「回人」

10.

 どの被害者も同じようなことを言っていた。それに彼らは皆、必要なことはだいたい以前に警察に話していたようだ。モオルダアは時間を無駄にしたような気がしていた。そんなモオルダアのうんざりしたような表情を見て、スケアリーは隠しきれないほくそ笑みを浮かべながら口を開いた。

「結局何も解らなかったということかしらね?」

「まあね。これなら守山さんのところでもう少し話を聞いていたほうが良かったよ」

「でも、それは警察の仕事。あたくし達は警察が考えないような所を捜査しないといけないと思いませんこと?」

「例えばどんな?あの森の公園は十分に調べたと思うし、他に怪しい場所なんて…」

「それがあるんですのよ。警察は気づいていないけど、もうひとりの被害者がいるんですの!」

ここまで話したスケアリーの目が輝き出した。モオルダアをイライラさせつつ自分の手柄を誇示することにも成功したのだ。さっきの森の公園でモオルダアがやった「この音が聞こえる?」というやつへの仕返しということだろう。随分と手間暇かけた仕返しでもある。

「もう一人いるって?!」

「そうなんですの。でも、一連の事件として考えるには少し古すぎるんですけれど。あの森の公園がただの森だった13年前の話ですのよ。とにかく、その人のところへ行ってみる価値はあると思うんですの」

モオルダアはスケアリーがミョーにノリが良くなったことに若干の疑問をいだきつつ頷くと、車はもう一人の被害者という事になっている小堀かほり(こほりかほり)の家へ向かって走り出した。


 小堀の家は他の三人が住んでいる住宅街から少し山の方へ向かった所にあった。この町に新しい住宅街が出来る以前からある建物で、純和風という感じが木の生い茂る辺りの景色とうまいこと調和していた。昔は大地主であったということで、家も相当に大きなものである。

 エフ・ビー・エルの二人が車を降りて敷地内に入ると、落ち葉に覆われた敷石が玄関の方へ続いているのが解った。恐らく普段ここへやってくる人はあまりいないという事だろう。乾燥しきった落ち葉をカサカサいわせながら玄関へ向かった。家自体は古そうでも、玄関のドアはアルミサッシのものに変えられていた。しかし、これまで行った家のような呼び鈴のボタンは見当たらなかった。

 モオルダアは、二枚並んだ横開きのアルミサッシの格子戸をノックしてみたが、家の中まで聞こえそうもない鈍い音がしただけだった。

「ごめんくださいまし!私たちエフ・ビー・エルでございますのよ!誰かいませんこと?」

ノックでは埒が明かないと思ったスケアリーが家の中へ向かって言った。程なくして格子戸の曇りガラスの向こうに人の姿が現れると、戸が開いた。

「私たちはエフ・ビー・エルのスケアリーとモオルダア捜査官ですの。小堀かほり様はいらっしゃるかしら?」

スケアリーが身分証を提示しながら言った。

「小堀かほりはこのあたくしですけど、何か?」

スケアリーの調べた記録によれば小堀は六十代ということだが、身なりや振る舞いには小綺麗な上品さが漂っている。それでいてどこか人を見下したような雰囲気があるのは家柄のせいなのか。

「あの、あたくし達は森の公園で最近起きている事件について調べているんですけれど。あ、今のところ事件なのか事故なのかというのはハッキリしていないんですけれど、あの森の公園で人が失踪して数日後に記憶を失った状態で発見される、というものなんですの。その捜査を進めていくと、あなたも以前あの森の公園で同じようなことを体験されたのが解ったものですから、お話を聞かせてもらえないかと思ってやって来ましたの」

真っ直ぐにスケアリーの方を見ていた小堀はそのまま顔色を変えることなく話し始めた。

「あら、あなた達随分と昔の事を掘り起こして来たのね。あなた、そりゃ酷いものでしたよ。あれはまだあの場所が公園になる前でしたよ。なにせ、あの公園の土地は代々うちが所有していたものでしたからね。昔はウチも羽振りが良かった時代があったそうで。昔って言っても戦前から戦後の頃のホントに昔のことですけど。何不自由なくやっていられた時代もあったんですよ。都会とは違って戦後も良い時代はしばらく続いたって聞きましたけどね。それが時代が変わって一変しましたよ。不景気の煽りってやつですわね。うちの方でもそろそろ持っている土地を手放さないとやっていけないって事になって、ホントに忙しい時期でしたよ。そんな時にあんなことが起きたんじゃ、たまったもんじゃありませんよ。あなた、あれが事件か事故か解らないって?あんなものは事故なワケありませんよ。恐ろしい目に遭うって解ってたら、誰だって夜中にあんな場所に行くワケがないじゃありませんか」

良く喋る小堀だが、彼女が息継ぎをした一瞬の隙にモオルダアが口を挟んだ。

「それまで、あの森へは良く行かれたんですか?」

「みんな通っていましたよ。そりゃ今のように綺麗な道があったりはしませんでしたけれど。歩くのに不自由のないくらいの道はありましたよ。私有地だからって地元の人が近道に使うぐらいなら問題ないということにしていましたからね。それに、あの場所にはそれ以外に有効な使い道もありませんでしたよ。もっと景気が良くなってくれてたら別の使い道もあったかも知れませんわね。でも持っていたところで近道として使う以外に価値のない土地ですからね。それでいっそのこと手放そうって事になってましたし、それじゃあ、最後に一度見ておこうってことで、あたくしはあの森を歩いたんですよ。今となっては余計な事をしたとしか思えませんわよ、ホントに」

また息継ぎのタイミングが来たのでスケアリーがすかさず聞いてみた。

「最近あの場所で行方不明になった方達はみんな記憶を無くしていたんですの。そして、その直前に見知らぬ人に何度かすれ違ったと言っているのですけれど…」

「ホントにいやになりますよ。土地のことで忙しいっていうのに、警察が来て根掘り葉掘り聞かれるんですからね。こっちがどれほど恐ろしい目にあったのかなんて、気にもしないんですよ。それでも、警察が事件を解決してくれるのなら、ってことであたしも詳しく話しましたよ。あんな小さな森に天狗なんてものはいるワケないって知っていても、それが真実ならそのまま話すしかないですわよね。まあ天狗っていうのは例え話なんですけれど。そりゃあれだけ恐ろしいことがあったらそう考えてもおかしくないんですよ。だからあの山伏みたいな格好の人たちは天狗じゃないか?って話したんですよ。そうしたら、あたくしがどうかしてるなんて目でこちらを見るんですからね。それ以上は話すのをよしておきましたよ。でも警察の方ではそれじゃ足らなかったみたいで、別のことをまた根掘り葉掘り聞いてくるじゃありませんか。なんでも、うちが土地を売る事に対して反対している人間が怪しいって。そんなことを思ってる人がいたら直接うちに話せば良いことなんでしょうけど。そんな人はまずいないってことでしたし、いるとしてもあんな恐ろしいことはするワケないってことも話しましたよ。そうしたら、何年も経った今日になってあなた方がやって来て、また根掘り葉掘り聞こうってことじゃありませんか。こっちは一体何を話せば良いのやら。ホントに面倒な事になりましたよ」

小堀の話を聞いていたらエフ・ビー・エルの二人は何を聞きに来たのか解らなくなりそうになっていた。

 小堀の話の途中に天狗などというモオルダアにとっては興味深い言葉も登場していたのだが、他の事件のことと合わせて考えると、そこは重要ではない気がした。モオルダアは長い話の中からどこかに引っかかる部分があったはずだと思って、内容を思い出してからやっと何が気になっていたのかに気づいた。

「それで、土地を売るのに反対していた人は実際にいたのですか?」

「いないって言ったら嘘になりますからね。森の管理を任せていた野々山って男が。だけどあの人真面目で優しい人だし。それに長い事うちのところで働いてもらってましたからね。土地のことについても納得していたはずなんですよ。その後の仕事なんかも、うちの方で世話をしたりしてましたからね。そこのところはちゃんと警察にも言ってあったんですけど。あたしが野々山の名前を出すと、警察の方じゃ野々山の方にも人をやって根掘り葉掘り聞いたってことじゃありませんか。随分と迷惑をかけてしまいましたよ」

小堀の話はまだ長く続くようだったが、スケアリーはそろそろここへ来たことを後悔し始めていた。そして次の息継ぎの時に話を切り上げて立ち去るべきだと思っていた。一方でモオルダアはあの森で出会った若い女性の名前も野々山だったことを思い出して、気にしないワケにはいかなくなってきていた。