06. 病院
病院の前でソワソワしている紀尾三刑事のところへ汗ばんだモオルダアが小走りにやって来た。スケアリーがいなくなったので例の公園から徒歩でやってきたモオルダアだが、距離は短くても山間の街ということで坂を登ったり下りたりが思った以上にキツかったようだ。
「随分遅かったなあ。あんた一人なのか?」
「いや、まあ…。はい」
モオルダアの良く解らない返事にあきれたような顔をした紀尾三刑事だったが、そのまま守山の病室へと向かった。
病室に入ると、さっき来た時と同じように虚ろな目をした守山の姿があって、本当に意識が戻ったのか?と思ってしまったモオルダアだったが、さっきとは違い守山は部屋に入ってきたモオルダア達に気づいて視線を扉の方へ向けた。それは目を動かすのがやっと、というような重苦しい動きでもあった。
「いやあ、どうですかね。お加減は?」
紀尾三に言われた守山は「ああ…」と声を発しただけみたいな返事をした。見るからに体調が悪そうな守山のお加減は良いワケはないので、聞く方が悪いということでもあるが。
「私は県警の紀尾三というもんです。この方はエフ・ビー・エルの…なんだったか…」
「モオルダアです」
「ああ、そうそう。それで、あなた今の自分の状況は解ってますかな?」
紀尾三が聞くのを守山は虚ろな目をしたまま聞いていた。それでも意識はハッキリしているらしく、ちゃんと答えることも出来た。
「はい。さっきまでいた看護師の方に聞きました。放心状態で歩いているところを保護されたらしいですね。実は全く記憶にないのですが…」
「我々の調べたところによると、キミの捜索願が出された前日はいつもどおり役所で仕事をしていたようだね」
紀尾三に言われると、守山は遠くを見るような目をして、必死に記憶を取り戻そうとしているようだった。
「ええ、確かに覚えてます。いつもどおりの仕事でしたが、ちょっとした問題が起きて、それで終わるのが遅くなって。帰る時は近道をしようと森の公園を通ることにしたんです…」
守山はそこまで話すと口を閉じてしまった。これ以上話してはいけないような、そんな恐怖感が一瞬彼を襲った感じがしたのである。紀尾三は再び守山が口を開くのを待ったが、モオルダアはあまり遠慮はしなかった。
「あの公園はよく通るんですか?」
「ええ。近道なものですから。でも、あの夜は少しおかしかった」
守山は少しずつ記憶を取り戻しているようだった。
「ジョガーがいたんです」
「ジョガー?それって、ジョギングをする人か?」
紀尾三から見てもジョガーがあの公園にいるのはおかしい事と思えるようで、ジョガーが彼の思っているジョガーと同じものなのかを確認した。
「そうです。それも一人じゃなかったような…。いや、服が同じような気がしたし、もしかすると同じ人と何度かすれ違ったのかも知れませんが…」
そこまで話した時に守山の目が恐怖のために動揺したのが明らかに解った。
「そいつらが何かしたのかね?そのジョガーが」
守山はただ首を振った。しかし、彼の頭の中にはあの光景が蘇っていた。何もない、音もしない、この世界とは別の世界に迷い込んでしまったような、恐ろしい場所の記憶が。しかし、そんな話をしても刑事もモオルダアも信じるはずがないと思って、守山は何も言わずにいた。
その時、モオルダアのズボンのポケットの中でスマホの着信音が鳴り出した。急に音がして「ギャッ!」と悲鳴を上げたのはモオルダアではなくて守山だった。モオルダアの方はその悲鳴にちょっと驚いてビクッとなってしまったのだが、とりあえず電話に出なければいけない。
「ちょいと、モオルダア!何なんですの?」
電話はスケアリーからだった。何なのか?と言われても、どっちかというと、それはこっちのセリフという気もした。だが、それはどうでもイイので、モオルダアはこれまでのところをスケアリーに報告した。
するとスケアリーはどうして無免許の医者である自分を呼ばなかったのか?と腹を立てたのだが、その一方で彼女はその間に捜査を進めて色々と発見したということなので、仕方のないことですわね、と勝手に怒りだしたものの勝手に納得して怒りが収まったようだった。
「とにかく、あなたにも知らせておきたいことがありますから、警察署の方へ来てくださいな。大至急ですのよ!」
スケアリーが言うと電話が切れた。
モオルダアはもう少し守山から話を聞きたい気もした。何しろ守山はさっき恐ろしい記憶を蘇らせて真っ青な顔をしているのだ。それがどういうことなのか気にならないわけはない。しかし、スケアリーが大至急と言っているし、ここは紀尾三に任せて警察署へ向かうことにした。