36. FBLビルディング
モオルダアはまた技術者の部屋に遊びに来ていた。そこにプレステ4があることを知ってわざわざ自分で遊びたいソフトを持参してくるという気の入ったサボりようである。それというのも、FBLにやって来ても特に彼を楽しませるような出来事もないからであった。
スケアリーは事件からの精神的ショックを考慮してしばらくは休養ということになっている。モオルダアは誰もいないペケファイル課の部屋で羽を伸ばせると思っていたのだが、誰もいない地下の部屋にいるとどうしても気分が滅入るのだった。
技術者のいる部屋に遊びに来ているといっても、技術者は技術者で彼のパソコンでやりたいことをやって、モオルダアはゲームをやって遊んでいて、それぞれが勝手に遊んでいるようなものだった。それでもたまにどちらかが何かを話すとちゃんと返事が返ってきて会話が成立するという変な空間でもあったのだが。一緒に遊んでいてもそれぞれが別の漫画を読んでいたりする小学生の遊びと一緒のようなものだろう。
そんな感じで、たまにする会話以外は音量を絞ったゲームの音と、技術者が叩いているパソコンのキーボードの音だけがしていた。そこへ突然部屋の扉が開いて誰かが勢いよく入ってきた。
「ちょいと、モオルダア!何なんですの?」
モオルダアは突然のことにビクッとなってゲームのコントローラを放り投げて背筋を正した。
これは彼が子供の頃から変わらない動作である。部屋で一人でイタズラしていたりする時に突然母親が入ってきたりした時には同じようにビクッとして背筋を正す。何も悪いことはしてません、とでも言いたげな行動ではあるが、そんなことは嘘だとバレバレである。
「スケアリー?!キミ休みなんじゃないの?」
「そうですけれど、一人でいたって休養にもなりませんもの。あたくしはもう大丈夫なんですのよ。それに、あたくしがいないとこのざまでございましょう?」
このざま、とはゲームで遊んでいるモオルダアのことに違いない。
「それにあたくし達にはやることが沢山あるんですのよ。休んでなんかいられませんわ」
そう言ってスケアリーは部屋を出て行った。
モオルダアはその姿を見てどこか懐かしいような、あるいは晴れ晴れしたような、不思議な安心感を覚えていた。そして、意気揚々とペケファイル課の部屋に戻ろうと立ち上がったのだが技術者に呼び止められた。
「ちょっと、モオルダアさん!」
技術者はそう言いながら床を指さしている。見るとそこにはモオルダアが放り投げたコントローラがバラバラになって散らばっていた。
「えっ?なんで?!」
モオルダアは驚いてそこを見ていた。投げつけたワケでもないのにこんなふうに壊れるなんて。
「だから言ったでしょ。ゲームのコントローラってあり得ない感じで壊れるんですよ」
技術者は手のひらを上に向けてモオルダアの方に差し出した。
「ん?!」
「弁償です」
「えぇ…?このゲームソフトをあげるってのじゃダメ?」
「ボク、そういうのは興味ないですし」
モオルダアは仕方なくコントローラ代を払ってから技術者の部屋を後にした。
ついでに書いておくと、タクシー代をスキヤナー宛に請求させたこともバレて後でスキヤナーからタクシー代も払うように言われたりすることになるモオルダアなのだった。
37. 数ヶ月後:余談
埼玉の徳久という人形メーカーのビルではちょっとしたお別れ会が開かれていた。その中心にいるのはモオルダア達が会社のビルに行った時に応対した女子社員であった。
「今日まで長いことありがとう。私達も寂しくなるわね。でも幸せになってね」
そう言っているのはキネツキだった。どうやら女子社員は寿退社という事らしい。他の社員からも感謝と祝福の言葉をかけられて女子社員は涙を流しながら礼を言っていた。そして、最後にまたキネツキから女子社員にむけて何かがあるようだった。
「これ私からの結婚祝い。心を込めて作ったから大切にしてね」
そう言ってキネツキが渡したのは、彼女が作った人形だった。生き生きとした男の子の日本人形。どこかで見たことがあるような気もするが。