「監視」

03. 翌日:FBLビルディング

 翌朝、スケアリーがいつものようにユックリめにペケファイル課の部屋にやってくると、いつもよりもつまらなそうなモオルダアの姿があった。モオルダアが朝からこの部屋にいるという事は、ペケファイル課に保管されている過去の怪しい事件を見つけて盛り上がっているか、あるいはやる事がなくてつまらない時なのだが、今日はつまらない日のようだ。そして、それ以上に重苦しい表情にも見える。

「あら、何なんですの?!もうちょっと清々しい顔は出来ないものかしら?それじゃあ同僚にも失礼だと思いませんこと?」

同僚というのはスケアリーの他にいないのだが、これはスケアリーなりに顔色の優れないモオルダアを心配した言い方でもあった。

「そうはいってもね。なんだかボクは自分がやってる事に疑問を抱き始めてしまいそうだよ」

モオルダアがそれを言ったら元も子もないというような事を言うのでスケアリーは多少驚いていた。だいたい、彼のやっている事は端から見たら誰だって疑問を抱いてしまうような事なのだから。

「一体どうしたと言うんですの?昨日からあなた少し様子が変でしたわよ」

「そう?まあ、昨日はただの期待ハズレってだけだったけど。その後が問題なんだよ」

「その後、って何なんですの?」

「呪いの人形なんて無い、ってことをスキヤナーに報告に行ったんだけど、これは正式な調査だから正式な報告書を提出しろ、っていうんだよ」

「まあ?!…それは大変でしたわね。それで書いたんですの?」

「まあね」

モオルダアは昨日の夜になんとかして書いた報告書をスケアリーに見せた。しかし、あれだけの捜査で何が書けるのか?とスケアリーは思った。内容を確認してみると、目的地まで辿り着くのに何度も迷った話だとか、昔から怪談話として良く語られる呪いの人形に関する考察などが書いてあった。それでなんとかして一般的な報告書の文字数にした、という感じだった。

「こんなことなら、あたくしに一声かけてくれたら、少しはお手伝いしましたのよ」

それは本当かどうかは解らないが、苦労して報告書を仕上げたモオルダアにスケアリーは多少の同情がないワケではなかった。

「いや、良いんだよ。どうせスキヤナーは甥っ子にコレを見せて自慢したいだけなんだよ。自分がどれだけ偉い人間かを示すためにボクらは利用されたんだ。でもね、そういう事をするとどうなるか、今日は彼に知らせるべきだと思うんだよね」

モオルダアは立ち上がりながらそう言うと、スケアリーの持っていた報告書を取り上げてそのままドアのところに向かっていった。もしかすると、モオルダアはスキヤナーに彼の不満をぶちまけようとか、そういうつもりなのかしら?とかスケアリーが思った。

「ちょいと、モオルダア!?」

スケアリーがそう言った時にはモオルダアは部屋のドアを勢いよく閉めて大きな音がした後だった。スケアリーは慌てて彼を追いかけようとしたのだが、タイミング悪く部屋にある電話が鳴り出した。彼女はどっちを優先すべきか?と思ってドアの方と電話のほうのどちらに動くべきか何度も迷ったのだが、何となく反射的に電話に出てしまった。

 非日常的な事と、習慣的な事が起きた時にどっちに優先的に反応するのかはその時によって違うようだ。


 モオルダアはスキヤナーのオフィスにやってくると彼の机の上に報告書を投げ出すようにして置くと、自分は机の前にあるソファに埋もれるようにして腰掛けて、それから腕組みをして天井の方を眺めていた。スキヤナーはいきなりこんな態度をされて「なんだ?!」と思っていたのだが、とりあえず報告書に目を通していた。

 モオルダアはこれからFBLでの自分の処遇についてスキヤナーと話し合うつもりだ。それもかなり激しい口調でのやりとりになるだろうと思っていた。今のままではFBLのペケファイル課で自分が追うべきものがないがしろにされてしまうし、場合によっては辞職さえも考えているのだ。どうも、最近のモオルダアはFBLに対して色々と不信感を抱いているようだ。

 スキヤナーは一通り報告書に目を通してモオルダアの方に目をやったのだが、相変わらずふて腐れたような様子でボンヤリと上の方を眺めているモオルダア。これは上司に対する態度なのか?と少し腹が立ってきているところだ。

 モオルダアもそろそろ始まるのか、と心の準備をしているところだった。そして、スキヤナーが口を開こうとした時、モオルダアのスーツのポケットの中で携帯電話の鳴る音が聞こえてきた。思わぬところで邪魔が入ったが、モオルダアはポケットから携帯電話を取りだして電話に出た。

「モオルダア、大変ですのよ!」

電話はスケアリーからだった。

「大変って、何が?」

「事件はまだ終わっていませんでしたのよ!もしかすると、あの人形には本当に何かがあるのかも知れませんわ。ですから報告書はまだ提出しないですぐにあの家に向かいますわよ」

それだけ言うとスケアリーは電話を切ってしまった。

 しかし、気まずいのはモオルダアである。自分に子供の考えたイタズラのような事件を捜査させたと思い込んで、それに腹を立ててその不満をここでぶちまけようという時に、実はまだ事件は終わっていないかも知れない、という連絡があったのだ。

 これはマズい事になったのだが、こういう時には優秀な捜査官として毅然たる態度で対処するしかない。モオルダアは妙にピンとした良い姿勢で立ち上がるとスキヤナーの机の前まで来た。

「どうやら手違いがあったようです。報告書の提出は少し待ってもらう事になります」

そう言って、モオルダアは唖然としているスキヤナーから報告書を奪い取るようにして受け取った。

「FBLの扱う事件というものは誠に複雑で難解なものですなあ。副長官」

「ああ…。それで事件は解決じゃないのか?」

「イヤですねえ。誰も解決したなんて言ってませんよ。まあ、ボクらの手にかかればすぐに解決ですよ。それでは」

モオルダアはただ気持ち悪い話し方をしただけで何も誤魔化せていない、ということに気づいているのだろうか?ここに来てからずっと、モオルダアはスキヤナーに悪い印象しか与えていないのだが、とにかくモオルダアの辞職の可能性はひとまずなくなった、ということでもある。

 スキヤナーは「なんだ?!」と思ってモオルダアの出て行ったドアの方をしばらく眺めていた。