「監視」

34. 二日後:FBLビルディング

 モオルダアがエクトプラズムと呼んでいるものをキネツキが出現させて、それから警察署で刑事がヤダナ刑事を助けに行った直後、キネツキは完全に意識を失って倒れてしまった。病院に運ばれて医師の診断を受けたキネツキだったが、原因は過労ということだった。イタ刑事はキネツキに何が起きたのか知りたい気持ちもあったのだが、警察が捜査する事件としては怪しい部分が多すぎる。そこでFBLに彼女が呼び出されることになったのだ。もちろん殺人の容疑者としてではない。ただモオルダアとしてもハッキリさせて置くべきことがいくつもあるような気がしたのである。

 その前にエクトプラズム騒動から今日までに起きたことを書かないといけない。ヤダナ刑事はあの後スケアリーを釈放した。彼の前に現れた得体の知れない何者かを恐れて、ということもあったが元々スケアリーを疑っていたのはヤダナ刑事だけだったので、スケアリーの釈放に疑問を抱くものは誰もいなかった。梅木の死は心筋梗塞による病死ということで片付きそうである。

 ヨシツキの居場所、つまり彼女の遺体のありかを聞き出すことが出来なかったモオルダアだったが、大体の見当はついていた。そして、あの家に住んでいた梅木の親戚の存在を思い出して、彼からあの家のことに関して詳しく聞き出した。するとその親戚というのは家の外だけではなくて家の中でも増築工事をしようとしていた、ということだった。つまり地下室を作ろうと床の下を掘っていたのだが、家主にバレて途中で諦めたということだ。ただ床の下に降りるための出入り口は畳の下に未だに残っていた。それを梅木が見つけたのかどうかは解らないが、モオルダアはそこに強い何かを感じずにはいられなかった。

 そして昨日、警察と協力して梅木の家の床下を掘り返してみると白骨死体が見つかったのである。鑑定はまだ済んでいないが、それがヨシツキであり見つかっていない6人目の被害者であることはほぼ間違いない。遺体の首に巻き付いていたロープを見て誰もがそう思ったようだった。


 今、キネツキはFBLビルディングの取調室でモオルダアとスキヤナーの前に座っている。スキヤナーがいるのはモオルダア一人にまかせるのが心配だったのと、今回はちょくちょく登場しているのでここにも顔を出した、ということもある。

 キネツキは容疑者でもないのに取調室に通されたことが少し気に入らない様子だったが、それ以外はいたって落ち着いた様子だった。その落ち着きが彼女の美しさを際立たせていたのだが、そこにはそれ以上に冷たさというようなものが感じられた。

「キネツキさん。一昨日のあの工房で起きた事ですが、何か覚えていますか?」

簡単な挨拶を済ませた後に早速モオルダアが聞いた。

「さあ。私、何かおかしなことを口走ったそうですけど。私には何のことだかさっぱりです」

予想したとおり、キネツキはなにも覚えていないと言った。

「以前に同じように気を失ったことは?」

「ありません。きっと梅木の事件の事を知って精神的にまいっていたんですよ。それだけです」

理屈を並べて自分の意見をとおすような、そんな感じの話し方だとモオルダアは思っていた。それが逆に何かを隠している事を示しているようにも思えるのだが。しかし、下手をすると肝心のことが聞き出せなくなりそうな、そんな雰囲気でもあった。

「でもキネツキさんはこれまでに何度も酷い光景を見てきたって言ってましたよね。あの人形の目を通して。それも相当なストレスだと思うのですが」

「そうですね。でもあの時には他のところに影響があったワケですし。この間言いましたよね。アルコールで体をこわした事を」

「ええ、そうでしたね」

「それに警察やらFBLやらが来て色々と聞かれるような事も無かったですからね。梅木の殺された日からあの時までに、これまで忘れていた辛いことが色々と思い出されて、それもいけなかったんじゃないですか」

「そうですか。それじゃあ少し話を変えますが。あの日あなたはヤダナ刑事が襲われると言いましたよね。そして実際にヤダナ刑事は女性に襲われたようなんですが。ヨシツキさんはどうしてそんなことをしたんだと思いますか?」

「さあ、どうでしょうね。もしかすると女性を拘束するような人なら誰でも良くなっていたんじゃないですかね。考えてもみてください。虐待されて殺されて地下に埋められた女性の怨念というものを。相手が男なら誰であっても殺したくなる事だってあると思うでしょう?」

「つまり証拠もナシに現場にいたという理由だけでスケアリーを拘留したヤダナ刑事を憎く思って襲ったということですか?」

「そうじゃないでしょうか」

モオルダアはここで首をひねって少し考え込んだような表情を見せた。

「あの人形は何でも知ってるんですかね。スケアリーの拘留のことは関係者以外は知らなかったはずですが」

モオルダアがそう言った時に一瞬キネツキの目が泳いだようになったのをスキヤナーは見逃さなかった。そして「オッ!」と思ったのだが、その前にここでの会話については何のことだかさっぱり解らないのでスキヤナーはそれ以外になにも思うところはなかったりして。

「そんなにおかしな事かしら?人形の事や梅木を殺した犯人のことを信じてくれたあなたにとっては、そのくらいは普通のことなんじゃないですか?」

それもそうなのだ。一つでも理屈で説明できないことが起きると、全てに正当な理由など必要なくなってしまう。そこがペケファイル課の面倒なところなのだ。しかし、そんな中にも必然性を感じる出来事もあれば違和感を感じる出来事もある。

「ただ、あなたは気付いてないかも知れませんが、ヨシツキさんはもう誰も殺したくないと言ったんです。…まあ、それが本当にヨシツキさんであったかどうかは解らないのですが」

「そして、私が『殺せ』と喚いていたそうですね。会社の人から聞きましたよ。それで私が人殺しって事になるんですか?」

キネツキが少し語気を強めた。

「そんなことはありません。でも気になるところもあるんです。ヤダナ刑事を襲った女性というのはあなたの言っていたヨシツキさんの姿とは違うんですよ」

「それは、生きた人間じゃないですから、姿なんて変わることもあるんじゃないですか」

「そうかも知れませんが。ただヤダナ刑事に聞いた女性の特徴からすると、もしかしてあそこにいたのはあなただったんじゃないかと思うんです」

「やっぱりあなたは私を犯人にしたいようですね」

「いや、そうは言っていません。ただ、もしもあなたが梅木に襲われるスケアリーを見て、あなたが彼女に同情したということだと、そのためにヨシツキさんの力を使うということもあるかと。つまりヨシツキさんの怨念という力をあなたが操ってヤダナ刑事を襲わせるとか…」

ここでキネツキはモオルダアの言葉を遮るように「アハハハ!」と高笑いをした。

「私って、そんなにお人好しに見えるのかしら?」

どうやらモオルダアの推測は少し間違っていたようである。

「いずれにしても、もうあんなことは起きないんでしょう?ヨシツキの遺体が見つかって,呪いも復讐も終わった。それに私が恐ろしい光景を白日夢のように見ることもなくなるんでしょう?」

「ええ、まあ。そう願っていますが」

モオルダアが言うと少し言葉に詰まったような感じで黙り込んでしまった。ここは自分の出番かも知れないとスキヤナーは思ったのだが、この事件については途中までしか知らないので彼には何も言うことがない。

「もう聞くことがないのなら行っていいかしら?ここ数日は事件の事で仕事が全く出来てないんですから、無駄な時間は過ごしたくないんですけど」

「まあ、それもそうですな」

スキヤナーが言いながらモオルダアの方を見た。彼はまだどことなく腑に落ちない表情をしていたが、実際に聞くことは他になかった。あったとして、それを聞いたところでキネツキにはぐらかされるに違いない。

 モオルダアが頷くのを見るとキネツキが立ち上がって扉の方へ向かった。モオルダアはうつむいたまま動かないのでスキヤナーが扉の方へ行って彼女を見送ろうとしていたのだが、その前でキネツキがモオルダアの方へ振り返って行った。

「私、梅木のした事も少し理解できるように思えるんです。人が痛めつけられて苦しんでいるのを見るのって、なんて言うのかしら…。こんなことを言うのもおかしいですけど、クセになるんじゃないかしらね。相手の地位が高ければ高いほど。それで最後にはFBLの捜査官を襲うなんてところまでエスカレートしたんですね。死の恐怖に直面した人の顔を見る気分。一度味わうとやめられないものですよ。そんな気がしますよ」

モオルダアはギョッとしてキネツキの方を見ると、彼女は冷たい笑顔を彼の方へ向けていた。そして小さく会釈してからキネツキは部屋を出て行った。