「監視」

27. 警察署

 警察署ではスケアリーが思っていたよりもあっさり勾留に応じたことにヤダナ刑事がちょっと物足りない感じで捜査のために設けられた部屋へとやって来た。この部屋には数人の警官がいて梅木の家から押収した証拠などを調べていた。

「どうだね、なにかあったかね?」

ヤダナ刑事が聞くと部屋にいた警官達は特にないといった感じで首を横に振った。

「なんだそれは。あの女がやったことはだいたい解ってるだろう?何でも良いからそれらしいものを見つけたら良いんだよ。向こうはもう観念して牢屋に入ってるんだぞ」

ヤダナ刑事はそう言って警官達をせかしたのだが、自分は部屋の真ん中に置いてあるパイプ椅子にどっかと腰を下ろしてふんぞり返っていた。そして証拠品の並んでいる部屋の中を見渡すとあるものを見つけた。

「おい、なんだこれは?」

ヤダナ刑事は面倒な感じで立ち上がって見つけた物の方へ近づいた。

「一体誰がこんなものを持ってきたんだ?」

ヤダナ刑事が指さしているのはあの人形だった。この人形はモオルダアとイタ刑事が梅木の家に行った時にはそこにあったのだが、また何かが起こったのだろうか?

「さあ、何でしょうね?もしかしてイタ刑事じゃないですか?」

「イタオタのやつか。こんなもの持ってきたって何にもならんだろう?一体何を考えてるんだ、イタオ君は」

警官達はヤダナ刑事のいう事に頷いたような仕草を見せたりしてはいたが、特に何かを言ってそれに答えるようなことはなかった。答えたところでヤダナ刑事にとっては特に意味がないのだし。

「あいつも、ここに来たばっかりの時には、ちょっとは見所のある男かと思ったんだが、どうもなあ…。そういえば、どこ行ったんだ、イタオタバ君は?まだ梅木の家の辺りをうろついてんじゃないだろうな?」

ヤダナ刑事は一人で喋っているのか、あるいはここにいる警官達に向かって話しているのか良く解らないので、警官達もどう反応して良いのか迷っている感じだった。ただヤダナ刑事にとってそんなことはどうでも良い事かもしれない。ちょっとの間ヤダナ刑事が椅子の背もたれに体を埋めて何かを考えていたようだったが、何か閃いたようで急に体を起こすと振り返って警官達に言った。

「おい、ここの証拠品調べは私がやるからもう良いぞ。それよりもあの梅木の家の周辺で聞き込みだ。イタオとかFBLとか余計な情報を持ってくるヤツらがいるから重要なことに気づけないんだよなあ、まったく。あの家の周辺の聞き込みを徹底してやって、あの日のあの時間に誰もあの家から出てこなかった、という証言を集めたらあの女も保釈に出来ないだろうしな。FBLったって、所詮は人間だしな。間違って人を殺すことだってあるものだよ。まあ、証拠が出てきたらあの女も自白せずにはいられなくなるだろうしな。さあキミ達、行った行った!」

警官達はヤダナ刑事の思いつきのような捜査方法に振り回されるのはいつものことなので、黙って部屋から出て梅木の家の周辺の聞き込みへと向かったようである。

 部屋に誰もいなくなるとヤダナ刑事は一通りここにある証拠品を調べようかと思ったのだが、その前にちょっと休憩と思って椅子の背もたれに体を預けると目をつむった。うっかりするとそのまま寝てしまいそうだったのだが、彼がウトウトし始めた時に携帯電話が鳴ってヤダナ刑事は気に入らないという感じで電話に出た。

 電話はイタ刑事からだった。ヤダナ刑事とイタ刑事というのはこんなところでも上手くいかないようである。

「何だねキミ。今忙しいんだぞ」

28.

 電話の向こうでヤダナ刑事が大きめの声を出したのでイタ刑事は電話を持ちながら反射的に少し肩をすぼめていた。

「あ、すいません。ところで刑事は今どこにいるんですか?実は、何者かが刑事を狙っているんじゃないか、って話を聞いて…。冗談なんて言ってませんよ。確かにボクもにわかには信じられない話だと思いますけど。でも万が一のこともありますし、一応耳に入れておいた方が良いと思ったんですけど。…誰、って。それはまだ解りませんけど、もしかすると梅木を殺した犯人じゃないか、って…」

イタ刑事がそこまで言うと、電話の向こうでヤダナ刑事が大きな声を張り上げたのが隣にいるモオルダアにも聞こえてきた。どういうことを言ったのかは聞き取れなかったが、最後に「この馬鹿者が!」って言ったのは解った。スケアリーが犯人だと信じて疑わないヤダナ刑事なので部下にそんなことを言われたら怒るのは当たり前だろう。そしてガチャン!という受話器を置く音が聞こえてきそうな気もしたのだが、ヤダナ刑事も携帯電話なので、そういう音はしなかった。

「やっぱり信じてくれませんね。まあ、ボクだって信じてませんけど」

「そうだけどね。ただ梅木を殺した犯人は見つかっていないんだし、あの家にどうやって侵入して、どうやって外に出たのか、というところも解ってないんだから。幽霊の話を信じないとしても、犯人は何か特殊な能力を持っているとか、そういう可能性だってあるからね。一応ほかの刑事にも連絡しておくべきだよ」

モオルダアとイタ刑事は徳久という人形の会社を後にして、東京へ戻るために駅へと急いでいる途中だった。

 キネツキがさっき突然何かに怯えるようにして話した内容によると、ヨシツキはまだ誰かに復讐をしようとしている、ということだった。そして、その復讐の相手というのがヤダナ刑事だというのだ。彼女の言う「人形の見ているもの」から推測すると人形は今警察署にあって、そして復讐相手であるヤダナ刑事を見ているということだった。

 ヨシツキが梅木に虐待され犬の檻に入れられたりしていたというのなら、それも納得のいく話かも知れない。梅木が女性達にしたように、ヤダナ刑事もスケアリーを理由もなく檻に入れているのだ。

 ただモオルダアはまだどこかに納得できない部分があるようだった。誰も信じてくれないような話を思い切ってしてくれたキネツキだったが、最後まで聞いてもどうしても辻褄が合わないような気がするのだ。ヨシツキが梅木への復讐を遂げた後にも似たような境遇のスケアリーを助けるためにヤダナ刑事を襲ったりするのだろうか?

 恐らくキネツキは頭が良い。モオルダアは真実と虚構を巧みに織り交ぜて話すヨシツキにまんまとだまされているのではないかと感じていた。

 モオルダアがそんなことを考えているとイタ刑事の携帯電話に着信があった。

「もしもし、ボクですけど…」

電話の向こうから聞いたことのある大きな声が聞こえてくる。それはヤダナ刑事に違いなかった。

「えっ?!人形ですか?ボクは持って行きませんけど。それって…」

電話の向こうからは「お前以外にだれがこんなものを持ってくるんだ?」という声が聞こえてくる。どうやらヤダナ刑事はさっきからかなり不機嫌なようで、声も相当大きくなっているようだ。

 イタ刑事は人形の事ならモオルダア、と思って彼の方を見て電話でヤダナ刑事と話して欲しそうな顔をしていたのだが、そうする前にヤダナ刑事は一方的に話してそのまま電話を切ってしまった。

「モオルダアさん。あの人形ですけど、本当に警察署にあるみたいですよ」

「じゃあ人形の事は本当だったんだな」

「ええ、そうみたいです」

キネツキに話を聞くまであの人形が重要だと思っていたのはモオルダアだけである。話を聞いた後でさえ、イタ刑事は半信半疑なのだが。そんな人形を誰が証拠品として警察に持って行ったのか?誰も持って行ってないとすると、そこにはやはり不思議な力が働いていて、そしてキネツキの言っていたことは全て正しいのか?

 モオルダアの頭の中ではまだ様々な疑問が湧き起こってくる。かれの少女的第六感がそうさせるのかは解らない。だが、それらの疑問に明確な答えは見つかりそうになかった。モオルダアは立ち止まって元来た道の方へ振り返って歩き始めた。

「ちょっと、どこ行くんですか?」

イタ刑事が後ろからモオルダアを呼び止めた。

「どうやら今から東京に帰っても間に合いそうにないからね」

何となくそんな気もする、とイタ刑事も思っていた。何に間に合わないのか?というところはモヤモヤした感じで良く解らなかったが。