14. 事件翌日・都内の病院
モオルダアはスケアリーのいる病室へ入った瞬間に、自分がマズい時にやって来てしまったと思い入り口のところでたじろいでしまった。スケアリーのベッドの脇に彼女の母親と姉のダネエがいたのである。ここに来るまでずっと事件のことを考えていたモオルダアにとっては全くの不意打ちだった。
「あの、どうも…、今回は大変なことに…」
元からこういう時に相手に配慮するなどということに慣れていないモオルダアなので、今はこれだけ言うのにもしどろもどろだ。
「ホントに大変なことですわよ。だからこんな危険な仕事やめるように、ってずっと言っていたのに。ホントに言わない事じゃありませんわ」
スケアリーの母親がモオルダアに向かってこういったことを言う意味は彼も解っていた。自分がいながらなぜスケアリーが一人であの家に行って危険な目にあったのか、ということを責めているに違いないのだ。
「ボクがもう少し早くに気づいていれば…」
「でもその方って、どこから見ても立派な方だったんでございましょ?」
姉のダネエは少しモオルダアをかばってくれるようだ。
「ええ、まあ…」
「まあ、起きてしまったことは仕方がありませんけれどね」
何となくモオルダアが小さくなって行くような感じがしたが、その時二人の向こうから声がした。
「二人とも、少し席を外してくださらないかしら?モオルダアだって何もしていないわけではありませんのよ。きっと仕事の話ですからあなた達がいると話しづらいこともありますし」
スケアリーは寝ているのかと思ったら起きていたようだった。特に大きな怪我をしたわけではないし、入院しているのは頭を強打したりしたので精密検査のため、というのが主な理由である。結果が出るまでは安静にしていた方が良いということでベッドに横になっているのだが、もう休養は十分なはずである。少なくとも肉体的な休養は。
スケアリーに言われて母と姉は部屋の外へ出て行ってモオルダアは少し救われた気分だった。
「わざわざ来てくれたんですの?でも、あなたが来てくれたということは何か事件の話なんでございましょ」
長い間寝ていたからなのか、それとも事件のショックから抜けきれていないのか、スケアリーの話し方は少し弱々しい感じがした。ただ、言っていることは正しかったようだ。
「実は、そうなんだけどね。あんまり良くない話なんだけど…」
モオルダアは先を続けるのに少し戸惑ったのだが、スケアリーは黙ってモオルダアを見ている。
「梅木が殺されていた件で、警察ではキミのことも容疑者の一人と考えているみたいなんだよ。まあ、そうなると殺人ではなくて過剰防衛とか、そういう事になるけど」
「まあ…!?」
いつもの調子ではないスケアリーはそう言っただけだったが、頭の中では色々と複雑な考えが巡っていた。ただし、それ以上何も言えないのは梅木が殺害された時にスケアリーは意識を失っていたからである。あの後に何が起きたのか。記憶から消されているだけで、実はスケアリーが梅木を殺害してからその後に意識を失ったのかも知れない。スケアリーはそんなところまで考えて不安になってきた。いつもなら「そんなことはあり得ませんわね」と自分で自分のことを笑ってしまうような心配事なのだが、今の彼女の状況が少し精神的に彼女を弱くしているのかも知れない。
「でも、心配しなくて大丈夫だよ。キミを見つけた時に梅木を殺害できる状態じゃなかった事はボクが証明できるしね」
「でも、どうして容疑がかけられるんですの?」
「梅木の首に、キミを縛っていたのと同じロープで絞められた後が見つかったんだ。後ろ手に縛られた状態でどうやって首を絞めるのか?って言ってもあの刑事は聞いてくれないし。あの刑事を黙らせるには梅木の殺された時間にあの家にキミ以外の誰かがいた、ということを証明すれば済むことなんだけどね」
あの刑事とはスケアリーにしつこく事情を聞いていた刑事のことのようだ。
スケアリーは少し黙って部屋の壁の方に視線を移して考えていた。
「あたくしには何も思い出せませんわ」
「大丈夫だよ。ボクがなんとかする」
モオルダアがそう言うとスケアリーの表情が少し変わったようだった。
「あら、それは頼もしいですわね」
モオルダアの口から珍しい台詞が聞けたので、スケアリーが少しおどけた様子で返した。ホントに「なんとかできる」かどうかは解っていなかったのはモオルダアもスケアリーも同じであったが。
ただモオルダアとしては今回の件に関しては大いに責任を感じていたので、スケアリーが少しでも明るい表情をしてくれると内心では助かった気分になるのだ。そして、部屋を出る前にモオルダアが聞いた。
「調子はどう?」
それは普通最初に聞くものだ、とスケアリーは思った。この質問にはどう答えようか?と思ったスケアリーだったが、このモオルダアの発言でジワジワと笑いがこみ上げてきて、最後には吹き出しそうになってしまった。ちょっとでも息が漏れたらそのまま大笑いしてしまうところだったが、周りには病人もいるので必死にこらえながら、早く行けとモオルダアの方へ向けた手で合図を送った。
モオルダアも変なことを聞いたと思ったのだが、これなら彼女も大丈夫そうだと思って一度頷いてから部屋を後にした。