「監視」

04. 例の路地

 モオルダアとスケアリーは近くの大通りのコインパーキングに二人の乗ってきた車を止めてから、また何度か道を間違えてようやく例の家にやって来た。今時スマートフォンを持っているのなら地図を見ながら迷わずに着けるとも思うかも知れないが、二人とも必要以上にそういうものに頼ろうとしないのは、そこに優秀な捜査官と自負するそれぞれ二人のプライドのようなものがあるに違いない。

 それはともかく、二人は人形が置いてあった家の前に辿り着いた。それは、この家に住むあの男からの通報があったからなのだが、それはどうやら人形に関することらしい。しかし、電話ではどう説明して良いか解らないということで、二人がここへやって来たのだ。

 そして、予想外にこの家や住んでいる男が重要になってきたので、この男の名前を知っておく必要がありそうだが、表札によると彼は梅木博史(ウメキ・ヒロシ)というようだ。FBLの二人が家の前にやって来ると、ちょうど彼がドアを開けて外に出てきた。

「あっ、ちょうど良かった。もしかして道に迷っているんじゃないかと思って、外に出てみたんですが。予想どおりの時間に着きましたね」

梅木はにこやかな表情で二人を迎えた。この法的にどうなのか怪しい増築をされた家に住んでいる住人には似つかわしくない笑顔とでも言おうか、モオルダアはそのあまりにも良い人っぽい立ち振る舞いにどことなく違和感を感じなくもなかった。ただ、世の中には色んなタイプの人間がいるという事はモオルダアも知っているし、怪しい建物に住んでいる人間が好男子であってはいけない、などという決まりはない。

 そんな事をモオルダアが考えている間に、スケアリーはすでに梅木と一緒に玄関の方へと向かっていた。スケアリーは一体何を期待しているのか?とモオルダアが思って、すぐに後を追う気になれなかった。それで何となく辺りを見回して見たのだが、この家のある路地のその向こうの方でおばちゃんが箒を持て道の掃除をしているのが見えた。モオルダアがそっちを見た時に、そのおばちゃんは明らかにモオルダア達の方を見ていたのだが、彼に見られて慌てて目を地面の方に向けたような感じだった。

 モオルダアは「何だろう?」と思って玄関の方へ行こうとしたのだが、そこではまだスケアリーと梅木が何か話しているようだった。そのままその話に加わっても良かったのだが、どうも彼らは捜査の話をしている感じではなさそうだった。挨拶代わりの世間話なのだろうか?だとしたら、そんな話には加わりたくないモオルダアだったので、また路地の方へ目をやった。

 すると、さっきのおばちゃんがさっきよりもかなり自分たちのいる場所に近い場所を箒ではいていた。今度はモオルダアがそっちを見てもしばらくは目をそらさずにモオルダアの方を見ているようだった。

 モオルダアはまた「何だろう?」と思った。玄関の方ではまだ話は続いている。そこでモオルダアは一度玄関の方へ向かうフリをして門の内側の例の増設された怪しい建物の陰に身を隠した。そして、少し間を空けてから路地の方へ顔を出すと、あのおばちゃんはすぐ目の前まで近づいて来ていた。

 もうコレは「何だろう?」と思っている場合ではなさそうだった。モオルダアは一度門の外へ出ておばちゃんの方へ向かった。

「我々に何か用でも?」

モオルダアがおばちゃんに聞いた。

「ちょっと、あんた。アレでしょう?」

おばちゃんが小声で言うアレとは何だろう?と思ってモオルダアは首をひねった。

「解ってるのよ。あんた、警察かなんかでしょ?私も前から怪しいと思ってたのよ、ここの人。ホントにあんなに男前なのにねえ。もうイヤんなっちゃうわよねえ」

ねえ、と言われてもモオルダアには何のことだか解らない。

「あの、ボクらは誰かを捕まえにここに来たワケじゃないですが。ここの梅木さんって人に何かあったんですか?」

「あらイヤだ。まったく、コレだからねえ。もう日本の警察はホントにダメなんだから」

「いや、ボクは警察じゃないですし」

「そんな事はどうでも良いのよ。それよりも、あんた知らないの?この家ってずいぶん前からアレなのよ!」

「アレって?」

「だからアレよ。ずいぶん前からウワサになってるのよ。だって、この家って見るからに怪しいでしょう?」

確かに怪しい。モオルダアは黙って頷いていた。

「でも、怪しいのはそれだけじゃないのよ。夜遅くにこの家の前を通ると、叫び声とか呻き声が聞こえる、ってウワサなのよ!」

「本当ですか?」

「そりゃ解んないわよ。私が聞いたワケじゃないもの。でも気をつけないとあんた、アレよ」

「アレって…?」

なんだか何を話しているのか解らなくなってきたところで、後ろからスケアリーの声が聞こえてくる。

「ちょいと、モオルダア。何をしているんですの?早く捜査を始めませんこと?」

モオルダアが一度振り返って返事をして、またおばちゃんの方へ向き直ったのだが、すでにおばちゃんは元いた場所へと歩き出しているようだった。モオルダアとしては結局「何だろう?」という感じのままだった。


 家に入ると二人は居間へ通された。外側の怪しい増築とは裏腹に、家の中はいたって普通の作りに思える。部屋に入ると梅木が部屋の真ん中に置かれた人形を指さした。それはあの「ご自由にお持ちください」と張り紙をして外に置かれていたあの人形である。

「これなんですよ」

梅木が言った。ただ、これと言われても何のことだか解らないのだが、梅木もどう説明して良いか迷っている様子だった。

「もしかして、誰かが持っていたはずの人形が朝になってみるとこの家の中にあったとか?」

モオルダアが聞いた。

「ちょいと、モオルダア。あなたはいつもそんな風に唐突に…」

「いや、実はそんな感じなんです」

スケアリーがモオルダアの変な話を止めようとしたのだが、実際に変な話だったようだ。

「まさか、そんな怪談話みたいな事があるとお思いですの?」

「怪談話?!…ああ、そう思う事もできますが。でも、誰かが夜の間に忍び込んでこれを置いて行った、なんてことだったら恐ろしいと思いましてね」

スケアリーは梅木の前で恥ずかしい事を言ってしまったと思って少し後悔していた。モオルダアのような人間と一緒にいると、誰でも怪談話みたいな事を話しているように思えてしまうのだろう。

「でも、何のために?…何かを盗られたのなら解りますが、人形を置いて行くために忍び込む理由が良く解りません。その前になんで人形を持ち帰ったのかも解りませんけどね」

モオルダアは自分で話しながら何を言っているのか自分でも解らない感じになっていた。

「ああ、どうも説明が上手くできてなかったですね。すいません。でも、どう説明して良いのか…」

「良いんですのよ。解るところだけでも話してくださるかしら?」

普段はこういう話には懐疑的で不機嫌になりがちなスケアリーなのだが、相手が梅木のような男だと様子が違うようだ。

「ええ、まずは昨日あなた方が帰った後の事から話しますが。あの後私は用事があってしばらく出かけていたのです。そして帰ってきてみると人形が家の前から無くなっていたんです。それで人形は上手く片付いたと思って、そのまま家に入りました。まさかこんな事になるとは思っていませんでしたから、人形があるかどうか確認なんてしませんでしたけど、この部屋の真ん中に人形があれば誰でも気づきますからね。だから昨日の時点では人形はこの家には無かった事は確かなんです」

「それが、朝起きてみるとここに人形があったんですね?」

「そうなんです」

「玄関や窓の戸締まりはどうでしたか?」

「その辺はちゃんとやってますよ。それに、この人形を見て少し恐ろしくなったものですから、念のためにどこかのドアや窓の鍵が開いてないか調べてみましたし」

「じゃあ、誰かが侵入した形跡はなかったんですのね?」

「そうなんです」

スケアリーはモオルダアの顔色をうかがったが、彼は腑に落ちないような表情だった。

「誰かこういうイタズラをするような人に心当たりはありますか?」

「イタズラですか?うーん。特に思い当たりませんけど。イタズラだとしても、これは何が面白いんだか」

それもそうだ。しかしモオルダアはまだ何か納得がいかないような顔をしている。

「解りました。これは専門的に調べないといけないようですね。一度戻ってから出直す事にします」

何をどう専門的に調べるのかしら?とスケアリーは思ったのだが、モオルダアが家から出て行こうとするので仕方なく彼についていった。


「どう思う?」

家を出るとすぐにモオルダアが小さな声で聞いた。

「どうって、解りませんわよ。あの方の言うとおりなら何かが起きて、無いはずの人形が家に置いてあった、って事ですわね」

「どうも、そうは思わないんだけどね」

怪しい話は信じてしまいがちなモオルダアだが、今回は何か疑っているようだ。

「ボクが独自に仕入れた情報によるとね、この家ってかなり怪しいらしいんだよね。夜中に叫び声とか呻き声が聞こえてくるとか。そう考えると、どうもこのゴルフクラブとかね…。これは錆びてるのか血痕なのか」

モオルダアは玄関前の傘立てに立ててある薄汚れたゴルフクラブの先をつまんで少し持ち上げた。なんでこんなところにゴルフクラブがあるのか?と思うかも知れないが、こういう家では意外と普通だったりもする。家の前でスイングの練習をするお父さん等を見た事があるかも知れないが、そういう人が玄関先の傘立てにクラブを入れっぱなしにしておくのだ。しかし、しばらく誰も触っていない感じのこのゴルフクラブは梅木が使っているものでは無いような気もする、とモオルダアは勝手に思っていた。

「くだらない事はどうでも良いですわよ。それに第一その情報ってどこから仕入れたんですの?」

「キミが梅木と楽しそうに話している間にね。もしかすると梅木はボクらをからかって楽しんでるんじゃないか?」

「あたくし、あの方がそんな事をするとは思いませんわ」

「そうかな?キミが目を輝かせて梅木を見ているのを彼は心で笑ってるのかも知れないぜ」

そう言ってからモオルダアは少しマズいと思った。スケアリーの目に怒りの光が走ったように思えたのだ。実際にスケアリーはムキッとなったのだが、ここで怒っても仕方がない。

「あたくし、別に梅木様のこと、どうとも思っていませんのよ。それよりも早く『専門的な捜査』をしませんこと?」

そうは言っても二人とも何をしていいのか解らなかったので、とりあえず駐車場に止めてある車に向かう事にした。恐らく、FBLビルディングに戻る事になるのだろう。