「監視」

12. 増築探索

 モオルダアはすぐに刑事や警官達と共に例の増築部分の捜査を開始した。この若い刑事は先ほど長々とスケアリーに尋問をしていた刑事とは違ってFBLに好意的な印象であった。もう一人の方はというと、この家に女性を何人も監禁するようなそんなスペースは無いと言ってモオルダアを鼻で笑っていたのであるが。とにかく若い方の刑事の協力のおかげで少しは捜査が楽になった。

 玄関の前から入れる二つある増築部分の片方には何もなく、怪しいのはもう片方であるという事がすぐに解ったのだ。そして、それは最初にスケアリーが呻き声のような音を聞いて入った方だった。あの時に梅木はそこに犬がいると言っていたが、果たして本当なのだろうか。

 モオルダアと刑事はその廊下のようになっている部屋を進んで最初の角を曲がるとすぐにもう一つの扉があって、そこには鍵がかかっていることを確認した。鍵といっても扉と壁に付けられた金具に南京錠をかけたものだったので、鍵はなくとも開けるのには苦労はいらない。鍵は頑丈なのだが、ベニヤ板に固定された金具は簡単に外せるように見えたのだ。

 刑事はその金具を外すのに何か工具を見つけてくるように警官に命令してから警官が戻ってくるのを待っていた。特に話すこともなく一同静まりかえっていたのだが、その時扉の向こうから甲高い呻き声のような音が聞こえてきて、そこにいた誰もがゾッとして肩をすくめてしまいそうだった。

「今の、何ですかね?」

刑事がモオルダアに聞いた。

「さあ…」

モオルダアもまだ背筋にゾッとした余韻が残っている感じだったので、そう答えるだけで後に言葉は続かなかった。アレが人間の出した呻き声だと思うと異様な感じがする。ただ、先ほど見た梅木のコレクションの写真のせいか、それが人間の呻き声のような気がしてしまうのだ。梅木の歪んだ欲求のままに痛めつけられて、正常な精神を失ってしまった人間はもしかすると、あんな人間離れした呻き声を出すんじゃないのか?とモオルダアは思ってさらにゾッとしてしまった。

 そこへ工具を探しに行っていた警官が戻ってきた。

「これで完璧ですよ」

警官が得意げに「バールのような物」を掲げて持ってきた。そしてバールのような物でこじ開けるのには最適な扉を警官がバールのような物でこじ開けた。

 金具が外れたが、まだ扉は閉まっている。その向こうに何があるのか。そこにいた誰もが少し緊張した面持ちだった。危険な事はあまりないとは解っていたが、もしかするとこれまで想像もしなかったような凄惨な状況を目の当たりにするかも知れないのだ。

 刑事は一度モオルダアの方を見ると、モオルダアもそれに気づいて小さく頷いた。その後刑事は扉を開けた。一同、固唾をのんでその中をのぞき込んだ。

 モオルダアは安心したようなしないような、複雑な気分でその中を見つめていた。そこにいたのは被害者の女性ではなかった。梅木がスケアリーに言っていたとおり、そこには犬がいたのだ。しかし、その中型の犬は決して病気などではない。

 全身が傷だらけでほとんど死にかけて、うずくまったまま動かない。この犬も梅木にやられたのだろうか。梅木は人間を痛めつけることが出来ない時には、犬を痛めつけて欲求を満たしていたのだろうか。

 ここにいた誰もがそう思ったようで、しばらく哀れな犬を見つめたまま沈黙が続いた。そして、沈黙を破ったのがさっきバールのような物をもってきた警官だった。

「なんてヒドいことを…」

あまりの惨たらしさにたまりかねたように警官は犬の方へ近づいて行った。まだ誰がこの犬をこんな目に遭わせたのかは解っていないのだが、あのおぞましいコレクションのアルバムを作った人間がこんなことをしたということなら、それが犬であってもなんとかして助けたくなるものである。

 警官はほとんど動かない犬に手を差し出した。すると突然、腹の奥に響いてくるような恐ろしい唸り声を上げて、犬が警官に襲いかかった。警官は慌てて手を引いて、飛び上がるようにして後ろに下がると壁に背中をぶつけた。

 そのままなら犬に噛みつかれていたかも知れないが、犬は鎖で繋がれていたため、ほとんど今いる場所から動けなかった。もう少しでで警官の手に噛みつこうかというところで、鎖がガッと音を立て、首輪が犬の首に食い込んだ。それでもまだ犬は牙をむきだして警官の方を睨み付けていたのだが、すぐにまた力なく倒れ込むと、これまでのようにうずくまってしまった。

 この犬は痛みに苦しんで呻いている間もずっと復讐のことを考えていたに違いない。これまで自分を痛めつけて来た人間への復讐。それが危害を加えた本人でなくても構わなかったのだろう。これまで受けてきた虐待に対する怒り。もしかするとこの犬を生かしているのはその復讐への思いなのかも知れない。

 またここにいた一同は重たい気分になって黙り込んでしまった。しかし、これでは捜査が進まないので、モオルダアと刑事は犬に襲われないように慎重に部屋の中へ入っていった。

 今いる場所は家の正面から脇へ進んで隣の家との境目にある空間に作られた増築部分なのだが、犬のいた場所から少し先に進むとそこで部屋は終わっていた。さっき家の中から確認できたのだが、その先は小さな裏庭がある場所に違いない。そして、裏庭には増築された建物はなかったので、彼らが怪しいと思っている増築部分はここでオシマイ、ということで間違いないようだ。

「うーん…」

モオルダアは納得がいかないのか、言葉を発する代わりに低く唸ってみた。隣にいた刑事はこの「うーん…」の意味がいまいち解らなかったようだが、彼もまた何らかの違和感のようなものは感じていたに違いない。

 梅木に虐待されていたであろう女性達。その中の誰かは梅木を殺した人物かも知れない。まだ他殺と決まったわけではないが、状況から考えて梅木は誰かに殺されたに違いないのだ。監禁から逃れそして復讐のために梅木を殺すという事は十分に有り得る話である。しかし、犯人はどこから侵入してどこから逃げたのか。家の中にも怪しい増築部分にも犯人が隠れられそうな場所は無かった。もしかすると、モオルダアが家の中に侵入する時に使ったあの窓から犯人が逃げたのかも知れない。しかし、それはあまりにも不自然である。モオルダアの侵入が付近の住人に見つかったように、そこから逃げたら誰かに見られるかも知れないのである。

 結局今は「うーん…」と唸るしかない状況のようだ。