「監視」

11.

 モオルダアが玄関の扉を開けると警官が二人立っていた。モオルダアはあらかじめFBLの身分証を出して警官がすぐにそれを見られるように掲げていた。

「あの、通報があって駆けつけたのですが…」

通報とはFBLの技術者が呼んだ応援のことなのか、あるいは二階の窓からモオルダアが侵入したのを誰かに目撃されて、それによってされた通報なのかは良く解らない。しかし、この二人の警官はFBLがなんなのかだいたい解っていた感じなので、変な誤解などもなく事はスムーズに運んだ。

「救急車を呼んで欲しい。それから応援も必要になると思う」

モオルダアが言うと警官達はすぐに行動を始めた。これまでモオルダアやスケアリーが警察との捜査で色々と問題を起こしてきたおかげで警察の方ではFBLの名はけっこう有名になっているのかも知れない。


 しばらく経つと家は事件現場として封鎖されて、今は担当の刑事の指示で証拠写真の撮影やら指紋の採取やらが行われている。そして、スケアリーはやって来た救急車に乗せられたのだが、病院へ搬送される前に刑事から事情を聞かれている。モオルダアはそのすぐ近くでそれを聞いていたのだが、今のスケアリーに何を聞いても事件を解決するに足る情報は聞き出せない事が解っていた。

 するとそこへスキヤナー副長官がやって来る。彼は技術者から話を聞いて急いでここにやって来たという事だった。技術者の呼んだ応援というのはスキヤナーの事に違いない。という事は、警官がやってきたのはモオルダアの侵入を誰かに見られたからだろうが、それは黙っていればバレないに違いない。

「大丈夫なのか、スケアリーは?」

スキヤナーがモオルダアに聞いた。

「ええ、まあ意識はハッキリしています。意味のない事情聴取が終われば病院で検査が出来ますし」

モオルダアは先ほどからここで話を聞いても意味がないと刑事に言っているのに刑事がそれを聞かないので皮肉っぽく答えた。するとスキヤナーが刑事の所へ行って何か強い口調で言った。すると刑事は渋々頷くと救急隊員達にスケアリーを搬送するように伝えたようだった。刑事もスキヤナーが普通の捜査官よりもちょっと偉い人だということが解っていたのだろう。

 スキヤナーが戻ってくると、モオルダアの隣に警察ではなさそうなスーツの男がいた。その男はモオルダアと何か話していたのだが、スキヤナーが戻ってくるとモオルダアが彼の方へ近づいてくる。

「副長官。名刺とかありますか?」

モオルダアが聞いた。

「名刺?あるけど、それが何なんだ?」

「出来れば一枚もらいたいんですけど。捜査に関する重要な事かも知れないんです」

そう言われるとスキヤナーも断れないので、モオルダアに名刺を一枚渡した。するとモオルダアは隣にいた男と少し離れたところへと歩いて行った。

「いや、どうも失礼しました。何しろ緊急事態だったもので」

モオルダアが話しているその相手は、さっき彼がここに来る時に乗っていたタクシーの運転手だった。モオルダアはあの時慌ててタクシーを降りて現場へ向かったので、タクシーの料金を払っていなかったのだ。それを今になって運転手が徴収しに来たのだが、モオルダアは財布にほとんどお金が入ってなくて困っていたのだった。

「タクシー代はFBLのスキヤナー宛に請求してくれませんかね」

タクシーの運転手はそれでは納得しないような表情だった。

「ああ、もちろん、待たせていた間に発生したかも知れない料金とか、その辺も上乗せしちゃってかまいませんよ。FBLは大きな団体ですからね。ちょっとぐらいは多めに払えますよ」

モオルダアが言うとそこで運転手は納得したようでスキヤナーの名刺をモオルダアから受け取った。なんでわざわざスキヤナー宛に請求させるのか?というと、FBLは大きな団体なのにケチなのでFBLにタクシー代を請求するようにしても、最終的にモオルダアに請求書が回ってくる可能性があるのだ。

 そんなどうでも良い事をしている間にスキヤナーは事件現場を色々と調べ始めていた。そして、すぐにモオルダアを呼んだ。

 スキヤナーとモオルダアは梅木の遺体のあった部屋に入った。梅木の遺体はまだそこにあったのだが、モオルダアはもうあの恐ろしい表情を見たくないので梅木の方は見ないで部屋の真ん中まで歩いてきた。

「どうやら梅木というのはとんでもない男だったようだな」

スキヤナーが机の上にあるアルバムを見ながらモオルダアに言った。それは梅木が犬のコレクションと言ってスケアリーに見せようとしたあのアルバムだった。このアルバムを開いてからすぐにスケアリーは梅木に襲われたのだった。

 モオルダアはアルバムを開いたが、そこにある写真を見てゾッとしないワケにはいかなかった。スケアリーが言ったように、確かに梅木は悪魔である。

 そのアルバムの写真に写っていたのはこれまで梅木の異常な欲求を満たすための犠牲者となった女性達だった。梅木は彼女たちをコレクションとよんでいたのだが、写真を見ると被害者は一人ではなく複数いるようだ。

 この写真に写っているのは中型の動物を入れるような檻である。そしてその中にほとんど衣服を着けない状態の女性が押し込められている。彼女たちに首輪が付けられているのは、梅木が彼女たちをペットのように扱っているという事を意味するのか、あるいは自分が支配者である事を示しているのか。

 檻の中の女性達は暴力を受けたためか、全身にアザが出来ている。写真に写った彼女たちの表情は虚ろだった。痛めつけられてすでに抵抗をあきらめたような、生気のない目をカメラに向けていた。

 モオルダアはもしもスケアリーがこのような事に、と考えて内蔵がえぐり出されるような不快感を覚えてそのままアルバムを閉じた。

「この人達を助けないと」

モオルダアが独り言のように言った。

「まだ生きてると思うのか?」

スキヤナーはすでに被害者達は死んでいると思っているようだ。しかしモオルダアはこの家で呻き声や叫び声が聞こえると言っていたあのおばちゃんの言葉が少し気になっていたのだ。

「殺さずに苦しんでいる姿を見て欲求を満たす、ってこともあるでしょ」

「しかし、これだけの被害者をどこに?」

スキヤナーが言ったが、すぐにこの家の周囲にある怪しい増築部分を思い出した。