがモオルダアと目を合わせようとしない理由も何となく解ってきた。

「これで解ってもらえましたね」

キネツキがイタ刑事に向かって言うと彼も黙って頷いた。

 中途半端に誤魔化したために完全に面目を失っているモオルダアであったが、ここで小さくなっている場合ではないことを思い出した。今の彼の使命とはなにか。それは超常現象が存在している事を確認して盛り上がることではない。それよりもスケアリーの潔白を証明できるだけの証拠を見つけないといけないのだ。

 超常現象と呼べる現象は確かに起きていた。あるいはもっと単純に人形に仕掛けがしてあっただけかも知れない。人形にカメラが仕掛けてあるとか、そういうたぐいの事なら後で調べればすぐに解ることだ。だが、今のところスケアリーの潔白を証明できる証拠というのはあまりない。

 その証拠として今のところ一番役に立ちそうなのが現場で見つかった皮膚だが。そこからとれたDNAとキネツキのDNAとをくらべてそれがヨシツキのものである可能性があったとしても、決定的な証拠にはならない。ヨシツキはあの家に住んでいたことがあり、ここ数日間で事件が起きた時間以外にあの家にいた可能性がないとは言えないのだ。そして、その時にロープに触った可能性も同様である。もしも彼女が生きていればの話だが。

 しかしモオルダアにはさっきのキネツキの話からどうしても矛盾のようなものを感じずにはいられないのだ。どうして梅木が殺されるところだけ見ることが出来なかったのか?

 モオルダアはさっきの恥ずかしい思いを振り払うように咳払いをしてからキネツキに聞いた。

「確かに、あなたが人形の目を通して離れた場所の出来事を見ることが出来る、というのは本当のようですね。しかし、どうして一番重要なところだけ見えなかったのか。ボクはそれが気になるんですよ」

キネツキはあれだけ恥ずかしい事になったのでモオルダアはそろそろ帰るのかと思っていたのだが、ここでそんなことを言われるのは少し意外だと思った。

「そんなことを言われても仕方がありませんよ。人形は自由に動き回れるワケじゃありませんし。きっとそこにもヨシツキからの何かのメッセージが隠されているんじゃないかと、私はそんなふうに考えていますよ」

「そうでしょうかね?」

キネツキの言うことを聞いてさらにモオルダアの疑いが深まってくる。

「あなたは梅木が女性を襲って虐待する場面はちゃんと見ていたんでしょう?そういうのって、多分最初は女性が逃げようとして部屋のあちこちを動き回るから人形の視界から外れるとも思うのですが」

「そういうことは部分的にでも見えていれば何が起きたか解りますよ」

「まあ、そうかも知れませんが。でも、もう一つはガラスケースの角が見えたってやつですが。人形の顔の位置からガラスまでは10センチもないですよね。そこからガラスケースの角の部分っていうと、こんな感じですかね?」

モオルダアはそう言って両手を広げた。その両手の端と端がガラスケースの端という事を言いたいのだろう。

「人形の大きさを人間の大きさに置き換えると、目の前のガラスまでは50センチとか60センチですかね。その距離でこの幅の端と端を視線を動かさないで見ることが出来るか?というとちょっと無理じゃありませんか」

「ええ、そうですね」

「つまり、あなたは自由に周りを見渡せたんじゃないですか?あるいはあなたにその映像を見せている何かは人形の視線を自由に動かすことが出来た、ということかも知れませんが」

「だったら何だって言うんですか?」

キネツキは怒っているのか、動揺しているのか、少し震える声で言った。

「もしも、あなたの言うとおり、映像を見せているのがヨシツキさんの意志ということだったら、一番重要なところだけ見せないというのはおかしいと思うんです」

「どういうことか解りません」

「ヨシツキさんは梅木への復讐を遂げるところを見せたかったんじゃないですか?そして、あなたはヨシツキさんが梅木を殺すところを人形の目を通して目撃したはずです。だけど、あなたはヨシツキさんをかばうとか、彼女の名誉のために何も見ていないと言い張ってるんじゃないでしょうか?」

「ヨシツキは死んでるんです。そんなこと出来るはずありません!」

モオルダアを遮るようにしてキネツキが声を荒げた。

「えっ?!でも、さっき死んでるかどうかは解らないって…」

キネツキがヨシツキが死んでいると言い出したので、思わずイタ刑事が口を挟んだ。するとこれまで必死に何かに耐えていたような感じだったキネツキの表情が一気に崩れて両目から涙があふれ出して来た。すぐに両手で顔を覆ったキネツキだったが、こみ上げてくる嗚咽を止めることは出来なかった。

「あれはヨシツキじゃありませんでした。あれは生きている人間の姿じゃない。あれは生きている人間に出来る事じゃないんです」

嗚咽が治まるとキネツキが堰を切ったように話し始めた。

「キネツキさん、落ち着いて」

モオルダアに言われるとキネツキは一度大きく息を吸い込んだ。それを大きなため息にして吐き出すと、少しの間目を閉じてうつむいてからまた話し始めた。今度は絞り出すような話し方になっている。

「取り乱してすいませんでした。でも、私の言うことが理解してもらえるかどうか…」

イタ刑事は唖然としてモオルダアを見たが彼は黙って頷いていた。

「長いこと一緒に暮らしていたら、どんなに姿が変わっていてもそれが自分の妹だということは解ります。そうなんです。私が見たのはヨシツキでした。骨と皮だけのように痩せ細って、しかもわずかについている肉はほとんど腐っているように、気持ち悪い灰色に変わっていました。それだけで生きている人間だとは思えないのですが。もしかするとあれがヨシツキの最後の姿だったんじゃないかと思うんです。あれは…、いやヨシツキはゆっくりと梅木の方へ進んでいきました。まるで怯える梅木の姿を見て喜びをかみしめているかのように。顔も半分爛れてそこには表情なんてものはなかったのですが、私にはそんなふうに見えました。梅木はあまりに恐かったのか、それとも他の力があったのか解りませんが、尻餅をついて後退っていく時に苦しそうに胸を押さえていました。それでも何とか逃げようとする梅木にヨシツキが少しずつ近づいて行って、手に持っていたロープで梅木の首を絞めました。梅木はもがき苦しみながらヨシツキを見ていました。あの時の梅木の表情。恐怖のあまりに別人のように、そして醜いあの梅木の顔…」

モオルダアはここであの家に踏み込んだ時に見た梅木の顔を思い出してゾッとしていた。

「あいつのした事を考えたら当然の報いかも知れません。梅木は恐怖の中で死にました。そしてヨシツキの姿はそこから消えて見えなくなりました」

イタ刑事は何とも言えない複雑な表情で聞いていたのだが、いちど唾を飲み込んでから口を開いた。

「それは、つまり…。幽霊ってことですか?」

そういう言い方であっているのか解らないが、キネツキの話からするとそう呼ぶのが一番適している。キネツキは黙って頷いていたが、イタ刑事はどうして良いのか困っていた。こんな話を他の刑事に言っても信じるわけがない。モオルダアにしてもそれは同様だった。ただし、モオルダアとしてはこれでスケアリーが梅木を殺したのではないという確信は持てたようだ。

「キネツキさんはどうしてあのタイミングでそのようなことが起きたのだと思いますか?もしかしてスケアリーを助けるためにヨシツキさんが現れたとか?」

「それは違うと思います。確かにそうですね。もっと別の時に梅木を殺すことが出来たはずですよね。でも私は思うのですが、梅木があの人を襲った時に何かが起こったんだと思います。あの梅木の悪魔のような本性がヨシツキの復讐の心を呼び起こしたのだと…」

ここまで話した時に急にキネツキの様子が変わった。一瞬何かに驚いたように目を見開いた後、怯えたような表情で中空を見つめている。

「どうしました?」

「いけない。ヨシツキはまだ復讐を続けようとしている。…ダメよ!その人は関係ない!」